ep.5


 月明かりに照らされた髪は深紫に輝き、頭の上にある猫耳が彼女が獣人であることを示している。色白の肌にくっきりとした眼、雨にあたり濡れたのであろう服が肌に付き扇情的な見た目の完璧な美少女がそこには立っていた。


 彼女の姿に息をするのを忘れてしまうほどに見惚れ、まるで時間が止まってしまったかのように呆然と立ち尽くしていると


「……夜は、好き?」


 そう問いかけられる。瞬間、自分の中から時間が動き出すのを感じる。五感すべてが研ぎ澄まされ、一つ一つが今この瞬間を記憶の中に留めようとしているようだ。


「……いいや、夜は嫌いだ。亡くした人のことを思い出して、自分が独りになった様に感じるから。 ……それに、寒がりなんだ。この季節の夜は冷え込むからな」


 話していると儚くそのまま消えてしまいそうな気がして、冗談を言って言葉を濁す。


「……そう、良かった」


 そう言って目を閉じ倒れていく少女に驚き急いで、倒れてしまわないように抱き寄せる。どうやら気絶したわけでもなく寝ているだけのようだった。安心して息を吐く。春先の夜の空気は冷たく白くなった息が夜へ散る。

 ここで時間を潰すわけにもいかない。彼女に羽織っていたカーディガンを気休めにかける。雨によって濡れた体は冷え切っていて、家に運んで親父に対応を任せるかと考え背負って家まで運ぶ。


 家に帰ると親父が玄関先で待っていた。どうやら、コンビニに行っているだけで30分近く掛かっていたらしい。親父は少女を背負ってきた俺を見ると


「おいおい、ついに息子が犯罪までに手を…… 母さん、ごめんよ… 俺は息子一人育てられないダメな大人だぁ」


 そう言って、めそめそと膝から崩れ落ちていく。親父の姿にうんざりしながら、少女を連れてきた経緯を説明すると、少しくらい茶番に付き合ってくれてもいいじゃんと拗ねながらも対応してくれるらしい。「少し、電話してくる。」と言いながら自室に戻る父を横目に彼女を背負いながら家に上がると、どうやら目を覚ましたようでおもむろに眼を開ける。彼女を降ろして、温かいココアとストーブを出すと、状況が理解できていないようでしきりに顔をかしげている。


 家に帰る途中で出会って、眠り始めたから連れてきたと簡単に説明すると出会った時のことを思い出したのか湯気が出るんじゃないかと思わせるほど顔を真っ赤にする。まぁ、あんな恰好してたら恥ずかしいよなと思っていると


「……えっと、助けていただきありがとうございます。…私はあの場所で発生した獣人で名前を桃華とうかと言います。17歳です。」


 と簡単な自己紹介を始める。それに合わせ俺も自己紹介をする。


「俺は瀬見矢宇津せみやうづだ。歳は桃華さんと一緒で17だ。」


 すると、彼女は何かが不満だったのか、ぷくーと頬を膨らませて


「宇津さんは、私を助けてくれたのですからさん付けなんてしなくても大丈夫ですよ!」


 と言う。女子の名前をさん付けしないのはなぁと思っていると、親父が電話から帰ってくる。どうやら、彼女はどこの施設に入るか決まるまで1日程うちに居座るとの事だった。親父が


「お嬢ちゃん。俺は、この家の大黒柱の瀬見矢託せみやたくだ。体は30代だが、心は永遠の10代。気軽に託ちゃんって呼んでくれ」


 と言うと、 感覚的に親父の扱い方が分かったのか「はい、おじさま」と笑顔で言い、若い女の子におじさまと言われた親父は結構ショックだったようで膝から崩れ落ちる。俺が一日に何回崩れ落ちるんだと思っていると、彼女はどうやらお願いがあるらしい。


「確か、獣人側から強い希望があれば施設にはいかなくてもよい、と言うものがあったと思うのですが.......」


 とお願いの内容を話し始める。どうやら彼女はうちで過ごしたいらしく、どうにか自分をこの家に置かせて貰えないかという事だった。

 親父は少し顔を悩ませると、相談してくると言って再び自室へと戻っていく。親父が相談をしている間に彼女には濡れた服を脱いで風呂に入ってもらった。

 着替えがあるわけでは無いので、俺の服を貸す事になったのだがすんすんと匂いを嗅がくのは恥ずかしいのでやめて欲しい。


 その後、桃華に質問攻めにあっていると相談が終わったようで親父が戻ってくる。どうやら桃華を家に住ませることはできるようで、施設への手続きが減る分仕事が少なくなるので大歓迎だそうだ。一応、学校への編入手続きなどもあるが親父が全てやってくれるそうで、桃華は目を輝かせながらお礼を言っている。

 あまりにも突然で、これからが全然想像できない。そう思っていると桃華がこちらを向く。

 

「…改めてまして、桃華です。不束者ですが、これからよろしくお願いしますね!宇津さん!」


 と少し照れながら言う。その姿を見ると自然と、彼女となら上手くやっていけると思った。


 

 






 





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