第4話 クリトリスチャンの秘儀

 ウォーク・イン・クローゼットの中を進むと、ある意味異世界に出た。家の中に、こんな隠し部屋があるとは知らなかった。ママが明かりを灯した。祭壇のような所に燭台が有る。燭台のろうそくだけが部屋を灯している。隠し部屋の広さは三畳間ほどである。


「ヰサヲちゃん、楽にしててね。でもね、この部屋のことも、これから話すことも、パパには内緒だよ」

「うんわかったよ。……(誰があんな奴に教えるもんか!)」


 僅かな光の中で、ママの匂いと温もりだけが感じられる。


「あのね。実はね。あなたと私は本物のヰサヲとマリヱなのよ」

「でも、二千年くらい昔の人だよね?」

「そうよ。私の寿命は長いけど二千年も生きられないわ。四年毎に一歳づつ年を取るのは間違いで、本当は十二年に一歳ね。だから六百歳から七百歳くらいよ」

「じゃぁ辻褄が合わないよ」

「私は六百年くらい生きて、あなたを産めなくなると、また若々しい姿に生まれ変わって来たのよ。ある時はイヴ、ガイア、イシュタル、キュベレー、ある時はセミラミス、ある時はイルマタル、ある時はマリアと呼ばれてきたのよ。日本では丹梛婆タナバと呼ばれたこともあるわ。生まれ変わる前の記憶は殆どないわ。もう何代目かは記憶にないの。人々が残した伝承で、自分のことを知ってるだけなのよ」

「で、ママは今幾つなの?」

「こらー、女性に年を聞くものじゃないわよ。でも、今は二百歳くらいよ」

「ママは六百年周期で生まれ変わるとして、僕は未だ十五年くらいしか生きてないよ」

「そうよ。あなたは十五年から三十年周期で生まれ変わるのよ」

「それだと僕って人並み以下の寿命しかないじゃないですか?」

「その理由は後で教えてあげるわね」

「それで、ママと僕がマリヱとヰサヲだとして、一体何者なんですか?」

「それは私にも分からないのよ」

「ママ、僕のこと揶揄ってるんですか?」

「そんなこと無いわよ。私は、あなたには誠心誠意、本当のことを正直に話すわ」

 ママはひょうひょうとして掴みどころが無いけど、決して嘘ついたり騙したりはしない。


「ママは『私にも分からない』と言ってたけど、全く判らない訳じゃないんですよね」

「そうよ。ある時は大いなる母、ある時は女神、ある時は悪魔、ある時は妖精、エルフ、ペリー、アプサラス、天女ね。サキュバスなんて呼ばれたことも有るわ。ここだと魔女って呼ばれることが多いわね。それが一番しっくりする気がするわ」

「ママのこと美魔女だって言う人いるけど、本当に美魔女だったんですね。じゃ魔法とか使えるんですか?」

「そうね。使えないこともないけど、漫画や映画の魔法とは違うわよ。ああいうのは、人間が勝手に想像を膨らませただけなのよ。そんなに使い勝手の好いものじゃないわ。それにね、魔法っていうものはね、人が勝手に妄想して、人が自分の妄想に縛られてることが殆どなのよ。人間は間抜けな魔法使いさん。オウンゴールするサッカー選手みたいなもんなのよ。ちょっと難しいかしら?」

「う~ん、判ったような判らないような」

「私たちはね、並の人間よりは賢いけど、人間からかけ離れた知能をもっている訳じゃないわ。人間でも、私たちを遥かに凌ぐほど賢い人もいるわ」

「お釈迦さまとかアインシュタインとかのことだよね」

「彼らはそうね。私が長い間生きても、彼らの域には到達できないわ。でもね、人間は幾ら賢くても、寿命が短くて無力なのよね。だから人間は神に成れないのよ」

「ふ~ん、なるほど。でもママと僕は無力じゃないの?」

「今のあなたは無力ね。人並み以下よ」

「え~んママ、いつも優しいのに、偶に傷付くこと言うよね」

「よちよち、ごめんなさい。ママがなぐちゃめてあげますね」

「今度は赤ちゃん扱いするぅ~」

「そうよ。私の目には今でもあなたは赤ちゃんのまんまよ。だから愛おしくて愛おしくて堪らないのよ」

「じゃ、僕ちゃん、赤ちゃんみたいに甘えても好いの?」

「好いわよ。久しぶりに吸ってみる」

「わ~い」

 僕は脳内を融かされているような気がしてきた。ママの両腕かいなに抱かれながら、胸に顔をうずめながら話を聞いた。さっきのお風呂が気持ち好すぎた。なんだか眠くなってきた。


 僕は微睡みながら思った。ママは僕の実のママである。でも父親は実の父親じゃなさそうだな。何しろ、マリヱとヰサヲに与作だもんな。

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