第47話 ララ

 シャロンはララに会うために地下牢に向かった。


 ユリウスには止められたが、どうしても一人で彼女に面会したいと押しとおした。真実が知りたい。


 うす暗く足元の悪い階段を牢番に案内され降りて行く。シャロンもゲームの中では地下牢に繋がれていたが、スチルに描かれているほど、不衛生な場所ではない。


 しかし、小さな明り取りの窓から入る光は乏しくどんよりとした空気がただよっていた。


 ララの独房の前に行くと、彼女は直ぐに顔を上げ、シャロンの元へ駆け寄ってきた。粗末な囚人用の服を着せられている。


「シャロン様、これは何かの間違いなんです。助けてください」


 ララの言葉にどきりとした。


「間違いってどういうこと?」


「私は王妃様に、あの薬を頂きました。ユリウス様が元気になるからと、よかれと思ってサンドイッチに振りかけたんです。それと飲み物にも混ぜて飲ませました」


「サンドイッチにかけただけじゃなかったのね。おかしいと思わなかったの?」


 どうりで凄い効き目だ。


「当たり前じゃないですか! 王妃様はユリウス様のお母様ですよ! まさか自分の息子にそんなことをするとは……。

 私をユリウス様の婚約者に考えているといわれました。しかし、このままだと家格からいって結婚相手はシャロン様になってしまうからと。でも、その薬をユリウスに飲ませて、彼の言う通りにすれば婚約はかなうと言われました」


「なんてこと・・・」


 ヒロインは王宮が恐ろしいところだと知らず警戒心がまるでなかったのだろうか。


「シャロン様、助けてくださいませんか?」

「残念ながら、私にはその力はありません」


「そんな、御父上に話せばどうにかなるのではないですか? いっそのこと私をソレイユ家の養女という事にしてもらえませんか?」


 ララがとんでもないことを言いだす。


「そんな事出来るわけないじゃない」

 彼女には貴族の常識が身についていない。


「おかしいです。本来なら、私はいまごろユリウス様の子を身ごもっていて、婚約してたかもしれないのに」

 シャロンは齟齬を感じた。


「え? あなた、今、あの薬が何かわからなかったって……」

「だから、取調の時に聞いたのです。私は無実です。むしろ善意でお疲れ気味のユリウス様を少しでも元気づけられればとおもっただけなのに。私だけ罰を受けるなんておかしいです。

 むしろ、シャロン様こそ、すべてをご存じだったのではないですか? だから、私から、サンドイッチをうばったんでしょ? 私が今こうなっているのもシャロン様のせいです」

 ララが悲しげに涙を流す。


「そんなわけないでしょ!」

「王妃様ったらすべてをわたしのせいにして、結局この国は身分がものを言うのです。私は利用されただけなのに。愚かだという理由で罰を受けるの? 国王陛下だって言ったんです。わたしには期待しているって、国民の希望だって」


 結局彼女は利用されてしまったのだろう。王族に踊らされただけ。シャロンは暗澹たる気持ちになった。


「それで、あなたはユリウス様が好きだったの?」


「あたりまえではないですか。あの方はお顔もきれいで、頭も良くて、お金もあって身分も高くて! 私の夫になるのはあの人しかありえません。でもシャロン様が毒を飲まれた時、もう無理だってわかったので、パトリック様やロイ様に縋ったのですが、なぜか二人とも以前のようにいうことをきかなくて、いつもいいなりになってくれたニック様まで私を助けてくれない」


 ララには周りの人間が言いなりになっている自覚はあったようだ。


「皆が言うことを聞いてくれたのは、あなたが魅了の香りを使っていたからでしょう?」


「なんの話ですか? ユリウス様とパトリック様も同じことを言っていました。それにやめろとも。でも、私はあの香りが気に入って好きで使っているだけです。誰にもとめる権利はないはずです」


 ここが彼女のおかしいところだ。


「高位貴族の間ではその香りの対策はされているから、彼らにはもう効かない」


「いったい、誰が気付いたのです? この国にはない成分なのに」


 シャロンは絶句した。彼女と話していると混乱してくる。どこまで計算ずくだったのだろう。話せば話すほど彼女がわからなくなってくる。


「あなた知っていたの?」


「知りませんし、私は何も悪い事はしていません。だから罰されるいわれはありません。本当に気に入ってつけていただけなんです。この国では身分が低い人間には好きな香水をつける自由も認められないのですか」


 巧みに話題をすりかえられているのだろうか?


「そう……」


 シャロンはうすら寒いものを感じてごくりと唾をのんだ。彼女は怒っていないし、声を荒げることもないのに、なぜか圧倒される。


「なぜ、身分によって罪が違うのでしょう? 王妃陛下は邪魔なものを毒殺していたというではないですか!」


 いまのところそれはトップシークレットだ。永遠に秘密にされるはずの真実。かかわっていなければ、ララは知らないはずの話。


「なぜ、そんなことを?」


 シャロンは慎重に問う。


「取調官に聞いて知ったのです。それなのに、処刑もされず狡いです。私だけ劣悪な修道院にいくだなんて、本当はシャロン様も知っていたんじゃないですか?」


 シャロンは寒気を覚えた。


「何を?」

「シャロン様は、媚薬が入っていることをご存じでわざとあんなことをしたんです」


 ララが静かな口調で、確信をもっていう。


「は? なぜ私がそんなことをしなければならないの?」


「私、取調官にそう主張したんです。それなのに誰も認めてくれなくて。ねえ、知ってましたよね? 媚薬入りだって。正直に知っていたって言ってください! 高位貴族だからと言って逃げないで、あなたは罪を償うべきです」


 シャロンは呆気にとられた。この子には恥の概念はないのだろうか。それに話が全然通じない。


「知らないわ。あなたは、転生者なの?」

 一番聞きたいことを聞いてみた。


「転生者?」


 そういってララは、不思議そうに首を傾げただけだった。本当に知らないのか、とぼけているかシャロンには判断が付かない。


 よくよく考えてみたら、市井の育ちで王侯貴族と気安い友人のような付き合いをするなんて並みの神経ではないのだろう。


 相手が気さくなユリウスではなく兄のヘンリーならば、突然の名前呼びを許さず、罰されていたに違いない。


 結局、ララの事がよくわからない。彼女と話していると深い深い闇をのぞいているような気がする。やがてはそこに自分を引きずり込まれてしまいそうな恐怖を感じた。


「ねえ、バンクロフト様、あなたはチョコレートに毒が入っていたのを知っていたの? だから殿下に勧めたの」


 あのときララはさりげなくユリウスを誘導していたのだろうか? そんな気がしてならない。いくら好物でも彼は警戒して口にしないこともある。


「それを知ってどうするの? 私を助けてくれるの?」


 ララが、どこまでも澄み切ったガラス玉のような瞳を向け、シャロンに問うてくる。


 シャロンは彼女を会話することを諦めた。きっと彼女は知っていたのだ。


 ララから向けられる悪意を初めて肌で感じ、身震いした。



 打ちのめされた気持ちで、地下牢から、地上へ上がる階段を上っていると途中でユリウスが待っていた。


 彼は黙って震えるシャロンを抱きしめた。










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