第41話 呼び出し1

 ユリウスは誓約魔法の話をした日から、学園に来なくなった。音沙汰がない。

 学園の行き帰り、ふとスラリと背の高い金髪を探してしまう。


 シャロンの生活は日常に戻りつつあるが、さすがに彼が心配だ。何の噂も聞こえてこないので、罰されて軟禁されていることはないと思うが……。


 そんなある日、授業の終わりに王宮から使者がシャロンのもとへやって来た。


 ユリウスが至急の用事で呼んでいるという。

 こんなことは初めてだ。用があれば、呼びつけるのではなく自分で来る人だ。


 一瞬王妃が、ユリウスの名を騙っているのかと疑った。しかし、呼び出し状は、彼の直筆で、サインも印璽も彼個人のもので念の入ったものだった。


 誓約魔法の件を口にしてなんらかの罰を受け、王宮から出られないのだろうか?


 それとも事件に進展でもあったのだろうか? 


 違う……きっと誓約魔法の件だ。途端に気が重くなる。しかし、彼はシャロンの為にリスクをおかしたわけで、逃げるわけにはいかない。


「はあ、王宮へは行きたくないんだけれど……」


 迎えに来ていた王家の馬車に乗って王宮へ向かう。城に着くと馬車止めに案内の女官がいた。手回しがいい。やはり何かあったのだろうとユリウスが心配になる。


 女官の後について長い回廊を奥へ向かって進んで行く。シャロンはバラ園には良く来るが、城の中は舞踏会場や控室、サロンくらいしかわからない。


 見知った場所を通り過ぎてさら奥にはいって行く。シャロンの知らない王宮エリアだ。すると案内の女官が、大きな扉の前で止まる。その扉の前には従者がいた。ユリウスは軟禁でもされているのだろうか?


「こちらでお待ちです」


 女官が扉を開くとそこはサロンで、テーブルにティーセットが用意されていた。


 突然押し込まれるように背中を押され部屋に入れられた。そして正面には王妃フレイヤ。


「ごきげんよう、シャロン」


 王妃が機嫌よさそうに微笑み、優雅に扇子を仰ぐ。その瞬間バタリとサロンのドアが閉ざされた。


 騙された。かなり危ない状況かもしれない。身の危険を感じ鼓動が早くなる。しかし、ドアの前にはメイドや従者がいて逃げ出せそうにない。

 

 彼女はユリウスの名を使って文書を偽造した。重罪のはずだ。王妃フレイヤはそれも許されてしまうのだろうか?


 礼儀に則って膝をおり挨拶だけはした。


「ユリウス殿下に呼ばれてきたのですが」


 シャロンが警戒しながらいう。


「あら、さっそくそれなの? 困ったものね。あの子は、今忙しくて手が離せないの。だから、私があなたの相手をするわ」


 王妃はそう言って微笑むが違和感しかない。ユリウスがそんな真似をするとは思えない。しかし、無視するわけにいかず勧められるままに席に着く。


 シャロンの前に色とりどりの菓子が並べられていたが、とてもではないが、口をつける気にはなれない。菓子に手をつけないでいると王妃に食べるように促された。


「どうしたの? 私の出したものの中に毒でも入っているというの?」


 フレイヤが微笑みながら、圧力をかけてくる。

 だからといって「はい」といって食べるわけにはいかない。


「申し訳ないのですが、外で食べ物を口にするのが怖くなってしまいました」

「まあ、お芝居が上手だこと」


 といってからからと笑う。


「え?」


 一瞬意味が分からなくてシャロンは首を傾げた。王妃はさっと扇子を開くと己の口元を覆う。


「あなた、毒を飲んだのは自作自演じゃない?」

「違います!」

「隠さなくていいのよ。ユリウスがそばにいれば、必ず彼があなたを助けてくれるものね?」

 

 これはきっと挑発だ。


「そんな……王妃陛下は私が邪魔なのですか? それともソレイユ家を潰すおつもりですか?」


 シャロンは王妃の迫力に圧倒されながらも、毅然と問う。


「まあ、家ごとなくなればスッキリするわね。もちろん冗談だけれど」


 王妃が冷たい笑みを投げかける。

 シャロンには王妃になぜそこまで恨まれるのかよくわからない。


「なぜそれほどに……。私が身を引けば、ユリウス殿下と別れればいいのですか。それならば、私はそのようにします」


 これは王妃に対する負けを認めることになるが、それで実家を守れるならば。


「ふふふ、ことはそう簡単ではないのよ。それにあなたはユリウスとではなくても幸せになる。母親譲りの手練手管で殿方をたらし込むのがお上手じゃない」


 そんなふうに思われていたとは考えてもみなかった。身に覚えもなく、ショックだ。

 だいたいユリウスは負い目からかシャロンに求婚してくるが、他の殿方からは一向に声がかからないし、自分がもてるとも思えない。


「私は、そんなことはしていません」


 シャロンはきっぱりといった。


「本当にオリビアそっくり。あなたは生きている限り、ダリルに守られ、どこかの殿方に愛され続けて、どのみち幸せになる」


「え?」


 彼女の言葉の意味が分からなくて、戸惑いシャロンは目を瞬いた。

 

 その瞬間、正面扉がバンと勢いよく開いた。振り返ると、慌てた様子のユリウスが扉から入ってきて、シャロンに駆け寄る。


「母上、これはどういうことですか」


 言葉遣いは丁寧だが、ユリウスが怒っているのが分かる。


「まあ、何でしょう? 呆れたわね。シャロンにこの国の妃の心得を教えようとしたのに」


 王妃フレイヤは「ふふ」と笑い扇子を広げ口元を隠す。しかし、ユリウスは王妃には取り合わず。


「さあ、シャロン帰ろう」


 シャロンを立たせて部屋から出ようとする。


「あの、殿下、これはいったい? 私は殿下に呼ばれてきたのですが」


「私は今日君をここへ呼んでいない。王宮には近づくなと言っていただろう? シャロン、ここでは何も飲んだり食べたりしていないよね」


 ユリウスが心配そうにシャロンの顔を覗き込む。


「呆れたわね。あなたは母である私を疑っているの?」

 

 王妃が不快そうに柳眉を寄せ、イライラしながらピシャリと扇子を閉じる。


「ではなぜ、私の名を騙り普段はあまり使われていない奥まったサロンにシャロンを呼び出したのですか? この状況で何を信じろと?」


 その話を聞いたシャロンはぞっとした。下手をすれば殺されていたかもしれない。思わず傍らにたつユリウスの服をぎゅっと掴む。するとユリウスがシャロンを守るように肩に腕をまわした。


「ユリウス、私はシャロンと二人で話したいから、あなたはこの部屋から出なさい」


 毅然として王妃が言うが、ユリウスは動かない。


「シャロンは、まだ体調が万全ではないので一人に出来ません」


 シャロンを守るように背に庇い、ユリウスがきっぱりと言い放った。



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