第9話 敵と意外な味方

 ひっそりと一人で化粧室で髪を直していると、取り巻き達が入ってきた。彼女たちに捕まったらたいへんとばかりにシャロンは柄にもなく隠れてしまった。


「ふふふ、シャロン様にも笑ってしまいますわね」

 とイザベラ。


「本当に、『私こそ殿下の婚約者に相応しいのに、なぜバンクロフト様ばかり、構われているの?』なんておっしゃって。ご自分を知らない方って見ていて愉快だわ」


「確かにシャロン様はとてもお美しいけれど、態度は木で鼻をくくったようだし、氷のように冷たい感じですものね。あれではどんな美人でも殿方は逃げ出しますわ」


 とバーバラが言うと、くすくす笑いが広がる。やはりこういうことだったのだ。

 怒りに任せ、飛び出して行って、彼女たちを怒鳴りつけたい衝動と戦った。盗み聞きははしたないが、もうちょっと彼女たちの本音を聞いてみたい。


「あらでも、それだけに乗せやすいじゃない? 気前もいいし、おだてていれば高いお菓子も差し入れてくださるし」


「そうね。適当におだてておきましょう。ララ様を気に入らないのは私達も同じだし」


「そうそう、シャロン様がいらっしゃれば心強いわ。ララ様の躾は彼女におまかせしましょう。殿下とこんなことしていたとか、ニック様やパトリック様、ロイ様たちとあんなことしていたとか適当に吹き込めば、あそこは自分の居場所だったのにって、悔しがってララ様をどうにかしてくださるのではないかしら。ほんと市井育ちの男爵令嬢が大きな顔をして腹が立つわ」


 主に悪口を言っているのはイザベラとバーバラ、それにエリーナだ。彼女たちとは学園に入る前にお茶会で知り合い、それ以来の付き合いだ。


 ソレイユ家の別荘に招待したこともある。酷いと思う。するとさすがに他の令嬢もひいたようで。


「あの、それはちょっとやり過ぎではありませんか?」

 これはレイチェル。


「そうです。嘘を教えるのはどうかと思います」

 とジーナが言う。


「あら、何よ、私に逆らうっていうのあなたたち」

 レイチェルやジーナの家はイザベラの家より家格が低い。


「まあまあ、皆さん仲良くやりましょう?」

 とバーバラが声をかける。


「ほら、シャロン様は一見優秀で高慢だけれど、見ている分にはたのしいじゃない? 殿下のそばをくっついて歩いてはご学友たちからも邪魔にされて、それでも舞踏会の時みたいにララ様と殿下の間に突っ込んで、殿下を引きずって連れて行ってしまうとか。本当にあれは笑えたもの、うふふふ」

 イザベラが笑うと何人かが追随するように笑う。


「そうねえ、あの後、殿下も帰って来なかったけれど……。本当に何もなかったのかしら」


 エリーナが訝しげに言う。


「当たり前じゃない! よほどこっぴどくふられたんじゃない。さすがに今は殿下に付きまとっていないようだけれど、のど元過ぎれば何とやら、また始まるわよ」

 これはイザベラだ。


「あら、でも私みたわ。医務室の前で、殿下とブラット様といらっしゃるのを。何かもめていたようよ」


「まあ、やはりまだ殿下につきまとっていたの? それもララ様の目につかないように。シャロン様なかなか侮れませんわね。あのメンタルの強さをぜひ見習いたいですわ」

 と言ってひとしきり笑う。


「でも、面白いなんていったら、不敬よね? 殿下がお気の毒だわ。いつも付け回されていて。

 そうそう最近さすがに殿下の名前呼びはおやめになったようよ。ぴしゃりと言われたらしいわ。ほんとその場面が見れなくて残念だったわ」


 聞いているシャロンは怒りで酸欠になりそうだった。もう我慢できない。だいたい名前呼びを辞めろと言ったのは王妃で、ユリウスではない。飛び出して一発殴ろうと思ったその時――。


「あの、もうそれ以上は、やめませんか? シャロン様はとても優しいお方です」


「そうですわ」

 いつもは大人しくシャロンとはあまり話したことのないレイチェルとジーナがなぜかさきほどから庇ってくれている。彼女たちはあまり自己主張しないので、こんないい人たちだとは思わなかった。


「確かにお優しいところもあるわね。でもね、優しさと愚かさって紙一重なのよ。ほんとうにしらけるわね。あなた達さっきからいったいなんなの?」


 イザベラがぴしゃりと言うとシンとした。そのままぎすぎすした雰囲気で彼女たちは化粧室からでていった。


 ここまで馬鹿にされているとは思わなかった。飛び出して怒らなかった自分をほめてあげたい。レイチェルとジーナが庇ってくれたお陰だ。それに我慢した甲斐もあり自分の敵と味方がはっきり分かった。


 だからと言って味方してくれた令嬢を取り巻きのごとく連れて歩きたいとはもう思わない。なぜ自分の味方をしてくれたのか分からないが、彼女たちが幸せな結婚が出来るように祈った。


 それからの数日間は散々だった。今まで目立つのが普通だったのに目立たないことがこれほど大変だとは思わなった。


 意外に周りの人間に見られているし、思ったよりも皆が声をかけて来る。


 舞踏会でユリウスとララの間に割り込んで、サンドウィッチを奪った件が面白がられているようだ。


 それから、今までのようにユリウスのグループにいないことも声をかけやすい一因になっている。


 そのうえ避けているはずなのに、なぜか王子と偶然に会ってしまう。散々彼の後を追って歩いていたのが、馬鹿みたいだ。そんなことをしなくても彼は目立つので普通に学園内で会える。


 逆に助かったことはシャロンはたまたま魔法の実践科目が苦手でとらなかったが、そのお陰で魔法実践を得意とするユリウスやララに会わずに済んでいる。


 ララと攻略対象たちはことごとく選択科目が被るのだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る