第7話 王子の様子が変です

「でも、どうして急に王妃陛下は殿下にうちが婚約の申し出を取り下げたことをお知らせしたんでしょう?」

「いろいろと思うところがあったようだ」


 要領を得ない話でさっぱりわからないが、一応同意する。不愉快な話を早く終わらせたい。


 どうやらこの王子はシャロンも傷つくことがあるというのをわかっていないようだ。自分が氷だの鉄だのと影でいろいろ言われていることは知っている。


「まあ、そうでしょうね。で、話ってそれだけですか?」


 なるほど、シャロンが恥をかかないために人目を避けてくれたという点は評価しよう。


 しかし、結局ソレイユ家ごと疑われていて、王妃に嫌われているという事を再確認しただけだ。なぜユリウスは無自覚で傷に塩を塗りつけてくるのだろう。


 シャロンが踵を返そうとすると王子がまた引き留める。


「それで、本題はこれからだ。やはり、私は責任を取るべきだと思う。シャロン、結婚しよう」


「は?」



 ――この話の流れで、どうしてそうなるの?



 シャロンは呆気にとられて、顔をあげた。ユリウスの吸い込まれそうなサファイヤブルーの瞳で見つめられている。その表情は真剣で嘘が含まれている気配はない。


 うっかり気持ちがふらつきそうになる。

 これはゲームの強制力なのだろうか? 婚約破棄されるためだけの婚約。シャロンは混乱して叫んだ。


「嫌です。絶対にダメ! お断りです!」


 叩きつけるように王子にいうとシャロンは駆けだしてその場をあとにした。


 さすがにユリウスも追ってはこなかった。



 ♢


 いきなり朝から王子に気力を吸い取られた。それなのに今日は一コマ目から、苦手な魔法実践の授業がある。


 シャロンは魔力量が多いので、魔法をコントロールするのが苦手だ。だが、ペアを組んでいるブラット・マシューズが得意なので大いに助かっていた。


 彼のお陰で良い成績がキープできている。


 そしてユリウスはというとお約束のようにララとペアを組んでいる。ついついそちらが気になりちらちらと見てしまう。


「シャロン! 危ない!」


 ブラットの鋭い声が耳朶をうつ。気が散って、うっかり火魔法を暴走させてしまい。炎が上がった。


 慌ててブラットがシャロンを庇ってくれた。そのせいでブラットが手にやけどを負ってしまった。



 ♢



「ごめんなさい。ブラット、大丈夫?」


 医務室で治療を終えたブラットに頭をさげる。幸い手に負ったやけどは軽く痕は残らないと言われ胸をなでおろした。それでなくてもブラットはとても見目が麗しいのに体に傷などつけたら大変だ。


「別に構わないよ。これくらい。というか君が謝るなんて珍しいね」


 と言って苦笑する。いままで彼のフォローがあったから魔法実践ではよい成績を収めている。


 少しは感謝しなければ……。恐らく彼とのペアが解消されたら、魔法実践の成績はだだ下がりだ。


 それに出来ればブラットを味方に引き入れたいなどという俗な欲も湧いてきた。


 彼は攻略対象者の一人ではないかと思うほど美形で、亜麻色の髪に水色の瞳を持っていた。そして父親は魔法省の最高幹部だ。これはコネをつくるチャンスかもしれない。


 何にせよ味方は多い方がいいに決まっている。


「ところでシャロンは大丈夫? どこもけがはなかった?」


 ブラットはどこまでも優しい。シャロンは今までのそっけない態度を反省した。


「私は大丈夫、でもちょっと髪がこげたけれど」


 といつになく愛想よく彼に微笑みかけておく。よく笑顔が怖いと言われるが、多分、大丈夫……愛嬌は大事なはず。


 するとブラットがびっくりしたようにシャロンの髪の焦げて白くなった部分にそっと触れる。


「ああ、シャロン、可哀そうに君の綺麗な髪が……」


 やはりブラットは優しい。


「大袈裟ね、大したことないわよ。髪なんてすぐに伸びるし」


 とシャロンがわらうと、髪に触れていたブラットの腕が突然グイッとうしろに捩じ上げられた。


「いたっ!」


 痛みのあまり声を上げるブラットの後ろから驚くほど冷たい声が聞こえて来る。


「何をしている?」


 無表情でシャロンを見下ろすユリウスがいた。超絶美形の無表情は血が通っていない彫像のようで、恐ろしい。


 そして、捻り上げているブラットの腕を放してあげて欲しい。


「何って、ブラットの治療を。あと腕捻り上げるのやめてあげて? ブラットがとても痛そうです」


 怖いけれどお願いしてみる。だが、ユリウスは氷のようなブルーの瞳でシャロンを見据えたままだ。


「お前、いまこの男に髪に触れられていたではないか。いったいどういうことだ?」



 怒気をはらんだ声でお前呼ばわり、さすがのシャロンも後退りする。何が彼をそこまで怒らせたのかさっぱりわからない。


 ――髪に触れられたから何? 馬車から蹴り落としたのがいけなかったの? それともストーカーしたこと? しつこく長文の手紙を送り付けたから? 積もり積もって、いろいろと根に持っているの?


 ユリウスの逆鱗に触れれば断罪が待っている。シャロンはパニック寸前だ。


「それは、あの、髪が焦げたので、それを見せていただけで」


 何のやましい事も無いのに、王子の圧力にしどろもどろに答える。


「何? 髪が焦げただと!」


 ユリウスが驚いたように目を見開き、ブラットの腕を雑に放し、シャロンの髪に触れる。


「ああ、なんてことだ、シャロン」


 今度はシャロンが驚いた。いつもの彼にしては距離が近い。近すぎる。吐息がかかるほど近い。

 それについこの間までソレイユ嬢とか呼んでいたのにいつの間にか名前呼び。


「全然っ! たいした事じゃないですよ」


 慌てていったが、王子はハンカチをとりだし、一房掴んだシャロンの髪を丁寧に拭き始めた。


「あ、あの……殿下、それはいったい何を?」


 いきなりの奇行に普段気の強いシャロンもちょっと声が震える。


「手垢で汚れたから、ふいている」


 彼は一心に拭いているというより、ごしごしとこすっている。なんだかそのうち静電気がばちばちと……。


「え? 手垢? あの汚れてました? で、でもっ、もう大丈夫です!」


 と言って慌てて彼の手からかみを引き抜く。


 危うくキューティクルがすべてはがれてしまうところだった。何の嫌がらせだろうか。銀髪は艶が命なのだ。



 シャロンは慌てて逃げるようにその場を後にした。


 後でもう一度ブラットには謝っておこう。うっかり様子のおかしいユリウスとともにおいて来てしまった。







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