第4話 絶対に婚約しない

「まかり間違って子供が出来たらどうするんですか! いいから、とっと避妊薬を持ってこい!」


 とうとう王子を怒鳴りつけていた。


(だって悲惨じゃない? 赤ちゃんと私どうなっちゃうの?)


 自分では冷静な気になっていたが、相当混乱していて、シャロンの思考は飛躍しまくっている。


「わ、わかった」


 王子はシャロンの勢いに慌てて、シャツとズボンだけを身に着けてドアの外に転がり出た。


 シャロンはその間、自分のドレスを探す。せっかくのお気に入りのドレスが、繊細なレースはところどころ破れ、刺繍はほつれている。


 これだけは王子に弁償させると心にきめ着替え始めた。だが、一つ問題が。コルセットを自分で締めることが出来ない。


 そこへ王子が慌てて、転がり込むように避妊薬を持って部屋に飛び込んできた。


 彼は着替え中のシャロンをみて慌てて後ろを向く。


「失礼した」


 その紳士的態度、媚薬をのんだ後にこそ発揮してほしかった。超絶美形もひと皮むけば野獣。いや、媚薬のせいでだとしても想いの人が相手だと喜んでいた自分も大概だけれど。


「シャロン。一つ言わせてくれ、これは間違った手順ではあるが……」、


 四の五の言う王子から、茶色の小瓶をひったくり、それを一気に煽った。

 何とも言えない甘さと苦みが口に広がる。とろりとしていて前世で言う栄養ドリンクに味が似ていた。


 王子は行儀悪く喉を晒しごくごくと飲むシャロンをみて驚きに目を見開いた。


「殿下。コルセット、一人で締められないので手伝ってください」


 呆気にとられたようにぼさっとしている王子に、シャロンはさっさと動けという言葉をどうにか飲み込んだ。



「一つ聞くが、君も媚薬をのんでしまったんだよね」

「はい、飲んだというか食べさせられたというか」


 恨みがましく言う。


 着替え終わると王子にショールを持って来てもらい、ドレスのほつれや破れを隠す。


「シャロン、今帰るのはひとまず待ってくれ。やはり薬をのまされたとは言ってもことは重大だ」


「何もありませんでした」

「は?」


「私たちの間には何もありませんでした!」

 きっぱり、はっきり断言するといそいで部屋を出ようとする。


「ちょっと待ってくれ、それはおかしいだろ!」

 ユリウスが部屋を出ようとするシャロンを大きな声で呼び止める。


「待ちません。それから静かにしてください。いろいろバレるとまずいです。殿下だってこんな形で私と婚約はしたくはないでしょう」

 というと、困惑気味だった王子の顔がひきしまる。


「わかった。明日、話そう」 


「結構です。間違っても家に来ないでくださいね。私の名誉を思うなら絶対に! 来たら、殿下を一生恨みます」


 しっかり釘をさしてシャロンは王子の手を振り切るように廊下にでた。



 しかし、そのあとも王子は「とにかく話し合おう」とシャロンに追いすがり、ソレイユ侯爵に説明すると馬車に乗り込もうとする。


 不敬だという事も忘れて、びっくりして馬車から蹴り落としてしまった。シャロンは混乱の極みにいた。


 ――さようなら初恋の人。馬車から蹴り落としちゃったけれど、どうかこのことを根に持って断罪しないでください。



 前世を思い出したシャロンは王子とだけは絶対婚約しないと決めていた。


 この綺麗な第二王子ユリウスは、断罪の時にシャロンが毒を手に入れたルートまで抑え、証人及び証拠書類まできっちり揃えて皆の前で開示。


 その直後、シャロンは兵士たちに罪人として乱暴に引きずられて牢にぶち込まれたのだ。


 何となくこいつは気に入らないからという断罪ではなく、一分の隙もなく言い逃れが出来ないレベルの証拠を突き付けられ投獄される。


 しかし、シャロンにはあのサンドウィッチに薬など盛った覚えはないし、毒の入手ルートなどまるで分からない。


 ということは悪役令嬢シャロン・ソレイユは冤罪で処刑されたということで、恐ろしすぎる。何をそんなにユリウスに恨まれたのか。


 ……確かに、彼が好きすぎて付きまとったことは認めよう。だが、いくらなんでもこれはない。


 王子は幼少の頃から天才肌と呼ばれ、努力家でもある。第一王子を抑え次期国王になるのではないかとも囁かれていた。


 そんな優秀な彼は、どんな手を使ってでも障害になる人間を排除するのかもしれない。シャロンはぶるりと震えた。


 だいたい、王子もゲームの攻略対象者たちも皆、シャロンと幼馴染だ。貴族同士だから、それほど親しく遊んだわけではないが、ヒロインが現れるまでそれなりに仲良くやっていた。


 ――あいつらひどすぎる。血も涙もない。


 そんなふうに被害者意識をかかえつつ。頭の片隅ではついうっかり馬車から蹴り落としたことを王子に謝ったほうがいいのか、それとも蒸し返さない方がいいのかと頭を悩ませた。




 家に着くと使用人の目と明かりを避けるようにささっと自室に入る。


「今日は疲れたから」


 といって勘の鋭いメイド達を寄せ付けない。ミモザごめんねと心の中で謝りながら。


 シャロンは自室でどさりと椅子に腰かけた。全身がとにかく痛む。

 とりあえず、避妊薬を飲んで帰ってきた自分を褒めてやろう。


 まかり間違って子供が出来て今夜のことが露見しようものなら、状況から言ってシャロンが王子に薬を盛って手籠めにしたと言われかねない。


 そういえば、きつそうな見た目と侯爵令嬢という立場から子供の頃からいつも加害者認定されていた。


 今現在、ユリウスを手に入れるためには手段を択ばない女だと噂されている。とんだ風評被害だ。


 しかし、それもシャロンが前世を思い出さなければ現実の事となっていたのだろうか? ちょっと怖い。



 そこでシャロンは今までの己の行いを思い出す。彼女はユリウスが好きで、前世でいうストーカーのような行為を働いていた。


 まだ彼の婚約者でもないのに、ララと話すとやきもちをやき、心配で後をつけたり、何十枚にもわたって手紙を書いて送り付けたり、今思うと普通に怖い。


 冷静になればなるほど、王子から距離を置こうと言われて当然のことをしている。


 いまではユリウスの取り巻きからも警戒されていた。


 しかし、婚約しなければ婚約破棄など出来ないから、多分処刑されないですむはず。ゲームの強制力と言うものがあるのかはまだ分からないが……。


 そんなことより、ぐずぐずしていたら夜が明けてしまう。


 これから、家人にバレずに体を清め衣服も処分しなければならない。


 当然のことながら、衣服は燃やした。なくなったドレスの事はとぼけるしかない。


 燃やす際についうっかり絨毯を少し焦がしてしまった。シャロンは魔力は強いがコントロールは苦手なのだ。だが、魔法が使えるお陰でそこそこ助かる。


 シャロンはその後も粛々と証拠隠滅を図った。


 ――絶対に、すべてをなかったことにしよう!













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