第34話 岩橋さんのご両親が俺に会いたいだとぉ!?

「加藤君、おはよう」


 今日も暑い中、岩橋さんはマンションのエントランスで俺の事を待ってくれている。今日も手を繋いで学校に向かうのだが、今日の岩橋さんは何か言いたい事があるのに言い出せなくて困っている様に思える。


「どうしたの?」


 俺が聞いても「うん……」と煮え切らない返事しか返って来ない。コレってまさか、俺に愛想を尽かしたとか? 俺は別れ話を切り出されようとしているのか?


 俺の頭に絶望の二文字が浮かび、目の前が真っ暗になった様な気がした。岩橋さんの手を握る俺の手から力が抜け、二人の手が離れそうになった。


 ――終わった――


 俺は思ったが、俺の手と岩橋さんの手が離れる事は無かった。俺の手からは力が抜けたが、逆に岩橋さんの手には力が込められ、俺の手をしっかりと握り締めたのだ。これは予想外の嬉しい展開だ。いや、ちょっと待て。別れ話をする前だからこそと言うのも考えられるぞ。ああ、俺はどうしたら良いんだ? 岩橋さんを失うのはイヤだ。こうなったら今、この場で『沙織ちゃん』って呼んでみようか……今さらもう遅いよな。


 一人で悩み、一人で落ち込む俺に向かって岩橋さんはおずおずと口を開いた。


「あの……加藤君、聞いて欲しい事があるの」


 来た……『聞いて欲しい事』って、あの言いにくそうな口調からするとやっぱり別れ話だよな。しょうがないか、全ては俺の根性無しが原因なんだからな。


「聞いて欲しい事って、どうしたの? 何かあったの?」


 俺は精一杯平静を装って岩橋さんに答えた。あー、正直キツいなぁ。これから別れ話を切り出されるってのに。だが、岩橋さんが発した言葉は俺の想像とは真逆のもので、それを聞いた俺は驚いたと共に飛び上がらんばかりに喜び、そして緊張した。


「実は……約束してた日曜日なんだけど、お出かけする前に私の両親に会って欲しいの」


 それって、岩橋さんの家にお呼ばれって事だよな? しかも岩橋さんのご両親が俺に会いたいって? 噂に聞く、娘の彼氏の品定めってヤツか? うぅっ……一般庶民の俺って、お金持ち(だと思う)の岩橋さんのお父さんとお母さんにはどんな風に思われるんだ? 日曜日って、明後日だよな、とりあえず散髪ぐらいは行っておくか。


 そんな事を考えていた俺はきっと妙な顔をしていたのだろう、岩橋さんは俺を安心させる様に言った。


「加藤君、そんな顔しなくても大丈夫よ。きっとお礼を言いたいんだと思うから」


 お礼? 『娘がお世話になってます』ってか? そんな訳無いよな。恐らく岩橋さんに友達が出来て、明るくなった事についてだろう。そんな必要無いのにな。だって、一番幸せになったのは俺なんだから。

だが、岩橋さんのご両親の申し出を断る訳にはいかない。


「おっけー、わかったよ。岩橋さんの彼氏として恥ずかしく無い様に頑張るから」


 俺が敢えて『彼氏』という言葉を使って言うと、岩橋さんは照れた様に頬を赤く染めて微笑んだ。


「そんな……普通にしてくれれば良いのよ。私こそ加藤君の彼女として恥ずかしく無い様に頑張るから」


 おおっ、岩橋さんの口から『加藤君の彼女』なんて言葉が飛び出したぞ。こんなに嬉しい事は無い! しかも『彼女として恥ずかしく無い様に』だなんて、今でも自慢の彼女ですよ。もし誰かに「満足か? こんな世界で」って聞かれたら「大満足だ!」って即答するぞ。

 



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