第17話 回るのはコーヒーカップだけじゃ無い

 コーヒーカップは大人気アトラクションと言う程では無い様で数人が並んでいるだけだった。しかも一回の所要時間がそう長くない為に、すぐに乗る事が出来た。それにしてもコーヒーカップの筐体って言うのか? カップの側面には『にゃんふらわあ』とやらが何匹も描かれていて、恐ろしくシュールなデザインとなっている。


 さて、ここでまた問題だ。どういう位置関係で座るのがベストなんだろうか? 

 とは言っても選択肢は二つしか無い。向かい合って座るか、隣に座る(右隣とか左隣とかはこの際どっちでも良い)かだ。悩む俺を早々とコーヒーカップに乗り込んで座った岩橋さんが見ている。


 カップルだったら隣に引っ付いて座るんだろうな……思いながら俺は微妙な位置、隣と言えば隣と言えない事も無い、時計の針で言えば岩橋さんが六時とすれば俺は四時ぐらいの位置に座った。まあ、それが妥当な線だろう。それぐらいは俺にでもわかるからな。

 そんなうちに始動を知らせるブザーが鳴り、俺と岩橋さんを乗せたコーヒーカップはゆっくりと動き出して回転を始めた。目の前のハンドルを回せば回転は激しくなるのだが、岩橋さんが乗っているのだ、そんなバカなマネは出来ない。何より岩橋さんもハンドルに手を置いているのだ。下手に動かすと岩橋さんが体勢を崩してしまうかもしれない。ここは岩橋さんの好きにさせてあげよう。


「どう? 岩橋さん。楽しい?」


 さりげなく(そうか?)俺が尋ねると、岩橋さんは大きく頷いた。


「うん! 凄く楽しい! 風も気持ち良いし、一人じゃ無いし……」


 そうか。岩橋さん、これぐらいのスピード(って言うか回転)なら大丈夫なんだ。そう思った俺は余計なアドバイスをしてしまった。


「岩橋さん、このハンドルを回せばもっと速く回るよ」


「えっ、そうなの? 小さい時、お父さんに危ないから回しちゃダメだって言われたけど、それでだったんだ」


 岩橋さんは驚いた顔で答えた。そうか、お父さんと遊園地に行った事はあるんだな。岩橋さん、小さい頃からかわいかったんだろうな……思わず岩橋さんの小さい頃の姿を想像してしまった。念の為言っておくが、俺は断じてロリコンでは無いぞ。


「じゃあ、少し回してみようかな」


 岩橋さんが嬉しそうにハンドルを持つ手に力を入れるとコーヒーカップの回転が少し速くなった。だが、俺にとっては『少し速くなった』だけだったのだが、岩橋さんにとってはその回転速度は思った以上に速かった様だった。


「きゃっ」


 岩橋さんはかわいい悲鳴を上げてハンドルから手を離し、風で飛ばされそうになった帽子を押さえた。何とか帽子は飛ばされすに済んだものの、ハンドルから手を離した岩橋さんは慣性の法則によって上半身のバランスを崩した。しかもラッキーな事に俺の方にだ。

 だが、ラッキーとか思ってる場合では無い。咄嗟に腰を浮かして岩橋さんの方に横移動し、倒れそうになった岩橋さんを受け止めると、結果として俺が岩橋さんを抱き締める様な形となってしまったのだ。


 ――ああ、良い匂いがするな――


 俺の腕の中の岩橋さんは柔らかくて温かかった。なんて考えてる場合じゃ無い。広い帽子のツバで顔は全く見え無いが、岩橋さんの顔は真っ赤になってるよ、きっと。って、俺の顔も多分真っ赤になってるだろうけど。


「ご、ごめん!」


「ごめんなさい」


 俺と岩橋さんの口から同時に声が出た。正直なところ俺としては謝ってもらう必要など全く無かったのだが、岩橋さんは俺の腕の中で目深にかぶった帽子を更にギュっと押さえつける様にして震えている。


 マズい、これは想定外だ。どうしよう……落ち着け、俺。


「大丈夫?」


 俺は声を上擦らせながら優しく岩橋さんを座り直させた。これで俺の腕の中から岩橋さんはいなくなってしまった。だが、その代わりと言っては何だが俺と岩橋さんはピッタリと密着して座る形になってしまっていた。


 もちろんこれは俺にとっては願ってもない事で、はっきり言ってもの凄く嬉しいのだが、岩橋さんはどうなんだ?


「……ありがとう」


 か細い声で言いながら岩橋さんは、顔を隠す様に目深にかぶっていた帽子をかぶり直して俺に顔を見せ、恥ずかしそうに口元に笑みを浮かべた。きっと目はうるうるしているんだろうな、前髪で見え無いのが実にもったいない。

 ハンドルを回すのを止めた事によってコーヒーカップの回転速度は落ち、本来の子供も楽しめる平和なアトラクションに戻った。しかし、俺の目と頭は未だグルグルと回ったままだった。


 何故かって? 岩橋さんが俺にピッタリと密着したまま動こうとしないのだ。さっきバランスを崩したから、動くのが怖いんだろうか? だからと言って俺から離れるのも憚られる。と言うより、せっかく岩橋さんと密着しているのだ、離れたく無いに決まっているだろうが。


 結局コーヒーカップが止まるまで俺と岩橋さんはずっと密着したままだった。この世界に神様はいたよ。神様、幸せな時間を本当にありがとうございました。




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