第10話 この世界に神様なんて居ない……?

 俺はそれを加味した上で突っ込んだ話をさせてもらう事にした。


「で、いきなりオッケーしたよな。同じクラスになったばかりで由美ちゃんのコト、ほとんど知らないってのに」


『やっぱり顔か?』という言葉は飲み込んだ。いくら何でもそこまで言ってしまったらさすがにマズいだろう。すると和彦はあっさり本音を口にした。


「まあ、とりあえず顔は可愛かったからな」


 顔か、やっぱり顔か! 気を遣う事は無かったのか? 思った俺に和彦は含羞んだ笑顔で言葉を続けた。


「そりゃ、最初はどんな女かわかんねぇけどよ、付き合ってみればわかるだろってな。もし、嫌な女だったら別れりゃ良いだけの事だからな」


 そんなものなのか……女の子と付き合った経験が無い俺にはよくわからないや。もっとも和彦にとっても由美ちゃんは初めての彼女みたいだが。


 なんて思ってると和彦がドヤ顔で言った。


「俺は人を見る目には自信があるんだよ。そもそも俺とお前がこうやって一緒に居るのは俺がお前にいきなり声かけたからだったろ?」


 そうだ。和彦は入学式の日、初対面の俺に「俺、谷本ってんだ。お前は?」って声をかけてきたんだったよな。俺は今までずっと疑問に思ってきた事を思い切って聞いてみた。


「なんであの時俺に声をかけてくれたんだ?」


 和彦は『コイツ、何を言ってるんだ?』という顔をしたが、俺の質問の意図を察したのだろう、すぐに素の顔に戻った。


「んな昔の事、忘れたわ。」


 何かはぐらかされた様な気がしてしょうがないぞ。だが、そんな顔をした俺に和彦はとても良い笑顔で言った。


「さっき言ったろ、俺は人を見る目には自信があるってよ。あれから俺達はケンカもしたけど、ずっとこうやって一緒に居るんだ。俺の目に狂いは無ぇ!」


 やっぱりはぐらかされてる気しかしねぇ! でも、きっかけなんかどうでもいいじゃないかって事なんだろうな。

 しみじみと思う俺に和彦は更に言った。


「実際、由美も付き合ってみたら良い女だったしな。俺とお前の邪魔する事も無いだろ」


 おいおい、『俺とお前の邪魔』って……他人が聞いたら誤解される様な言い方するな。まあ確かに由美ちゃんは俺のせいで和彦と二人きりになれる時間があまり取れないでいるにも関わらず、正面切って俺に文句を言った事は無い。まあ、俺は俺で少しは気を遣ってるつもりではあるのだが。


 気を遣うと言えば、何故由美ちゃんは和彦と俺と三人で行動する時に友達を一人呼んでくれなかったのだろう? そうしてくれたら俺と由美ちゃんの友達が彼氏彼女の関係になれたかもしれなかったのに……そうか、俺は一人しか居ないから、由美ちゃんの友達同士で俺を奪い合う事になったら困るからなんだ! って、そんな訳無いよな……

 なんてバカな事を考えていると和彦が唐突に言い出した。


「どうする? ゲーセンでも寄ってくか?」


「そうだな、お礼って訳じゃ無いけどクレーンゲームで由美ちゃんにぬいぐるみでも取って帰るか」


 俺が軽い気持ちで答えると、和彦はまたニヤっと笑った。


「それは俺の仕事だ。お前は岩橋さんにだろ?」


 いや、まだそこまでの関係じゃ無いんだけど。残念ながら和彦はエスパーでは無かった様だ。いや、そうしたい気持ちが無いと言えば嘘になるからやっぱりコイツ、エスパーなのかもしれない。


 俺と和彦はゲームセンターに着くとクレーンゲームのコーナーに直行した。そこで俺は痛感した。やはり平等なんて言葉はこの世界には存在しないのだと。

 背が高くて彼女がいる和彦は一発で大きなクマのぬいぐるみをゲットしたが、背が低くて彼女のいない俺は六百円使って小さなネコのチャームしか手に入れることが出来なかったのだ。やはりこの世界に神様なんて居ないんだろうか?


          *


 翌朝いつもの通学路。岩橋さんのマンションが近付くにつれて俺の胸の鼓動が大きく・速くなってくる。

 岩橋さんは今日も俺を待っててくれているんだろうか? それとも、昨日友達になった女子と一緒に学校に行っちゃってるんだろうか? ドキドキしながら歩く俺の目に岩橋さんの姿が映った。


「加藤君、おはよう!」


 岩橋さんが明るい声で挨拶しながら俺の方に向かって歩いてきた。やった! 一緒に登校出来る! 思わず俺も小走りで岩橋さんの方へ……って、コレはいつもの事か。俺って子犬みたいだな……猫派なんだけど。


「昨日ね、みんなとカラオケに行ったの」


 岩橋さんは歩きながら嬉しそうに昨日の事を話してくれた。カラオケかー、岩橋さんってどんな歌を歌うんだろう? やっぱり大人しめの曲なんだろうな。由美ちゃんの友達のノリに着いて行けたんだろうか? でも、楽しそうな顔をしているところを見ると、意外にノリノリだったりしてな。


 などと考えながら、嬉しそうな岩橋さんの顔に俺も顔を綻ばせていると、岩橋さんは自分から話をしてくれた。


「私、普段は静かな曲ばっかり聴いてるんだけど、アイドルの歌に合わせて踊るのって楽しいのね。ちょっと難しかったけど」


 岩橋さんがアイドルの曲に合わせて踊っただと!? それは見たかったぜ。俺もいつか一緒にカラオケ行きたいもんだ。んでもってラブソングなんか歌って……って、俺は歌がヘタだからやめといた方が良いな。それにしても岩橋さん、今日はよく喋るな。実に良い傾向だ。


 そう、いつもなら俺が悪い頭をフル回転させて話しかけているのだが、今日は岩橋さんの方からどんどん話をしてくれる。昨日、よっぽど楽しかったんだな。由美ちゃんに感謝だ。


 さて、そんなわけで俺は今のところは聞き役に徹しているのだが、実は俺の方もある話を切り出そうかどうか迷ってたりしていた。『ある話』とはもちろん昨日クレーンゲームで取った小さなネコのチャームをプレゼントする事だ。たかがクレーンゲームのプライズ如きで何がプレゼントだとは思うが、俺は女の子に物をあげるなんて初めてだからな。そのプレッシャーは緑色の量産機の前に立ちはだかる白い悪魔の様だ。


 さあ、どう仕掛けるか? そんな時、岩橋さんが更に嬉しそうに言った。


「それからね、みんなとプリクラも撮ったんだよ」


 岩橋さんがスマホを取り出して裏側を俺に見せると、岩橋さんを中心に由美ちゃん達が写っているプリクラがスマホと透明なプラスチックのスマホケースに挟んであった。もちろん例によって岩橋さんの目は前髪で隠れて見え無いが、頬は微妙に赤く染まり、口元は照れた様に笑っている。


「友達になった記念の一枚か。良かったね」


 俺が微笑んで言うと、岩橋さんはスマホを胸に抱き締める様にして答えた。


「うん。私、プリクラ撮ったのなんて初めてだったから緊張しちゃって」


 実に岩橋さんらしい答えだ。正直、俺もソレ一枚欲しい。いや、いつか俺も岩橋さんとプリクラを撮りたいもんだ。出来たら二人で。などと思う俺の頭にヒラメキが走った。プリクラと言えばゲーセンだ。今って絶好のチャンスじゃないか?

 俺は思い出したかの様に自然な体を装って、カバンから昨日ゲットした小さなネコのチャームを取り出した。


「そう言えば、昨日和彦とゲーセンに行ったら取れたんだ。岩橋さん、ネコ好きだよね。良かったらあげるよ」


 どうだ? 自然な流れで切り出せたか? いや、よく考えたらプリクラなんてカラオケボックスにも置いてある。プリクラ=ゲームセンターなんて図式は俺の独りよがりな考えかもしれない。果たして岩橋さんの反応は? 身を強ばらせる俺の耳に岩橋さんの声が聞こえた。


「あっ、可愛い! コレ、私にくれるの?」


 和彦が由美ちゃんの為にゲットした大きなクマのぬいぐるみと違ってショボいって言うか、チャチいって言うか、とにかく小さなネコのチャーム。こんなもん貰っても嬉しくないかもしれないが、岩橋さんは嬉しそうに受け取ってくれた。そしてそれをカバンに付けると、にっこり微笑んだ。相変わらず目は前髪で隠れているので見えないが、昨日初めて見る事が出来たあの少しタレ気味の丸く大きな目が心から笑ってくれてたら良いんだけどな。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る