与太話:子供の頃のカッコつけは黒歴史になりにくい

 始源世界 渾の社

 湖を望む木製の広場にて、明人と零が向かい合ってテーブルについていた。

「零さんって普段何してんの」

 明人がパフェを頬張りながら尋ねると、零は湖を眺めたまま返す。

「ユグドラシルの話を聞いてる」

「俺らの実質的な産みの親だけどさ、あの人ってシンプルに変態だよね」

「君がそれ言う?」

「俺はあれだよ。生理現象だよ。だってアリアちゃんとかに迫られて理性保てる男とか居ると思うか!?」

「バロンとか、ゼロとか」

「なんでもないっす」

 パフェの容器をテーブルに置く。

「俺今めっちゃ気になることあってん」

「はい」

「アルファリアの小さい頃がめっちゃ気になる。零さん知らん?」

「さあ。だってあの人と初めて会ったタイミングって君と同じだし。本人に聞いたら?中にいるんでしょ」

「いや、今日は方舟の方でだらけてるよ。なんというか、暇になるとあの人めっちゃ干物なんよ」

「ふーん……確かに私も、ちょっと気になる。なんだかんだで腐れ縁みたいなところあるし」

「じゃあ一緒に行こうや」

「わかった」

 二人は立ち上がり、社の方に立っていたユグドラシルへ視線を向ける。

「おや、もう出掛けるのか」

 零が頷く。

「古代世界へ向かう。セレスティアル・アークに用事が出来た」

「そうか。怪我のないよう――いや、誰かを怪我させぬようにな。ククク」

 ユグドラシルは半笑いでそう言うと、社へ戻っていった。


 セレスティアル・アーク

 二人が屋上に戻ると、モズとトラツグミが並んで待っていた。

「お帰りなさいませ、明人様」

 トラツグミの言葉に合わせて、二人はお辞儀をする。

「ただいま、トラツグミ、モズ。アルファリアはどこにいる?」

 問いに、トラツグミは姿勢を戻す。

「明人様の私室におります。お呼びしましょうか?」

「いや、いいよ。自分で行く」

「はっ。では私は業務に戻りますので、供にはモズを」

 トラツグミはそう告げて、階段から去っていった。モズは零に会釈をして、明人に視線を向ける。

「主様、こちらへ」

「大丈夫だって。自分の部屋くらい自分で戻れるから」

「そうですか」

 明人が前に進み、モズと零は一歩引いてついていく。黒楢の通路を抜けてある部屋の前で立ち止まり、扉を開く。思いの外整頓された、大量のタペストリーやゲームハードの置かれたその部屋では、寝間着のアルファリアがゴーグルを付けてVRゲームをしていた。歩き回るアルファリアの前に零が立つと、見事な手捌きでゴーグルを奪い取る。

「ぬぁ!?」

 驚いたアルファリアは目を見開く。眼前に立っていたのが零だと言うことに気付いて更に驚く。

「ソムニウム!?なぜここにおるんじゃ!?」

「遊びに来た。何のゲームしてたの」

「ジョイジョイクリエイトというホラーゲームをだな……」

「ホラーゲーム」

 零はアルファリアの姿をまじまじと眺める。

「結構かわいい趣味があったんだ」

「はぅ!?」

 アルファリアは咄嗟にいつもの装束に戻る。

「違うぞ、我がこんな優美さの欠片もない衣服を選んだわけがないだろう!サイズが合うのがアリアの持ち物しかないだけだ!」

「ね。胸が無駄に大きいもんね」

「無駄ではない。必要なものだ。そんなことより、遊びに来たなどと言っていたが、どういう気の変わりだ。なれが明人の下へ来るなど……」

「杉原くんのところというよりかは、あなたのところに来た」

「ほう。とうとう決着をつけに来た――」

「そんなわけない。私が勝てるし。そうじゃなくて、あなたの子供の頃が知りたい」

「何ぃ……!?」

 アルファリアは明らかに動揺する。

「いつもなら『そうか。ならば我の輝かしい人生を汝に見せてやろう』って言いそうだけど」

 零が声真似すると、アルファリアはそっぽを向く。

「今すぐ帰れ、ソムニウム」

「……」

 零が黙っていると、明人が会話に加わる。

「もしかして重い過去があるとか……?」

「いや、それはないでしょ」

 零がアルファリアの頬を摘まみ、伸ばす。

「あにゅあっ!?にゃにをしゅている、しょむにうむ!」

「ぷにぷにだったから、つい。まあ自分から教えてくれないなら、後で自分で次元門切り裂いて過去に行くけど」

「ひきょうもにょお!」

「あなたが可愛いのがよくない」

「むぐぐ……しかたあるまい……」

 零が頬を離し、アルファリアが右手を振るうと、球状の水が現れる。水に映像が投影される。

「好きに見るがよい。じゃがあくまでもこれは昔の我で、今の我とは微塵も関係ない!」

 零と明人(とついでにモズ)は、映像へ目を向ける。


 ――……――……――

 映像では、〈ハッピーバースデイ〉と書かれた襷を掛けた幼女が高級そうなソファに腰かけていた。程無くして、優しそうな男性の声が聞こえる。

「ファリアは、何歳になったんだい?」

 ファリアと呼ばれた幼女――つまり、アルファリアは満面の笑みで右指を五本、左指を三本立てる。

「八歳!」

「じゃあ蝋燭を八本差そうね」

「うん!火をつけたら、あてが消すんだよね!」

「そうだよ」

 男性――即ち、アルファリアの父親が彼女へ蝋燭を手渡す。彼女はテーブルに座す、大きな誕生日ケーキに蝋燭を差していく。八本差し終わると、父親が指先から炎を出して火をつける。

「さあ、ファリア。ふーって息をかけて火を消すんだ」

「行くよー」

 アルファリアは口に空気を溜め、一気に吹き出す。蝋燭は一本消えきらず、彼女は前のめりになってもう一度息を吹き掛ける。

「上手く消せたね、偉いぞ、ファリア」

「えへへ、お父さんありがとう!あてすっごく嬉しいよ!」

 アルファリアが満面の笑みを向ける。

 ――……――……――


 ところで水が消される。

「もう良いだろう!」

 アルファリアが顔を真っ赤にしてそう言う。

「ええ?もうちょっと見たかったけどなぁ……ねえ、杉原くん」

 零が少し意地の悪い笑みを浮かべると、明人が続く。

「ベタだけど可愛かったよアルファリア!っていうか一人称あてなんや――」

 明人が言い掛けたところでアルファリアが大声を上げる。

「うがあああ!全部滅ぼしてくれるわぁ!」

「おっと」

 零が明人を横抱きで抱え上げ、アルファリアから逃げる。

「待てぇ!逃がさぬぞ二人とも!こらぁ!」

 零は体の軸を一切ぶらさずに走り抜けながら微笑む。

「騒がしいのもたまには悪くないね」

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