第6話絶対にその中身を見せてはいけない

「その本の中に、我が国の機密情報に関する報告書を隠したと申すのか」


アレイシス国王は鋭い目付きで侵入者を睨んだ。

フィリップ王子はというと、先程と変わらず真っ青な顔で本を見つめているが、その目には涙が浮かんでいる。

どう見てもまずい。この場で決して見せてはいけない表情だ。


今日フィリップ王子がこの定例会に参加した目的は、アレイシス国王太子としての威厳を見せつけ、その存在感を知らしめる事であった。

・・・が、決して味方とは言えない、弱みや隙を少しも見せるわけにいかない、そんな人達の前で自分のエロ本が開示されるという危機に直面している。


フィリップ王子が狼狽えるのも当然の事であるが、私もかつてないほど動揺している。

この場で私が仕える主人のエロ本が晒される事態になれば、検閲もされてないエロ本を主人の部屋に持ち込むのを見過ごし、その管理もできない無能な侍女として醜態を晒すことになる。

それはなんとしても避けたい。

私にもプライドがある。

こんな・・・こんなエロ本ごときで私の経歴に傷をつける訳にはいかない!


「我が国の歴史が詰まった国宝とも言える書物の中に隠すとは・・・不愉快極まりないな・・・」


・・・国王様・・・貴方のご子息その国宝の中にエロ本隠してます。


そう言いたい気持ちをグっと口を噤んで堪えると、私はこの危機から脱する方法を探る。

しかし国王の言葉が発せられる方が早かった。


「ではそれを開けて中身を」


「待ってください!!!」


国王の言葉を遮ったその声の主はもちろんフィリップ王子である。

机に手をついて立ち上がり、額に汗を滲ませながらアレイシス国王を見据えている。


「・・・なんだフィリップ?」


アレイシス国王は突然声を上げたフィリップ王子の態度に不快感を表している。

フィリップ王子は声を上げたものの、次の言葉がなかなか出せずにいた。


「・・・・・・父上・・・少しだけ・・・2人でお話出来ませんか・・・?」


ようやく口を開いたフィリップ王子に対して、国王は突き放すように睨みつけた。


「この状況で何を言っておるのだ?お主・・・まさか今回の件で何かやましい事でもあるのか?」


「う・・・そ、それは・・・」


同盟国の首脳陣が集まるこの大事な席で、狼狽えシドロモドロになる情けない姿にアレイシス国王はかなりご立腹の様子だ。

フィリップ王子はもはや完全に言葉を失っている。

各国の首脳陣もその様子を不思議そうに見たり面白がって笑っていたりと、完全に針のむしろ状態である。


・・・さすがにこの場で「その中に僕のエロ本隠してました。ごめんなさい。」と言う訳にもいかないだろう。


「今、お主と2人で話しをすることは出来ぬ。この友好同盟の信頼関係に関わる」


最初から信頼関係なんてないくせにぃ・・・!

私は苛立つ気持ちを抑えるように拳を握りしめた。


放心状態のフィリップ王子はもはや使えない。

この場を切り抜けるには・・・この本の中身を見られないようにして、何とか中に挟まれた報告書を取り出すしかない・・・


「それでは、私がこちらに挟まれた報告書を取り出させて頂きますね」


私はさりげなく歩み寄り、その本に手を伸ばした。


「ちょっと待て」


しかしギリギリの所で止められてしまう。

その声は拘束された男を見て動揺していたダリウスト国王だ。

額に汗を滲ませながらも、含みのある笑みをこちらに向けている。


「その侍女はフィリップ王子の専属であろう?ならばフィリップ王子が隠そうとしている物を別のものと摩り替える事も可能なはずだ・・・さっきドレスに付いた紅茶を一瞬で消し去った技があればな・・・」


チッ・・・余計な事を・・・


隠されている報告書にはこの男が有益となる情報が含まれているはずだ。

内容次第では、今回の件はダリウスト国によるものと分かるかもしれない。

見られて困るのはこの男も一緒ということか・・・


「ふむ・・・」


残念な事に、この男の発言にアレイシス国王も納得してしまっているようだ。

私はバレないように小さく舌打ちすると、フィリップ王子の後ろへと戻る。


「ここは私が中身を確認しましょう・・・」


案の定、そのダリウスト国王が立ち上がろうと椅子を引いた。

しかしその瞬間、隣に座っていたフィリップ王子が素早く立ち上がり、椅子に座っているダリウスト国王の額に人差し指を押し当てた。

ダリウスト国王は椅子の肘掛に手を置いたまま立ち上がれずにいる。

それは・・・真人様に教わったやつ・・・!!


「・・・どうですか・・・?立ち上がれますか・・・?」


グリグリと額を指で押し当て、氷のように冷たい視線で見下ろすフィリップ王子の言葉に、ダリウスト国王はゴクリと喉を鳴らした。


「い・・・いや・・・立ち上がれない・・・・・・」


その言葉にフィリップ王子は満足気な笑みを浮かべた。


「すごいでしょう?指一本で相手を立ち上がれなくする・・・私の親友が教えてくれたんですよ・・・」


「・・・そうか・・・すごいのは分かった・・・だから・・・手を、離してくれないか・・・?」


ダリウスト国王も苦笑いを浮かべながらフィリップ王子に訴えた。


「いいえ、離しません。先程あなたが言っていた中身を摩り替えると言うのは、今あなたがやろうとしている事では無いのですか・・・?」


フィリップ王子の言葉に図星と言わんばかりにグゥッとダリウスト国王の喉から音が漏れた。


「フィリップ・・・手を離せ。ダリウスト国王もその場を動かぬように・・・」


アレイシス国王の言葉に、フィリップ王子は手を離し、自分の椅子に座り直した。


「ユナ、お前はこの中に何が隠されているか知っているのか?」


「いえ・・・存じておりません・・・」


アレイシス国王の心を見透かすような目付きに一瞬迷いはあったものの、私は知らないことを突き通す事に決めた。


「ほう・・・ならばお前はフィリップの怪しい動きに気付かなかったと申すのか?」


「・・・申し訳ございません」


うぐ・・・

役立たずめと言わんばかりにため息をつかれ、私の心を何かがグサリと突き刺した。

しかし、「知ってます。フィリップ王子のエロ本です。しかも裏物です」とこの場で公言してしまったらそれはそれで問題なんじゃないのか・・・


もう、何が正解なのか分からない・・・

誰だこんなとこにエロ本隠した奴は・・・!!

私は目の前のフィリップ王子を呪いをかけるかの如く睨みつけた。


どっちにしろ、このままではあのエロ本が開示されるのは時間の問題である。

どうする・・・?・・・いっそ燃やすか・・・?

私の魔法を使えばあの本を跡形もなく燃やすのは容易い事である。

この距離ならば動作無く燃やすことは可能だ・・・

どうする・・・?突然の自然発火・・・?怪奇現象・・・?先代の呪い・・・?


なんでもいい、とりあえず燃やしてから考えよう。


「・・・いっそ・・・全員・・・この場で殺すか・・・?問題ないよな・・・?殺しても・・・」


魔力操作に集中しようとしていた矢先、物騒な発言が前方から聞こえてきて集中力は途絶えられた。

目の前のフィリップ王子が恐ろしい程の殺気を纏いながらブツブツと小声で「殺す」を連発している。

・・・とりあえず、自分よりヤバい奴を見て少し冷静になれた。

私はゆっくり息を吸うと、大きく吐いた。


とりあえず今の状況を整理しよう。


数日前からこの城に侵入したこの男は、依頼された国の機密情報を探り、それを記した報告書を持ち帰ろうとしていた。

しかし、昨日フィリップ王子の部屋に侵入した時に王子に勘づかれ、見つかってはマズいと、本棚にあった本にその報告書を挟んで戻したところでフィリップ王子に気絶をさせられた。


しかし不幸なことに、その報告書を挟んだという本は、『アレイシス国の歴史と栄光の軌跡 第一章』という表紙をカモフラージュとして付けていた、真人様からもらったエロ本であった。


・・・それが今、証拠品として各国のお偉い方々の前に提示されている。


決して友好的とは言えない人達の前でフィリップ王子のエロ本が開示されたとなれば・・・フィリップ王子がどんなエロ本を読んでいたか、各国に瞬時に知れ渡るであろう・・・

しかもこれは闇ルートで取引された正規品では無い・・・中身は相当やばいかもしれない・・・!

そんな物が・・・そんな物がこの場で公開されたとなれば・・・!!


この国の歴史に残る汚点・・・そしてフィリップ王子の黒歴史爆誕である。

私が専属侍女をしていながらこんな醜態を晒す訳にはいかない。

やはりこれはなんとしてもなんとかしなければ・・・!

ここはやはり一刻も早く燃やすしかないな!!

私は再び決心し、魔力操作をしようとした時だった。


「父上・・・」


それは少しだけ冷静さを取り戻したフィリップ王子の声だった。


「なんだフィリップ?残念だが、今のお前に発言を許可することは出来ん」


「証人を要求します」


フィリップ王子は、発言を拒否されたのにも関わらず、聞こえていないかのように言葉を続けた。


「・・・なんだと・・・?」


「証人として・・・ここに真人を・・・異世界人の・・・山森真人の召喚を要求します」


フィリップ王子の提案に各首脳陣はざわめき出した。


「なに・・・?異世界人が何か関わっているのか・・・!?」


「どうゆうことだ?」


「一体何の情報があの中に・・・?」


・・・え、なんで呼ぶの・・・?


私は予想外の展開にキョトンとした顔でフィリップ王子の横顔を見つめていた。

その顔は何か希望を見出したかの様に清々しい。

・・・え、なんでそんな顔してるの?

誰がこの状況作った元凶か分かってる・・・?


「・・・この場にあの男を呼ぶだと・・・?」


「まあ!!それは良い提案ですわ!!」


不安そうな声を漏らすアレイシス国王の言葉を一蹴し、ソフィア王妃が手を合わせて嬉しそうに声を上げた。


「ソフィア・・・真人にこの場は流石に・・・」


難色を示すアレイシス国王に対し、ソフィア王妃は嬉々としてニコニコだ。


「あら、いいじゃないですか。貴方は真人様とお話する時間があるのに、私はめったに会うことが出来ないのですよ?不公平ですわ」


そうなんだ・・・アレイシス国王と真人様がどんなお話をしてるかは非常に気になる・・・

アレイシス国王はソフィア王妃の言葉にムグッと口を閉ざすと、観念したかのように口を開いた。


「分かった・・・真人をここに呼んでくれ」


だから何で呼んじゃうの・・・?

来ちゃうの・・・?彼が・・・?ここに・・・?

もう何だか嫌な予感しかしない。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る