第17話 ラブコメ野郎の一本釣り作戦

「それで? 次はどうするの?」


 帰りの電車の中。いつものベンチ型シート。隣に座るカスミが聞いてくる。


「彼女のこととか、避けてる理由とか直接聞かないとなるとどうする?」


 可愛く首を傾げてくるカスミに俺は考えていたことを話す。


「俺と小山内さんの噂で南志見が萎えていると仮定する」

「うんうん」

「なら違う噂を流せば良い」

「違う……噂?」

「そうだ」

「たとえば?」


 聞いてくるカスミの顔を、ジッと見つめる。

 彼女は少しだけ顔を赤くして視線を逸らす。


「な、なに?」

「たとえば、高槻がクソビッチと付き合ってる噂とか」

「ちょっと!? そのクソビッチって、もしかして私!?」

「おお。ようやくビッチとしての意識が芽生えたか。その通りだ」

「違うから! 芽生えてないから! 私ビッチじゃないから!」

「人は真実を突きつけられた時、否定から入る。小さな眼鏡の名探偵が犯人を追い詰めた時、それが証明されている」

「何か賢い子みたいな口調だけど、それ漫画だから! アニメだから! そんな証明、証明じゃないから!」


 カスミが散々と言い放ったあと「てかさ……」と少し、モジモジとする。


「れ、レンレンは……。その……わ、私と噂になってもい、良いの?」

「ビッチにもてあそばれている童貞男子高校生。悪くないだろう」

「真剣に聞いてるんだけど?」


 その顔が本気の顔だったので、威圧された俺は咳払いをしてちゃんと答える。


「俺はカスミとなら噂されても良い」


 そう言うとカスミはどこか嬉しそうな顔をする。


「へ、へぇ。そうなんだ」

「でも、カスミの気持ちを何も考えずの発言だった。ごめん」


 素直に頭を下げる。


「や。べ、別に怒ってないよ?」

「ほ、ほんと?」

「うん」

「ほっ……。いや、顔が怒ってたからさ……」

「だって、レンレンすぐ私のことビッチとか言うからさ……」

「あ、そっち。俺はてっきり、俺みたいなゴミと噂になるなんて無理だから怒ってると」

「や。そ、それは別に……」


 カスミは髪をいじりながら、ボソリと呟く。


「ま、多分それはそれで噂になってる可能性もあるよな」

「それって?」

「俺とカスミの噂だよ」

「え!? 私たち噂されてるの!?」


 酷く驚いた声を出すカスミ。


「そりゃここ数日ずっと一緒だし。二人して二組に乱入してるからな。第三者から見たら、そんな関係って思う奴も出てくるんじゃない?」

「た、確かに……」

「でも、それはそれで好都合。これが南志見の耳まで届いたら、俺はもれなくあいつの中で『二股クソ野郎』だ」


 胸を張って言うとカスミが、ジト目で言ってくる。


「誇って言うことじゃないよ。不名誉だよ」

「でも、それなら逆にあいつから俺たちに絡んでくるかもよ?『オラの幼馴染をもてあそぶなんてえええ! なにをするだあああ! ゆるさんっ!』ってな感じで」

「南志見くんは多分そんな口調じゃないよ」


 でも、とカスミが、ポンと手を叩く。


「そっか。私たちが南志見くんに絡みに行けないなら、あっちから絡みに来てもらえば良いんだ」

「その通り。名付けて『ラブコメ野郎の一本釣り』作戦だ」


 釣竿を引き上げるようなジェスチャーをする。


「ネーミングセンスくそだけど、レンレンあったま良いっ!」

「ふっ! さっそく作戦を実行に移す。後に続け! カスミ」

「ガッテンだよ!」




   ※




「や。テンションでノッたけど。実際になにするの?」

「俺を『二股クソ野郎』に仕立てられるのは、カスミ。きみだけだ」

「いやな仕立て屋だね……。でも、うん。まぁ……仕方ないよね。仕方ない」


 言い聞かせるように頷くカスミ。


「で、私はどうすれば良いの? こっち側まで来たけど」


 こっち側とは、俺たちの地元の駅で降りて、いつも俺が降りる方角のことだ。

 カスミはバスターミナルの改札からいつも出る。たいして俺は駐輪場側の改札から降りる。

 駐輪場側は目の前に交番と有名な百貨店がある。そこの広い歩道に俺のママチャリを押してやってきた。


「今から噂の信憑性を高めるために、カスミとカップルっぽいことをする!」

「か、カップルっぽいこと……?」


 カスミが「えとえと」と、あたふたとする。


「そ、それって……デート……とか? ごめんなさい。レンレンきもいからきもくてきもいです」

「カスミ。前にも言ったが、我々の業界ではご褒美だぞ。それ」

「最強じゃん……」


 肩を落として呆れた声を出される。


「カップルっぽいことと言えば──タンデムだ!」

「タン……デム? 焼肉食べに行くの?」

「頭の二文字だけで焼肉を連想させるとは……脳の処理能力が気になるところだな」

「だって、そんな言葉知らないもん」

「平たく言えば二人乗りだな」

「二人……乗り?」

「ああ。現代では禁止されている禁断の愛の行為。一昔前の少女漫画のテンプレ。キャキャウフフで愛を確かめ合うあのチャリのニケツ。二人乗りだ」

「だめだよね?」

「ああ。道路交通法違反だ。罰せられるだろう」

「だっ! だめじゃん! ただでさえ停学と退学組なのに」

「ふっ。カスミよ……。人間だめだとわかっていると手を出したくなるものよ……」

「ふ、普通に手を繋いで歩くとか。そういうのじゃダメなの?」


 彼女の発言に「ほう?」と、ニヤついて聞いてやる。


「俺と手を繋ぎたいと?」


 カスミは「や、べ、別に」と、あわあわとしながら答える。


「そんなに手を繋たいなら仕方ない。手を繋いでやっても良いぞ? ほれほれ」


 チャリのスタンドを立て、手を差し出す。


「ばか! あほ! レンレン!」


 鞄で思いっきり背中を殴られてしまう。


「ってぇ! ありがとうございます!」

「なんでお礼!?」

「我々の業界では──」


 俺のセリフが言う終わる前に「お二人さん」と聞き覚えのない男性の声が聞こえてくる。


 振り返ると、ドキッとなる。


 そこには、青い制服を着た公安職公務員が立っていた。


 うん。警察官ね。


 この青い制服見るとなにもしてないのに、ドキドキするよね。


 めっちゃガタイ良いし。


「ごめんなぁ。たのしゅうしゃべってるところに」


 関西弁の警察官にカスミが怯えて俺の後ろに隠れてしまう。


「おうおう。嬢ちゃん。べつになんも取って食わへんから、そうビビらんといてや」


 言われてもカスミは怯えていた。


 もしかしたら、二人乗りをしようとしていたのを咎められるとでも思っているのかな? そうだとしたら可愛いすぎるだろ。守ってあげたくなるやん。


「どないしたんすか?」


 相手が関西弁なので、こっちも関西弁風で返す。相手の言語がうつるのってあるよね。


「いやな。最近チャリンコの盗難続いててな」

「あひゃひゃ。いつもですやん」

「グッサー。せやねん。せやねんけど、にいちゃんいたいとこついてくるわ。おっちゃんらも頑張ってんねんで」

「いつも町を守ってくれてあざす」

「おお。にいちゃんええ子やな。おっちゃん嬉しいわ。ほら、あれやん。ワシらみたいな仕事してると、目の敵にしてくる奴らもおるんやわ。かなわんわ。やからにいちゃんみたいな子おると、おっちゃんの仕事もやる気上がるわ」

「そりゃ良かったです」

「ほんでやね、にいちゃんチャリンコの防犯登録しとる?」

「どぞどぞ。見てください」


 止めてある自転車を差し出すと「おおきになぁ」と警察官が調べる。時折、無線で連絡して、すぐに、ニコッと笑いかけてくれる。


「ごめんやで。カップルで仲良ししてるところに」

「いえい──」


 ふと、気が付いた。


 俺らの横を、スィーっと通る眼鏡のイケメンの存在に。

 あのサッカー部の眼鏡イケメンも地元同じだったか。


「ま! 仲良しカップルっすからね!」


 少し声を大きく出して、自慢するように言う。

 すると、チラリと眼鏡イケメンがこちらを見て、すぐに去って行った。


 俺の発言に警察官が大きく笑った。


「ええなあ。学生の恋愛っちゅうもんはほんまにええもんや。ありがとうな。協力してくれて」

「どもー」

「あ、にいちゃんら。ニケツしたらあかんで」


 ギクッとなる。


「あ、あははー。しませんよー」

「ははっ! そか、そか。ほならええわー。ほな、おおきになー」


 警察官は陽気に手を上げて交番に戻って行った。


「──そりゃ交番の前でたむろってたら、こうなるわな」


 鼻で笑うと、制服の袖をつままれる。


「ちょっとレンレン……。なんでわざわざ、私のたちがカップルとか大声で言うのよ」


 少し拗ねたような、恥ずかしがっているような、そんな表情でカスミが言ってくる。


「気がつかなかったか? サッカー部の眼鏡イケメンが、今さっき通って行ったんだよ」

「え!?」


 カスミが反射的に周りを見渡した。


「もう行ったよ」

「気がつかなかった」

「あの眼鏡イケメン、チラ見してきたからさ。もしかしたら噂を流してくれるかもしれんな」

「そう、うまくいくかな?」

「あの眼鏡イケメンは噂が好きだ!」

「おお。いきなりなに?」

「おそらく、あいつは噂を流す。ながすんだよぉぉ」

「願望になってるね」

「それでラブコメ野郎の一本釣りができるんだよぉぉ」

「多分、無理だと思うけど」


 カスミがため息混じりで言うと歩き出す。


「と、ともかくさ。きょ、今日はカップルのフリやめとこ? やっぱり二人乗りとかダメだよ」

「注意されたばっかだしな。それに、成果はあった! はず!」

「あ、あははー……。それじゃあ、今日は帰るね」

「うん。ごめんな。遠回りさせて」

「ふふ。遠回りってほどでもないよ。バス停なんてすぐそこだし。──それじゃね。レンレン」

「また明日」


 可愛く手を振るカスミに、手を振りかえして俺たちは帰った。

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