火災現場

 早朝、アーレンス警部は火災に遭って黒焦げになっている警察署を見上げた。

 未明に署が旧共和国の過激派の襲撃を受けたと警官が自宅まで訪れ報告をしに来た。そして、急いで夜が明ける前にここに来た。

 石造り建物の壁に黒くが付き、書類などの焼け焦げた臭いが鼻をつく。

 軍の魔術師が、水操魔術で消火作業を行ったので、かろうじて全焼は免れたようだ。署の半分以上が燃えているようだ。

 アーレンス警部は瓦礫や水浸しの床に注意しながら、署の中に進んだ。


 警官たちと中の様子を調べると、資料室や証拠品の保管室の大半が燃えてしまっている。アーレンス警部は指示を出し、警官数名で燃え残っている資料等を確認させる。しかし、見たところ、多くは灰となっているようだ。さらに水浸しだ。

 これでは、いくつもの捜査中の事件が行き詰ってしまう。アーレンス警部は、深くため息をついて、署内で辛うじて燃えていない部屋へ行き椅子に座った。そこにある自分の机は燃えていなかった。

 机の上の資料を一瞥する。ヴィクストレームに関する、以前自分が書いたメモが目に入った。証拠品の保管室には、例の魔術書が置いてあったはずだ、あれも灰になってしまったのだろうか?

 それを確認するためにアーレンス警部は立ち上がり、再び燃えた資料室に向かった。

 

 途中、廊下では何人もの警官たちが資料の確認、また兵士たち過激派たちの痕跡を探しているようだった。

 アーレンス警部は資料室の前に消火に当たったと思われる魔術師の一人に声を掛けた。

「何か、過激派の痕跡がわかったか?」

「いえ、全く」

「そうか」

 アーレンス警部は言葉少なめに、資料室に入る。中では変わらず警官が数名、灰の中から燃え残っている資料を集めている。しかし、燃え残ったものわずかのようだ。

「もし、証拠品で空間魔術の魔術書が残っていたら、燃えカスでもいい教えてくれ」

 アーレンス警部はそう言って部屋を出た。


 次に、アーレンス警部は火災の目撃者をである当直をしていた警官を探し当てて、声を掛けた。

 警官は、アーレンス警部に気付くと敬礼して答えた。

「当時の状況を話してくれ」

「はい。私が火災に気づき資料室に来ると何者かの姿が見えました。人数は十名ほど」

「彼らはすぐに署から逃げ出しました。私は消火を優先して追うことはしませんでしたが、火の勢いが凄まじく、結局は私は建物から逃げました」

「通りを監視していた帝国軍はどうしていたのだ? 過激派を見たはずだろう?」

 主だった通りの辻では、四六時中、帝国軍の監視が近くで立っている。彼らが気付かないはずがない。

「それも兵士達に確認しました。彼らは誰も入っていくものは見なかったとのことです。しかし、火が点いた後、彼らが署から出て来るのは見たと」

「奴らの追跡はしなかったのか?」

「追跡はしたもものすぐに姿が見えなくなったとのことです」

「役立たずめ」

 アーレンス警部は思わず悪態を付く。

「それで、軍の魔術師による消火は?」

「火が点いて三十分ぐらいで彼らが到着して消火をしはじめ、一時間以上かかって鎮火しました」

「そうか」

 これは過激派の仕業というが本当にそうだろうか? 不審な点が多い。アーレンス警部はうつむいてしばらく考える。


 しばらくすると、秘密警察“エヌ・ベー”の者らしき人物もやって来た。“エヌ・ベー”は特に制服はないが、彼らは大抵、綺麗に整った身だしなみをしている。一般の人々とは雰囲気が違うが、アーレンス警部のような警察関係者でないとその違いを読み取ることは難しいだろう。

 その人物はアーレンス警部に近づき話しかけてきた。

「警察関係者の方ですね?」

「はい。私は警部のアーレンスといいます」

「私はイワン・ヤゾフと言います」

「“エヌ・ベー”の方ですね?」

「そうです」

「こちらには過激派が警察署を襲撃するという情報は入っておりませんでした」

「なるほど、私はタイミング的にヴィクストレームと言う人物が怪しいと考えています」

 ヴィクストレームの話をルツコイ司令官にしたと、警察長官のミューリコフからは聞いていた。なので、その情報がすぐに“エヌ・ベー”に伝わったのだろう。

「彼女が持ち出そうとした魔術書は灰になったようです」

「盗み出して、その証拠隠滅に火を付けたとも考えられます」

「彼女は過激派とは繋がりは無いのでは?」

 アーレンス警部はヤゾフの言うことの可能性は低いのではと思った。しかし、ヤゾフは話を続ける。

「それは、はっきりしたことはわかりません。しかし、金で雇うこともあるでしょう」

「過激派が金で雇われるでしょうか? 彼らは共和国復興という大義で行動しています」

「活動費を稼ぐためかもしれません。彼らは追い詰められてジリ貧です」

 もし、そうだとしたら、同じ共和国出身者のアーレンス警部としても過激派に少しも同情は出来ないと思った。


「ヴィクストレームと言う人物の案件は、今後は我々が引き継ぎます」

「え?」

 突然、ヤゾフに予想外のことを言われてアーレンス警部は驚いた。アーレンス警部の驚く様子を気にすることなく、ヤゾフは静かに話を続けた。

「彼女を自由にしてください、その後、どのような行動をとるか、こちらで監視します」

 アーレンス警部は少し考えた。しかし、秘密警察“エヌ・ベー”が言うことなら従うしかなかった。

「わかりました」

「これから、彼女の宿泊している宿を訪れようと思っています。顔を確認したいのです。ご同行いただけますか?」

 ヤゾフは提案してきた。

「わかりました」

 アーレンス警部は近くの警官を二名呼び止め、ヤゾフと一緒にヴィクストレームの泊まる宿屋に馬車で向かった。

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