第17話

 十月第一週の週末に僕の学校は文化祭を毎年開催している。


 基本的に学園祭への出入りは自由。

 生徒の家族や近隣住人と多くの人が学校を訪れる。

 イベントもなかなか豪華で人気タレントも呼ばれたりする。出し物のバリエーションもなかなか豊富で評判が良い。


 まさに僕はそんな文化祭の真っ最中。

 教室を改造したメイド&執事喫茶で、僕は仕事に精を出していた。


 そう、執事服に着替えて――。


「いいじゃんお兄ちゃん。イケてんじゃん」


「なんでくるのみやこちゃん」


 時刻は午後二時過ぎ。

 僕は文化祭にやって来た妹に捕まり、執事姿をデジカメで激写されていた。


 いつになくハイテンションな妹の宮古。

 お兄ちゃんちょっと心配になっちゃう。


 ようやく妹が静かになったのは入店から五分ほど経ってから。

 白いテーブルクロスをかぶせた学習机。その前に宮古は座ると、僕が出したミルクティーを飲んで一息ついた。

 と思ったら、またそこから含み笑い。妹は僕を眺めて口とお腹をおさえる。


「やばっ、一生分笑ったかも。お兄ちゃんてば執事の才能あるよ」


「才能あったら笑われないでしょ」


「怒んないでよ。こっちはご主人様なんだよ?」


 調子に乗っている妹の頭をぽかりと軽くたたいた。

 やわらかく叩いたつもりだけれど、「痛い! 何するのよ! この暴力執事!」と大げさに騒がれてしまった。


 人聞きが悪いなぁ。


「ところで、どうしたの宮古? 文化祭に来るって聞いてないんだけど?」


「陽佳ちゃんから頼まれたの。行っちゃいけないから、代わりに撮ってきてって」


 なるほど。

 それならしかたないや。


 実は「文化祭に来ないでね」と、僕は陽佳にお願いしていた。


 表向きの理由は僕がクラスの出し物で忙しく、彼女にかまってあげられないからだ。「来ても一緒に遊べないから」と、僕は陽佳を文化祭から遠ざけた。

 本当の理由は陽佳に変な虫を近づけさせないため。

 お嬢様学校に通う美少女だぞ。そんなの男子が放っておかないよ。

 

 陽佳は僕のお願いを受け入れてくれたが、やはり不満はあるようだった。

 宮古に白羽の矢が立ったのはそのためだろう。


 そうと分かると急に申し訳ない気分になる。

 

「……ごめんね、僕たちの恋愛に巻き込んじゃって」


「別にいいけどさ、私も陽佳ちゃん好きだし」


 頭を下げて僕が謝ると、妹は家と同じように素っ気ない返事をした。

 紙カップのミルクティーを飲みながら、宮古は喫茶店の入り口をぼんやり眺める。瞳からは僕への興味はすっかりなくなっていた。


 本当に陽佳に頼まれてきただけなんだな。

 いい妹だよまったく。


 もう行っていいよという感じに宮古が手を振った。

 お言葉に甘えようとしたところで、急に教室の外が騒がしくなる。男の声、ため息のようなざわめきが聞こえた。


 アイドルでもきたのかな――?


「ゆきちゃんここだよ! ここがゆーいちのクラスだって!」


「待ってください、愛菜さん。早いですよぉ」


 騒ぎと共にやって来たのは見知った顔。

 騒ぐのもしかたない美少女でお嬢様たちだった。


 濃紺のオーバーオールに白い長袖シャツ。頭にブラウンのニット帽。

 ちょっとルーズなボーイッシュコーデに、引き締まった身体を包んだ褐色美少女。

 彼女は僕を見るなり、手を胸の前で合わせて「きゃぁ!」と叫ぶ。


「あーっ! ゆーいちってばなにその格好! かーわーいー!」


「愛菜さん⁉」


 それは僕の彼女の友人――高月愛菜さんだった。


 さらに、その背中から美少女が顔を出す。


 リブの入った白いニットセーター。ミルクティーみたいな色のフレアスカート。鼻先に、今日はチョコレート色の眼鏡をかけている。黒髪清楚系おっとりお嬢様。

 愛菜さんの背中で、手で口元を隠してうふふと彼女は笑う。


「勇一さん、とってもお似合いですよ」


「幸姫さん⁉」


 またしもそれは僕の彼女の友人――大聖寺幸姫さんだった。


 なんで陽佳の友達が、僕の学校の文化祭に?

 思いもしない知人の登場に脳がバグってフリーズする。


「ねぇねぇ! 執事喫茶ってことはさ、ゆーいちを執事にできるの?」


「どのようなお店なんでしょう。私、こういうお店は初めてでして」


「ちょっとお兄ちゃん。なんでここに陽佳ちゃんの友達が……」


 うーん泥沼。

 なにをどうしたらいいものやら。


 テンパった末に――僕は宮古の席にとりあえず二人を同席させた。


 とりあえず、僕は愛菜さんたちに紅茶を出す。

 安物の紅茶をお嬢様に飲ませるのは気が引けたけど、意外に美味しそうに彼女達はそれを飲んでくれた。


 なんにしても、これでようやく一息だ。


「それで、どうして二人はこんな所に?」


「決まってるじゃん! ゆーいちのお店を見に来たんだよ!」


「陽佳さんから、勇一さんの学校で文化祭をやると聞きまして」


 見つめ合って二人は「「ねー!」」と仲良く声をハモらせる。


 おそるおそる、僕は宮古の方を見た。

 なにこの人たちという感じに、彼女は愛菜さんたちにジト目を向けている。


 まぁ、気持ちは分からないでもない。

 それが普通の反応だよ。


 友達の彼氏の文化祭に遊びに行くって、冷静に考えると妙な話だよね?

 どう説明しようかなと僕は頭を抱えた。


 すると、愛菜さんたちが宮古の視線に気がつく。


「あれ、もしかして勇一の妹ちゃん?」


「陽佳さんから聞いてます。宮古ちゃんですね?」


 反応がちょっと僕が思っていたのと違う。


 食い気味に妹を見つめる愛菜さんたち。その表情は、妹に興味津々。いつか僕が向けられたものとまったく同じだった。


 びっくりして宮古が肩を引く。

 そんな妹に椅子ごと移動して近づく愛菜さんと幸姫さん。

 左右から彼女達は宮古を追い込んだ。


 また既視感だ。

 なんだか頭が痛くなるな。


「へぇー、やっぱり血は争えないね。ゆーいちと同じでかわいいや」


「……か、かわいい⁉」


 愛菜さんの殺し文句みたいなセリフに宮古が固まる。


「勇一さんと同じで優しそうです。どうか私たちも仲良くしてくださいね」


「……や、優しそう⁉」


 幸姫さんの褒め言葉に宮古がときめいた顔をする。


 油断したのがおしまいよ。

 愛菜さんに背中から抱きつかれ、幸姫さんに下半身にすがりつかれる。

 褐色の愛菜さんの手が優しく宮古の鎖骨を撫でる。白無垢のような幸姫さんの手が、宮古の腰のくびれにあてがわれて怪しく揺れた。


 うーん、なんてエッチな羽交い締め。

 妹なのにてぇてぇな。


 助けてと妹は涙目で僕を見てくる。

 兄として妹のピンチを助けてあげたい所だが、無力な僕にはなにもできない。

 せめて安心させてやろうと、僕は全力の笑顔を妹にお見舞いした。


 ごめんね。

 お兄ちゃんもその二人は制御できないんだ。


「ねぇねぇ、宮古ちゃん? お姉ちゃんと、ちょっとこれから遊ばない?」


「高校生の遊び方を教えてあげまして。怖がらなくて大丈夫ですよ?」


「お、お兄ちゃん! 怖いよこの人たち!」


 知ってる。


 ほんと、はじめて見た気がしない光景。

 美少女二人に挟まれて情けない声を上げる僕の妹。執事服姿の兄をからかった罰があたったんだろう。因果応報ってあるんだなぁ。


 もみくちゃにされる妹に僕は手を合わせた。


「そうだ! ゆーいちってば、みこちんにはもう会った?」


「美琴さん? えっ、彼女も来てるの?」


「気づいてなかったの?」


 はて?


 きょとんとした顔をする僕を、愛菜さんと幸姫さんが「しょうがないな」という哀れみの顔で見てくる。その間も妹をくすぐりつづけているのは流石だった。


◇ ◇ ◇ ◇


 午後五時二十分。体育館のライブステージ。

 既に本日の演目は終わり、後片付けと明日の準備が始まっているそこに、僕は人を探して足を運んでいた。


 体育館正面にある舞台を改造したライブステージ。

 二日間そのステージでは、軽音楽部や演劇部など文化系の部活が出し物を行う。また、外部からゲストを招いてのライブも行われていた。


「あ、いたいた! 美琴さーん!」


 ステージの端。

 照明や音響機材が置かれたスペースに美琴さんは居た。


 学校指定の芋ジャージにマスク&ニット帽。今日もなかなか怪しい変装だ。

 けど、彼女をよく知っている僕にはすぐに分かった。


 スペースにたどり着いた僕に、美琴さんは顔のマスクをずらして微笑む。


「ゆうちゃんさん。来てくださいましたのね」


「ごめんね、まさかうちの学校にゲストで来るなんて知らなくて」


 実は美琴さんは今年の文化祭にゲストとして呼ばれていた。

 正確には美琴さんのアイドルグループ。事務所が県内にあり、在校生も何人か所属している縁で呼ばれたんだそうな。

 ライブの内容なんて、チェックしてなくて気づかなかったよ。


 美琴さんは持っていたバインダーを近くのスタッフに預けた。「ちょっと休憩しますね」と彼らに声をかけると、僕たちは体育館の壁の方に移動する。


 窓に沿って設置された通路の下。

 ちょっと陰になった場所で僕たちは立ち止まる。

 午後五時半を知らせるチャイムの音が体育館の天井には鳴り響いていた。


「二日連続でライブなんだってね。すごいや、流石は人気アイドルグループ」


「普通のことですわよ。学園祭にはけっこう呼ばれておりますの」


 アイドルに芋ジャージなんて着せたら美貌も台無し。

 トレードマークの金髪縦ロールもニット帽に収まって野暮ったい。

 なのに、あざといウィンクでクラッときちゃう。


 にこにこと僕が喋るのを待っている美琴さん。胸の前に腕を垂らし、ピンと背筋を伸ばしている。普通のポーズなのになぜだろう――なんかやらしい。


 これが本物のアイドルの風格か!


 やらしいと言えば、最近見た美琴さんのグラビアもエッチだった。

 美琴さんって発育がいいんだよな、前にその裸を…………。(大混乱)


「もぉー! いつまで黙っておりますの!」


「ひゃぁっ! ご、ごめん……!」


 痺れを切らした美琴さんのツッコミに慌てて僕は顔を上げた。


 口を指で押さえる美琴さん。

 しかし「ぷっ!」とその口から笑いが漏れる。

 おかしそうに身体を揺すった彼女は、目尻に溜まった涙を指で弾くように拭った。


「友達なんですから、そんな緊張しないでくださいまし。LINEでしているように、自然にすればいいだけじゃありませんの」


「ご、ごめん。アイドルの友達が学校に来るとかはじめてで」


「それは――仕方ありませんわね」


「こういう時って何を話せばいいのかな? 挨拶しないのはまずいと思って顔を出したんだけれど、僕ってばさっぱり分からなくて」


「真面目ですわね。けも、ゆうちゃんさんのそういう所が……」


 そういう所がなんだろう?


 その続きを聞きたかったのだけれど、急に美琴さんは黙ってしまった。

 咳払いして「とにかく、自然にいたしましょう!」と彼女は僕に提案した。


 体育館の壁に僕たちは背中を預ける。

 隣り合って座ると、なんだかちょっと落ち着いた。


 ようやくいつも通りかな。


「不思議だね。まさか、あの出会いから僕らがこんな関係になるなんて」


「そうですわね。人の縁というのはわかりませんわ」


「そういう意味ではあのDiscordを覗いてよかったのかも」


「よくなければ困りましてよ。現役アイドルのヌード映像を見たんですから」


 心臓に悪い冗談やめてよ。


 僕はげんなりとして肩を落とす。

 その横でまた美琴さんは口を隠して笑った。

 今日はもう彼女に笑われっぱなしみたいだな。


 来る前に演目を確認してきたけれど、音楽系の発表は明日がメインらしい。

 美琴さんたちのアイドルグループも、今日はトークショーで呼ばれている。歌って踊るステージは明日の午後からとパンフレットには書いてあった。


 体育館の生徒達は明日の準備に向けて忙しそう。舞台は完成しているのに、少しでもよくしようとあくせく走り回っている。


「明日のライブ、うまくいくといいね」


「いきますわよ。当然でしてよ」


 言葉は軽い感じだったけど、美琴さんの顔はどこか凜々しい。

 ビリビリと肌が痺れるような妙な迫力があった。


 やっぱり、アイドルってすごいや。


「ですので、明日はちゃんと陽佳さんと見に来てくださいね」


「……陽佳とか。それは難しいかも」


「そういえば、今日は陽佳さん一人で会いに来られましたわね。もしかして、喧嘩でもされましたの?」


「……え?」


 壁に背中を預けたまま美琴さんが目を見開く。

 その顔から笑顔と一緒に血の気が引いた。


 どうしてそんな顔をするのか。

 美琴さんの瞳の中に、自分の暗い顔を見るまで分からなかった。


 また、彼女の言葉の意味も、僕は分かっていなかった――。


 息を飲み込むと美琴さんがおそるおそる僕に尋ねる。


「ゆうちゃんさん、今日は陽佳さんもこちらに来られているんでしょう?」


「……来てないよ。来ないでって、僕が陽佳にお願いしたんだ」


「……おかしいですわ、陽佳さんは私に会いに来てくれましたのよ。それに、今日はゆうちゃんさんと学園祭デートだとおっしゃっていました」


 陽佳が学園祭に来ている?

 さらに、美琴さんに「僕とデートだ」と嘘を吐いた?


 なんでそんなことを?


 陽佳に連絡を取ろう。今すぐに。

 話の途中にもかかわらず僕はズボンのポケットに入れたスマホを取り出す。


 すると――まるで見計らったようにスマホが震えた。


 美琴さんたちと最近作ったLINEグループ。

 僕と陽佳、美琴さん、愛菜さん、幸姫さんがメンバーの雑談用のもの。

 そこに、真っ黒なサムネイルの動画が投稿されていた。


 発言者は――陽佳。


 美琴さんと一緒に画面を確認すると僕は再生ボタンを押す。


 その指先は激しく震えていた。


『あ、やった! 撮れた! やっほー、ゆうちゃん見てるー!』


「陽佳!」


「待ってください、これはいったいどこの――」


 暗い部屋の中、有孔ボードの前に制服姿の陽佳が立っている。


 彼女の隣には四人の男。


 僕と同じくらいの背格好の男が二人。

 あきらかに成人している男が一人。

 そして、びっくりするような巨漢が一人だ。


 その男達を僕は知っている――。


「なんで! なんで君たちがそこに居るんだ!」


「お知り合いですのゆーちゃんさん⁉」


 猿田、犬崎さん、雉本先生、鬼山部長。


 僕の知人の男たちが、陽佳を取り囲んで怪しく微笑んでいる。

 陽佳一人が、まるで何も知らないみたいに無垢な笑顔を浮かべていた。


 間違いないこれは――。


「本物のNTRビデオレターだ!」


 僕が確信したその時、画面の中の男女が声を揃えて喋った。


『もしもし、ゆうちゃん見てるー! 今から私たちで、とってもHな動画を作っちゃおうと思いまーす!』


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