噂
早いもので、高校生になって一月が経過しようとしていた。
最近のクラスの様子はといえば、ゴールデンウィークが迫っているからか、単純に打ち解けてきたからなのか、良い意味で弛緩している。賑やかで明るい雰囲気が立ちこめていた。
ちなみにこの一ヶ月、なにがあったかと語ろうと思えば、ほとんどアルバイト関係に集約される。週三から四回ほどのペースで働かせてもらっているのだが、覚えることも多く、また働くという新鮮な環境は刺激的でもあった。
その点、高校で行っていることと言えば勉強が主。序盤だからか、それほど難しい内容に取りかかっているわけでもないし、喫茶店のアルバイトの方が記憶に根強く刻まれている。
そして現在、昼休み真っ只中。
後ろの席の内村と、昼食を共にしていたのだけど。
「知ってる? 井之丸くんと胡桃沢さん、付き合ってるって噂が流れてるんだよ」
ドキリとする噂を、内村は教えてきていた。
途端、俺は食事を進める手を止めて、まぶたをパチパチと開け閉めしてしまう。
「……は? なんでそんな根も葉もない噂が立つんだよ」
「まぁ火のないところに煙は立たないって言うしね」
「いや、俺と
「代表的なのはそれじゃないかな」
「どういうこと?」
「名前で呼び合ってるじゃん、キミら」
内村は、ミニトマトを口の中に放り込む。
俺は釈然としない様子で、首を横に傾げた。
「それとなにか関係あるの?」
「大ありだよ。みんなから名前で呼ばれてるならいざ知らず。井之丸くんも胡桃沢さんも、そういうタイプではないしね。客観的に見たら付き合ってると解釈しても仕方ない」
「いや小学生じゃないんだし名前くらいで」
「それにさ、井之丸くんが学級委員になった途端、胡桃沢さんが立候補したでしょ。それも噂に拍車を掛けてるってわけ。まぁそれに関しては僕が肩入れしたんだけれど」
「肩入れ? ……内村が、玲奈に学級委員なるよう後押ししたってこと?」
「そ」
「なんでそんなこと」
「だってその方が面白そうだし」
軽薄な笑みをヘラヘラこぼしながら、昼食を進めていく内村。面白そうって……。
「あ、でも誤解しないでよ。別に強制したわけじゃないからね。決断したのは胡桃沢さん自身、僕は提案しただけ」
「ふーん。まぁなんでもいいけどさ。俺と玲奈は付き合ってないからな」
「うん、分かってるよ。これでも人の恋路はたくさん見てきたからね。僕のフィルターに掛かれば、付き合ってるか否かくらい一目瞭然だもん」
「超能力者の域入ってないかそれ……」
さすがに誇張が入っているとは思うが、割と本気で見抜けそうな洞察力がありそうな気がする……。俺にカノジョができようものなら、すぐに「おめでとう」って言ってきそうでちょっと怖い。
「何はともあれ、僕としてはこの状況はあんまり面白くないんだよね」
「面白くない?」
内村の発言の意図が汲みきれず、聞き返す。
噂の渦中にいる俺や玲奈が、面白くないと感じるのは至極当然だ。
事実無根のことで勝手に噂を立てられ話のネタにされている。決して面白いものではない。が、内村がそう感じるのは少し意外だった。
内村は頬杖をつくと、窓の外を見やる。
「井之丸くん、結構人気あるから」
「は?」
「あ、やっぱり気づいてないんだ」
「いや、どういうこと? よく分かんないんだけど」
「井之丸くんって天然のたらしみたいなところあるからね。この前だって、家の鍵落としたって女子のために、二十分くらい費やしてたでしょ」
「え、あぁそんな事もあったけど、でもそれに関しては途中から内村も参加して手伝ってくれただろ」
内村の言うとおり、家の鍵落として花壇を模索している女子を見つけて、鍵探しに付き合ったことはあった。
途中から内村も参戦して、最終的に無事発見することができ、ホッと安堵したのは記憶に新しい。
「そうだけど……なんて言うのかな。井之丸くんの善意って、裏がないからね。掛け値なしに困ってる人を助けてあげようっていう感じ」
「なんだよ急に褒めて……わ、悪い気はしないけど」
「別に褒めてるわけじゃないよ。良いことではあるんだけどね。それに加えて、ルックスも悪くないし、運動神経までいいときた」
「そんなに褒めて何が目的なの? ジュースくらいなら奢るよ?」
「そしてこのようにチョロい」
「おい」
すっかり気分をよくした俺に、裏拳打ちを決めるかのごとく、急に貶してくる。チョロいが侮辱に値するのかは、いまいち分からないところではあるけど。
内村は、弁当をつつく手を止めると、吐息を漏らした。
「兎にも角にも、胡桃沢さんと井之丸くんの恋路を見守ろうとしている僕としては、この噂はあんまり面白くないんだよ」
「見守るって、その言い方だと将来的に俺と玲奈が付き合うみたく聞こえるんだが」
「あー、それは僕の推しカップリングの話だから気にしないで。別に既定路線に入ってるけではないよ」
「いよいよ何言ってんだよ……」
「ともあれ、そろそろゴールデンウィークだしね」
「ゴールデンウィークがどうかしたの?」
急な話題転換を繰り広げる内村。
俺が小首を傾げて、その意図を探る。
「ううん。噂が立っちゃった以上、時間の問題かなって」
「直接的に言ってくれなきゃ分かんないんだけど」
「あはは、それが井之丸くんだよね」
「いや、誤魔化すなって」
俺は半開きの瞳で、ジトーっと見つめる。
けれど、俺の眼圧にひるむことなく、内村が俺のモヤモヤを解消してくれることはなかった。やっぱ、俺鈍感なのかな……察しが悪いらしい。
と、内村の言おうとしていたことを考えている時だった。
女友達と弁当を囲っていた玲奈が、俺のところにやってきた。
「すみません
「どうかした?」
「今日の放課後って空いてますか?」
「空いてるよ」
玲奈は、「じゃあ」と俺の耳元に顔を寄せる。
他の人に聞かれないように、そっと耳打ちしてきた。
「放課後、お店の方に来てもらって良いですか。お父さん、足挫いたみたいで人手が欲しいらしくて」
マスター、足挫いたのか。大変だな。
俺は特に迷うことなく、首を縦に振ると、玲奈に視線を向けた。
「うん、わかった」
「ありがとうございます。では、また後で」
玲奈は、ぱぁと無垢な笑顔を咲かせると、小さく手を振って友達の居る方に戻っていった。
ちなみに、俺と玲奈が同じところでアルバイトしている件は公にはしていない。何かやましいことがあるわけではないが、玲奈のバイト姿がメイド服だからな。
肌の露出が多いわけでも似合ってないわけでもないが、クラスメイトに見られるのは恥ずかしいらしい。
早速、スマホのメモ帳にバイトの予定を付け加えている時だった。
ニヤニヤと俺を見つめる視線を感じた。その視線の出どころには内村がいる。
「な、なんだよ……」
「いや、目の前で良いイチャイチャを見れたなぁと思って」
「イチャイチャって、どこが……」
今の俺と玲奈のくだりに、イチャついた要素など皆無だったと思うけど。
内村の基準はよくわからない、そう思う俺だった。
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