20.公爵様に会いたい

 園遊会を無事にこなすと、お茶会の誘いがたくさん届いた。皇妃様に認められたというのは大きいわよね。


 この頃には宮廷儀礼の授業も帝国の歴史地理の授業も終わっていて暇になっていた事もあり、お茶会に出てみる事にした。この手の昼間の社交には侍女が付いて来てくれる。主にエルグリアが来てくれたが、下位貴族のお茶会の場合はミリアムなど若い侍女が付いて来る事もあった。


 夜会は基本、夫や婚約者、恋人などがいる場合は同伴で無ければ出てはならない。婚約者がいるのに同伴しないで夜会に出るなど「浮気相手を探してます」と言っているのと同義の破廉恥行為である。つまり、私は公爵様がいない今、夜会には出られない。私はダンスが好きになっていたので夜会に出られないのは残念だった。


 お茶会は女性の社交の代表みたいなもので、基本的にはお茶を飲んで雑談するだけだ。しかしそこは貴族社会。単なる雑談な訳がない。会話の端々に思惑が飛び交い、所作は細かくチェックされ、失態があれば瞬く間に社交界全体に知れ渡る。怖い怖い。しかし怖がって出なければそれはそれで噂になってしまう。


 ただ、私はまだ未婚なので海千山千の夫人連中が集まるお茶会に出ないで済むだけまだマシだった。令嬢方の中でも本気で公爵様の妻の座を狙っていて、私を敵視して婚約など絶対に認めないと考えている上位貴族の令嬢は私を招待なぞしないし、その令嬢の仲良しさんも同じ。


 私を招待してくれるのは始めから私に好意的か、私を通して公爵様と繋がりを得たいと考えている貴族の令嬢が多くなる。だから大分気は楽だ。私もそういう令嬢達と仲良くなって社交界に自分の味方を増やさなければならない。


 ちなみに本来は公爵夫人ともなれば貴族女性の最上位者であるから、自分がお茶会を開催して夫人方を選別して招待する側になる。公爵夫人からの招待状が届くか届かないかで貴族女性が一喜一憂する事になるだろう。しかし私はまだ婚約者なので、公爵様の許可無く開催は出来ない。良かった良かった。


 お茶会は様々な場所で行われるが、概ね談話室でする事が多い。公爵邸に無数の談話室があるのは女主人のお茶会開催を想定しているのである。私も公爵夫人になったら開催しなきゃいけないのかな?いけないんだろうなぁ。この談話室の選択から飾り付けなどで趣向を凝らし、それを社交界の流行に出来ないようでは公爵夫人として失格らしい。


 実際、出たお茶会は様々な趣向が施されていて楽しい。全体が異国風に統一されていたり、冬なのに大量の花が飾られて談話室だけ春のようだったりという分かり易いものから、茶器がわざと様々な国のものを使ってあるなど分かる人にしか分からないような趣向である場合もあった。


 話題は社交界のゴシップが多く、これがまた皆様詳しいのだ。貴族など常に使用人が世話をしている存在なので、完全なプライバシーなど有り得ない。誰それが誰それの所にコッソリ不倫しに行くにも使用人を連れて行く訳で、使用人の噂話でバレてしまうのだ。


 私が療養中という事になっている時期に実は居なかった事はトマスやエルグリアが信頼出来る上級使用人の間だけで厳重に秘していているため知られていないが(全員が公爵様至上主義者なので安心)、それでも居ない時期は私が実は本当は居ないらしいという噂がかなり流れたようだ。


 後はファッションや宝石や帝都での流行、社交界での流行。お茶会の趣向からお茶の銘柄、お菓子の話、料理の話など。求められれば私は公爵様との嘘馴れ初めの話もした。大分話し慣れたから細かい部分まで設定は完璧だ。


 その日も私はお茶会に出て、楽しくお喋りをしていた。公爵様との出会いの事などを話した直後だった。


「そういえば、公爵様はいつお帰りになるのですか?」


 私と同い年の令嬢が無邪気に問い掛けたのである。私はピシりと固まってしまった。他の令嬢も口々に言う。


「そうですわね。ワクラ王国を滅ぼしてもう3ヶ月。長いご不在ですわね」


「早くお戻りになれば良いですね。イルミーレ様もご心配でしょう?」


 私は乾いた笑いをこぼした。


「そうですわね。でも、公爵様の大事なお仕事ですから。それに、頻繁にお手紙をやり取りしていますから、それ程心配はしておりません」


「まぁ!お手紙が?一体何が書かれておりますの?」


「きっと沢山の愛の言葉が書かれているのでしょうね?羨ましいこと」


 私は適当に誤魔化しながら、内心俯いていた。お茶会が終わり、馬車に乗り込むと実際に俯いてしまった。


「お疲れですか?お嬢様?」


 エルグリアが声を掛けてくれるが、顔を上げる事が出来ない。


「どうなさいました?」


「・・・公爵様に会いたいです・・・」


 弱音がポロッと出てしまった。この頃にはエルグリアにはこのくらいの弱音なら出せるようになっている。


 エルグリアは顔を曇らせた。


「お気持ちはお察し致しますわ。でも、昨日も旦那様から手紙が届いていたではありませんか」


 手紙をやり取り、しかもかなり頻発にしているのは嘘ではない。10日に一度くらいの頻度で公爵様からは手紙が来るし、私も返事をする。使者の移動速度を考えると、使者は休みなく旧王都と帝都を往復している事になる。


 手紙には公爵様からの甘い砂糖菓子か!というような愛の言葉が満載で、早く帝都に帰りたい。早く会いたいといつも書かれている。しかし必ず「まだ帰れそうにない」とも書かれているのだ。ちなみに私は読むのは兎も角、文章を考えるのはまだ慣れて無いし字も下手だ。詩的な愛の言葉で手紙を埋め尽くすのはハードルが高い。


 手紙で公爵様の無事と変わらぬ私への気持ちを確認するといつも胸が暖かくなる反面、寂しさも募ってしまう。それがもう3ヶ月。いい加減気がめげてきた。


 ただ、エルグリア曰わく、公爵様は軍務を司っていらっしゃるから長期の遠征は珍しく無いし、軍務省に詰めて何日か帰って来ないのも普通だという。


「私、寂しくて死んでしまうかも知れません」


 私が零すとエルグリアが苦笑いした。




 公爵邸には上級下級合わせて使用人が663人いる。あまりの人数に私は驚いたのだが、これは城壁を警備している兵士が500名もいるからだ。彼らは二交代制で1日中屋敷を守っている。


 他にも公爵様の馬の世話をする馬丁、私の子豚や子ヤギの世話をする飼育員、畑担当、庭師と園丁などがいるから、それを除くと本館の中で働く使用人は113名。しかしその内、主人である公爵様と私の世話をする上級使用人である執事、侍従、侍女は30人しかいない。全員が子爵以上の貴族の出だ。


 ただし、貴族とは言ってもそこの嫡子では勿論無く、兄弟姉妹が多くて家も継げず財産分与も期待出来ないとか、愛人の子供で家で扱いがよろしく無いとか訳ありの者が多かった。


 私付きの侍女とは大分仲良くなり、雑談で色んな話が出来るようになっていた。


「みんなは帝宮から移籍して来たのでしょう?帝宮の方が良かったのではない?」


「そんな事はございませんよ。待遇も仕事もほぼ同じです」


 私付き侍女の一人、ファランスが答える。薄茶の髪色と黒い目の22歳。伯爵家令嬢だが愛人の娘で結婚はもう諦めているそうだ。


「私は元々この離宮付きでしたし、慣れた職場で続けられて良かったと思っておりますよ。それに」


 ファランスは何でも無い事のように言った。


「どうせ程なく旦那様は皇族に戻られますでしょうし」


 は?何ですと?聞き捨てならないセリフが聞こえたぞ?私は慌てて聞き返した。


「そ、そんな話があるのですか?」


「え?だって今、皇族には直系の方が皇帝陛下と旦那様しかいらっしゃらないのですよ?傍系の方はいらっしゃいますけどみんな臣籍ですし侯爵以下です。しかも皇帝陛下は身体が弱いですし、子供もいらっしゃらない。現在でも旦那様は事実上の皇太子ではないですか」


 ファランス曰わくここ数代、子供の少ない皇帝が続き、傍系皇族もそれ程多く無いのだそうだ。そんな状態で唯一の兄弟を臣籍に降下した皇帝の判断には疑問の声も多いらしい。


「まあ、臣籍とはいえ離宮を賜り、軍の全権を付与され、皇位継承順位一位を明言されているのですもの。殆ど皇族ですよ。陛下にも不本意な降下だったのでしょうね。ですから状況が整えば直ぐにでも皇族に復帰されるとのもっぱらな評判です」


 聞いて無いよ!何ですか事実上の皇太子って!私は愕然としたが、ファランスはむしろ上機嫌に言った。


「皇帝陛下にはなかなかお子がお生まれにならない。旦那様は浮いた噂が全然無い。皇族は危機的状況だったのです。そこに突然現れて旦那様のお心を奪ったお嬢様にみんな喜び期待しているのですよ!」


「な、何をですか?」


「勿論、皇族を増やすために旦那様と沢山子供を作って下さる事をです!」


 ぬおー。私は顔が赤くなるのを感じた。み、未経験の小娘にそ、その期待は重いです。まだキスもして無いのに!


 私が悶えていると、いつの間にかファランスの後ろに怖い顔をしたエルグリアが立っていた。


「お嬢様に変な事を吹き込むのではありません!」


 とエルグリアはファランスの頭に拳骨を落とした。


 そんな小話は兎も角、お屋敷には下働きも沢山いて、掃除洗濯など様々な仕事をしている。お嬢様の前には殆ど出てこないものの、偶に目にした感じではお仕着せも綺麗だし、それ程忙しそうではない。というか、ダラダラしてんな、という気がした。


 ある日、私が侍女を引き連れて公爵邸の廊下を歩いていると、廊下の隅に埃が溜まっているのが目に留まった。


 あー。掃除ミスってるわよー。下働き頭に怒られるわよー、下働きさん。と思ったが、お嬢様自ら指摘したら下働きの首が飛んでしまう。下手したら物理的に。私は見ないふりでそこを通り過ぎた。


 ところが、これが二回、三回通っても掃除されていない。これは流石に看過出来ないかな。私はエルグリアを呼んでコソッと耳打ちした。


 案の定、エルグリアは激怒した。


「申し訳ありません!お嬢様!下働きは厳重に処罰します!」


「その前に、この廊下掃除を担当している下働きを呼んで下さる?話を聞きたいの」


 私が言うとエルグリアは驚いた。


「お嬢様がお会いする必要はありませんよ?」


「良いから、呼んで頂戴」


 部屋を準備してもらい、そこに下働きを呼んでもらう。入ってきた下働きの女性は顔色を無くしている。椅子に座る私の前に崩れるように跪いた。


「お、お慈悲を・・・」


 お嬢様に目通りする事など通常無いのに、不手際を指摘されつつ呼び出されたのだ。どう考えても厳罰が下されるのだと思うのだろう。分かる分かる。


「直ぐに罰を与えようと呼んだ訳ではございません。あそこの掃除に不備があったのは何故ですか?」


 私が問うと彼女は言っても良いものかと逡巡している。


「理由があるのでしょう?言ってご覧なさい」


 私が促すと、下働きの女性が漸く決心したように口を開いた。


「人が足りないからでございます」


「足りない?何故ですか?」


「東館はお嬢様がお入りになってから仕事が増えました。それを嫌って他の建屋に移る者がいて、足りなくなったのでございます」


 私は良く分からずに目を瞬かせた。


「忙しいからといって、職場を勝手に移動出来るのですか?」


「勝手に移動した者は勤続年数が長く、下働き頭を軽くみて言うことを聞かないのでございます」


 何でも下働きにはここが離宮時代からいる者と、公爵邸になってから追加で募集して入った者がいるのだが、離宮時代から長く勤めている下働きは新入りにキツい仕事を押し付けて自分は楽な仕事をしたがるらしい。で、離宮時代からの古株の方が人数が多い。道理でダラダラしていると思ったわ。そして下働き頭と古株は長い付き合いで馴れ合っていてそれを黙認している。あー。何か見たことあるわー。そういうの。


 私は考え、言った。


「では、あなたに罰を与えます」


 下働きの女性は首を竦める。


「あなたは減給3ヶ月。次からは人が足りないと思ったら下働き頭に報告して改善してもらいなさい」


 すっかりクビだと思い込んでいたのだろう。下働きの女性は拍子抜けしたような顔をしつつ退出して行った。


 そして私はエルグリアに言ってトマスを呼び出した。何事か分からず困惑した表情のトマスに事情を話した後、私はトマスを叱責した。


「一番悪いのはトマス。あなたですよ。あなたは家令としてこの屋敷の使用人を監督する責任があるはずです。下働きの働き方を把握していないのは怠慢でしょう」


「おっしゃる通りでございます」


 トマスは深く頭を下げた。まぁ、トマスは本当は別に悪く無いよね。使用人のトップというだけで、別に下働きの人事に関わってたわけではないし。


 しかし、トマスに統括されている各部門の使用人頭からすると「使用人のミスをお嬢様が見つけると家令が叱責される」というのはなかなかに恐怖なのだ。何故なら家令には使用人頭に対する人事権がある。単なる使用人のミスなら使用人を罰して終わりなのに、それがいきなり家令まで話が行ってしまうとなると使用人頭まで罰せられる可能性が出てくるからだ。


 これでは何かあった時、使用人個人のせいにする事が出来まい。私は下働き時代、本当は上の怠慢なのに私達に責任を押し付けられて頭にきた経験が山ほどあった。だから下働きだけを罰したく無かったのだ。今回、トマスは私の下働き時代の腹いせのとばっちりをくったと言えなくも無い。


 実際トマスは下働き頭に罰を与え、厳しく叱責したらしい。これ以降、下働きはキビキビ働くようになり、お屋敷はより綺麗になった。




 そんなこんなで私が帝都に来て4ヶ月も経ってしまった。4ヶ月も!


 なのに公爵様は帰って来ない。私が慣れない生活や社交に四苦八苦しているのも全て公爵様のためだというのに!


 毎日毎晩寂しくて寂しくてベッドの中で泣いているというのに!


 何で帰って来ないのよ!


 ぐわ~っと怒って枕を殴っている内はまだ良かった。その内に完全に気鬱になってしまった。嫌な想像や空想が頭をグルグル巡る。


 やはり公爵様は私との婚約を後悔なさっているのではないだろうか?ワクラで素敵な令嬢と出会って心替わりなさったのではあるまいか?あるいは病気?怪我?それとも・・・。


 すっかり食欲も無くなってしまい、ケーキすら喉を通らない。お茶会なぞとても出る元気が無い。子豚すら私を癒やし切ってはくれない。エルグリアたちは心配して色々してくれるが、どうにも気力が湧いて来なかった。


 そんなある日、公爵様からまた手紙が届いた。期待して封を切り、読んでみたのだが、結局「まだ帰れそうにない」・・・。


 私は手紙を床に落とし、顔を両手で覆ってしまった。泣いてはマズいと思いながらも涙を止める事が出来ない。


「お、お嬢様?」


 侍女達が慌てる。流石に私はこれまで侍女達の前では泣いた事が無かった。女主人がそんな弱味を見せてはならないと我慢して来たのだ。


 しかしもう何だか我慢にも意味が無いような気がしてきてしまった。私がグズグズと泣いているとエルグリアが軽く抱擁して頭を撫でてくれた。その優しさに思わず弱音がこぼれ落ちる。


「ねぇ、エルグリア」


「何ですか?お嬢様?」


「私が公爵様に捨てられたら、お屋敷で雇って欲しいの」


「な、何をおっしゃいますか!そんな事あるわけが無いでしょう!」


「こんなに帰って来ないんですもの。きっと公爵様は心替わりなさったのだわ。でも、私はまだ公爵様が好きだから、そばにいたいのです、だから、お屋敷で・・・」


 べそべそ泣いている私を抱きしめて撫でてくれていたエルグリアだが、やがて私を抱く手に力を入れながら言った。


「お嬢様、ご安心下さい。私が坊ちゃまを叱って差し上げます!」


 そんな事があって10日後、突然、公爵様のご帰還が決まったとの連絡があった。5日後にはお帰りらしい。


 どうやらエルグリアが公爵様をめちゃくちゃに叱りつける手紙を送ったらしい。流石は生まれた時から公爵様を守ってきた姉替わりだ。まぁ、それと公爵様が頑張ったのだろう。私のせいで無理させたのかと思うと申し訳無いが、それより兎に角会えるのが嬉しくてたまらない。私は意味も無くわたわたと動き回ってエルグリアに叱られた。


「お嬢様のお役目は、精一杯お綺麗になって、旦那様をお迎えする事ですよ」


 と言って、お迎え当日のドレスや宝飾品の確認を始める。私も珍しく真剣に検討会に参加した。私だって帝都に来て色々頑張ったし、侍女達のお陰で肌艶も髪の艶も良くなった。公爵様に是非綺麗になったと言ってもらいたい。


「お嬢様にはもう一つ、準備する事がありますね」


 エルグリアが悪戯っぽく笑いながら言った。


「え?公爵様をお迎えするための準備ですか?」


「そうです。その『公爵様』を止めましょう。婚約者をそんな他人行儀の呼び方で呼んではなりません。『アルステイン様』と呼んで下さい」


 は?なんで?いきなりそんな、は、恥ずかしいわよ!無理無理!


「本当は『アルステイン様』でも他人行儀です。幼少の頃の愛称である『アル様』と呼んでいただいた方が良いくらいですが、そっちにしますか?」


「あ、アルステイン様の方で・・・」


「では、呼んでみて下さい。ア・ル・ス・テ・イ・ン様」


「あ、あるすていんさま・・・」


「もっと大きな声で!」


「あ、アルステイン様!」


 などと馬鹿な事をやっている内に、公爵様、いや、その、アルステイン様がお帰りになる日になった。


 私は朝から湯浴みをし、エメラルドグリーンに白を差し色にしたドレスを身に纏った。宝飾品は控えめに。ネックレスと髪飾りだけ。お化粧も控えめに。最初はピカピカに盛ろうと思っていたのだが、色々検討した結果、自然な状態で以前の私より綺麗になった所を見て貰おうじゃないかという事になったのだった。侍女が綺麗になっていると太鼓判を押すのだから大丈夫なのだろう。


 私はエントランス近くの控室でお茶を飲みながら待つ。ソワソワしてつい立ち上がりそうになり、エルグリアに止められる。う~、こういう時にも優雅に?ゆったり?とても無理なんですけど!


 すると、トマスがやって来た。


「先触れが参りました。旦那様はもうすぐお帰りでございます」


 私は今度こそ立ち上がり、エントランスロビーに進んだ。大きなドアが開かれ、車寄せが見える。私の胸は高鳴ってどうにかなってしまいそうだ。そしてそこに小さな馬車が入って来た。?公爵様が乗ってきたにしては小さいけど・・・。


 しかし、馬車のドアが御者が開けるのを待たずに内側から開かれ、降りてきたのは正しくキラキラしたお方。軍服を身に纏い、前に見た時より少し銀髪が伸びている。そして銀色の無精ひげが見えた。イケメンの無精ひげ。これはレアかも。


 アルステイン様は馬車から飛び降りると、大股で歩いて公爵邸のドアを潜った。早技だ。入る瞬間、全員でお帰りなさいませというつもりがその間も無い。そして私の姿を確認するが早いか、一気に駆け寄って来て無言で私に抱き着いた。うわ~っと感動したのは一瞬だけだった。


 物凄い力で思い切り抱きしめられて息が詰まる。いや、背中折れる。中身出る。ぎゃ~!ちょっと待って!


「あ、アルステイン様!痛い痛い!」


「旦那様!」


 エルグリアも止めてくれるが中々アルステイン様のハグは緩まない。流石軍人さんだ。凄いパワーだ。目の前がチカチカしてきて私が意識を失う寸前になって、ようやく少し締め付けが緩んだ。私はぐったりだ。


「すまない!イルミーレ!」


 アルステイン様の第一声が謝罪だった。まぁ、ちょっと死ぬかと思ったから謝ってもらっても良いですよね。


「もっと早く帰るべきだった。本当にすまなかった」


 あ、そっちですか。いえ、何か会えて嬉しいのと死ぬかと思ったのとがごちゃごちゃになって、寂しかった事とか恨み言とかが頭から吹っ飛びましたからもういいです。


 私はにへらっと笑いながら、今度は私からアルステイン様の首に抱き着いた。


「お帰りなさいませ。アルステイン様」




 

 


 




 

 


 

 


 


 


 

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