#14 嵐の後

 「……ーナくん、マーナくん……起きてください。」


朧げな意識の中、誰かの声が聞こえる。


どこか聞き覚えのある、優しい静かな声。


半覚醒状態の意識の中、おれは誰かに肩を揺さぶられているのを感じた。




 「兄貴。ねぇ、起きてよ兄貴。」


先程の声にかぶさるように、また別の声が聞こえてきた。


その声の主は……玉兎?お前なんでこんなところにいるんだ?


……まあ、べつにいいか……眠いし。


おれは薄ら開きかけた瞼を閉じて、また眠りにつこうとした。




 「マーナくん、起きてください。マーナくん。」


声の主は、おれを眠りから醒まそうと、さらに強く身体を揺さぶってくる。


しかし、その静かで安らぎに満ちた声は、おれを目覚めさせるどころか、かえってより深い眠りへと誘うだけであった。




 「……う〜ん、あと10分……あと10分だけ寝かせて。」


おれはもにょもにょと口ごもりながら、声の主に抗議する。


とにかく眠くてたまらないのだ。


だって、おれ低血圧で朝はすごい弱いんよ。


もうちょっとだけ寝かせてよ……。


しかし、声の主はそんなおれに一切構わず、おれの耳たぶをつねり上げ、耳元で大きく声を張り上げた。




 「もーっ!とっとと起きろー!このバカ兄貴!」


鼓膜をつん裂くような大声が耳元で響き、おれの脳みそをビリビリと揺さぶった。


深い眠りの海から、おれの意識は呼び戻された。




 「いてててて……。急に耳元で大声出すなよ、玉兎!」


おれは朦朧としする意識の中、妹の蛮行に対して抗議した。




 「言ったでしょ?ここではエリルって呼んでって!」


目の前にいるのは、妹の玉兎……ではなく、彼女のアバターである巫礼荒エリルだった。


エリルはどこか呆れたような顔をして、おれのことを見下ろしている。




 「マーナくん!よかった!気が付いたんですね!」


エリルの後ろから覗き込むような形で、夜兎さんが顔を覗かせている。


彼女はおれの様子を確認すると、不安げな顔をほころばせ、ほっとしたようにため息をついた。


彼女の様子を見る限り、どうやらあの後無事逃げ切れられたようだ。




 「夜兎さん、無事だったんですね。心配かけてすいませんでした。」


夜兎さんがにっこりと微笑みながら、おれにむかって手を差し伸べた。


おれは彼女の手を取り、よろけながらもなんとか立ち上がった。




 おれは衣服についた泥をはたき落としながら、辺りをキョロキョロと見渡した。


周囲の情景は、燦々たるものだった。


竜によって薙ぎ倒された木々と、地面を抉る深い爪痕。


辺りに飛び散る赤黒い肉片。


そして頭の上半分を失い、地に倒れ伏す邪竜の死骸。




 「これ、ホントにマーナくんが倒しちゃったんですね……。すごいです!」


竜の死骸を狙撃銃の先端でつつきながら、夜兎さんがそう呟いた。


「いえ、たまたま当たりのスキルを引いただけですよ。あれがなかったら、正直倒せなかったと思う。ありがとな、エリル。」


おれは後ろで腕組みをしながら、何やら考え事をしているエリルに礼を言った。




 「あぁ、お礼なんていいって。役に立ってよかったよ。」


エリルは顔を上げ、手をひらひらと降ると、また俯いて考え事をしだした。


「やっぱり、あのチップを兄貴に渡しておいて正解だったね。それにしても、あいつらまさか初心者まで狙ってくるなんて……。」




 「あいつら ?どういうことだ、エリル ?」


エリルはハッとして顔を上げ、深刻そうな顔でこちらを見つめた。


「それは、後で話そう。兄貴、それに夜兎浦さん、一旦酒場に戻ろうよ。そこでゆっくり話してあげる。……少し長い話になるから。」


あいつがこんな深刻そうな顔をするなんて、よっぽどのことだろう。


夜兎さんとエリルは踵を返し、この場を立ち去ろうとしていた。


おれは二人の後を追い、この凄惨たるたる戦場を後にしたのだった。

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