ゾンビ食人事件

@IEND

「いきいきケアセンター」見学者向け紹介冊子より

 いきいきケアセンターへようこそ。これから、皆さんには、当センターの患者さん(※)が、どのような生活を送っているか、学んでいただきたいと思います。

 

 ※一部の心無い人は変異性仮死遊行症患者の方々の事を「ゾンビ」と呼びますが、これは闘病中の患者さんをフィクションの怪物と同一視すると共に患者さんの生命活動を否定し、患者さん本人だけでなくそのご家族や友人の心も踏みにじる表現です。当センターでは、報道機関等に対しても「ゾンビ病」という通称を使用しないよう求めています。


 ***


 それではまず、当センターの患者さんが食べているある日のメニューをご覧ください。

(朝食:讃岐うどん 昼食:ハンバーガーと野菜サラダ 夕食:握りずしとみそ汁 などのメニューが並び、センターのマスコットキャラクターのイラストと「おいしそう!」「僕たちと同じものを食べているんだね」といったセリフが掲載されている)

 これらのメニューは栄養士と患者さんのご家族によって決められ、月に1度は、患者さんの好物を揃えたスペシャルメニューも食べる事ができます。


 ***


 ~Q&Aコーナー~


 Q:患者さんはうどんやおみそ汁も食べられるの?

 A:ちゃんと食べられます。発症前の患者さんの状態にもよりますが、お箸は難しくてもフォークやスプーンを使う事はできる方が多いようです。


Q:患者さんの好きな食べ物、きらいな食べ物ってあるの?

A:好きな食べ物、きらいな食べ物は人それぞれですが、発症前に良く食べていたものを繰り返し食べる方が多いようです。反対に、例えば外国料理など、発症前に食べた事がない食材を使ったものは美味しいものでも手を付けない患者さんが多いようですね。


 Q:職員さんの苦労したことってある?

 A:患者さんは発症前より力が強くなっている事が多くて、ドアや引き出しを壊してしまったりする事があります。でも、患者さんが暴れたり、職員とケンカになったりした事は今まで一度もありませんよ!(いたずらっ子のようなイラストと、「僕よりエラいかも……?」というセリフが記載されている)


 ***


 所長インタビュー「変異性仮死遊行症患者は危険なゾンビ?」


 ──変異性仮死遊行症の発見から二十年が経過し、発見当初のパニックも収まり症状についての理解も深まってきたように思います。所長はどのようにお考えでしょうか。


 「正直なところ、未だ道半ばといったところですね。当センターのホームぺージでは毎日多くの問い合わせを頂くのですが、やはり今でも一番多いのは『患者が脱走する危険性はないのか』『食事メニューに肉があるが、彼らの本能を目覚めさせるのは危険ではないか』といった、患者さんの安全性を懸念する声です。

 もちろん、懸念があるのは当然だと思います。私も映画狂だった学生時代には沢山のホラー映画を観ましたし、実は今でもゾンビもの映画は大好きなのですが(笑)、ああいった臨場感のある描写を見ると「こういう事が現実にも起こり得るのでは?」という気持になる事もあります。

 公的な立場としても、当センターはもともと「変異性仮死遊行症患者対策研究所」として発足し、患者さんの保護や治療とともに、患者さんの持つ潜在リスクへの対処もミッションとしております。病因の突然変異や攻撃行動の研究など、リスクへの備えは怠るべきではないという当センターの考えは、現在でも変わりません。

 その上で申し上げますが、私は、映画に出てくるような人喰いゾンビと彼らを同一視すべきではないと考えております。

 そもそも、彼らには他人に対して危害を加える理由がありません。映画のゾンビは繁殖や食事のために人を襲いますが、変異性仮死遊行症は感染性の病気ではありませんし、患者さんは人肉など食べようとも思わないでしょう。

 既に食事のぺージをご覧になった方もいらっしゃるもしれませんが、彼ら、食に関しては意外と保守的なんですよ。発病前に食べたもの、それもよく食べた記憶の残っている物しか受け付けない。

 以前にあった事ですが、生前にヒアリングを行った際には「せっかくだから1度も食べた事がない高級フランス料理が食べてみたい」と仰っていた方が、実際にフランス料理を提供されても全く口を付けず、隣の方のハンバーガーにかぶり付いた……なんてケースもありました。

 まれに病院以外のところで死亡して変異した方が保護される事があるのですが、発見されるのは決まってスーパーかレストランで、たとえ事故であっても他の利用客や従業員に危害を加えたケースはいまだ報告されていません。


 今回のインタビューを通じて、世の中に根強く残る「変異性仮死遊行症患者は人喰いゾンビ」という偏見を少しでも取り除ければと思います──

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