第三章

茅葺きの家 0-3


 村は、一面の雪景色です。


 新しい家の茅葺き屋根の上にも、たっぷりとした白い真綿を被せたように、雪が積もっているのが見えます。


 顔を上げれば濃く灰色の、極限までに膨らんだ雲が、雪の詰まった重さに耐えきれないとばかりに、低く、空にようやっとぶら下がり、目には見えない裂け目から綿々と白い塊を吐き出しているのでした。

 それをじっと見つめていると、空の欠けてゆくのを目にしているのではないかと、漠とした不安が襲います。


 背中の赤ん坊ごと子守半纏に包まれているというのに、石を背負っているようで、寒さは軀の芯まで滲み、手足の感覚はありません。

 ふと手元を見下ろすと、縁までいっぱいの雪が詰まった木桶をぶら下げていました。

 川に、水を汲みに行く途中だったのか。

 それとも、雪を溶かして使うつもりなのでしょうか。

 小さな木桶の中の雪は、溶かしてしまったら、ほんの少しでしかないでしょうに。

 何をするために外に出たのか、誰かに尋ねようにも誰の姿も見えず、目に入るものは、何処までも白と灰色だけの景色ばかりです。


 おや、あれは。


 遠く僅かに、ぽつんと朱色の実を落としたように見えるのは、願いを叶えてくれる、あの小さな朱い祠でした。

 雪に埋もれる様子は、可愛らしい実のようで、誰かに教えてあげようと家の方に顔を向ければ、戸はぴたりと閉ざされています。何気なく空を振り仰げば、白い煙が真っ直ぐに立ち昇っているのが見えました。

 母親が釜戸に火を入れ、祖父母や父親は暖を取るために、囲炉裏に火をべているのでしょう。

 そうしているうちにも雪は積もる隙間を探し、耳にある空洞さえ塞いでしまったに違いありません。なぜなら音が、消えてしまっていることに気づいたからです。


 あゝ降る雪ごとに静寂が耳の中を押しつぶし、痛いほどです。


 いまいちど聞こえるかと確かめたく雪を踏みしめたところで、蹈鞴たたらを踏む足の裏からは、むず痒く背中にまで伝わるぞわぞわとした感触があるばかり。果たしてどんな音も、聞こえたりはしないのでした。

 見下ろせば、何度も確かめたせいで固く踏みしめられた雪は汚れ、雪沓の藁の隙間にまでこびりついています。それを見ながら、家の周りにぐるりと残る獣の足跡のことを考えていました。


 あの、足跡。

 姿の見えない獣は、狼でしょうか。


 そうやって考えている間にも、雪は舞い落ちて来ては、そこにある不浄も清浄も、たちまち白く消してしまうのでした。

 見ているうちに泥濘の混じった足跡も白い雪で埋まり、やがては、同じように、目も、鼻も、口も、何もかもを、消してしまうのでしょう。


 消してしまう?

 これまでだって、誰の顔も見えたことはないというのに、消えてしまうことのそれが、なんだというのでしょう。


 空を見上げて、少しずつ欠けてゆく白い断片に手を、伸ばしました。

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