『箱庭』

石濱ウミ

プロローグ

茅葺きの家

 0-1



 村に、新しい家が建ちました。


 樹々の隙間から覗き見える真新しい茅葺き屋根が、水を張ったような天に、すっくと向かっている様は、眺めているだけで、なんと気持ちが良いのでしょう。

 あの家に、どのような人が住むのか。

 こっそりと覗きに行きたいのですが、土間で忙しく働く母親に子守を任され括り付けられた赤ん坊の、むちむちとした白い肉の厚みで柔く沈む重さと、肩に喰い込む負ぶい紐が自由を奪います。

 背中の赤ん坊はと云えば背負い手の気持ちもお構いなしにむずがるのだから、実にうんざりと、不便で、どうにもなりません。

 

 少し離れた田んぼでは、祖父母と父親が牛にすきを引かせた田起こしの真っ最中で、新しい家なぞ全く気にもかけていない様子が、その小さな背中を見るだけで手にとるように分かります。

 祖父母に至っては、新しい家が建ったことにも気づいておりません。

 目を凝らすと父親の背中の先、田んぼの向こう、小川を越えた先に小さな朱い祠が見えます。

 薄黯い木立の中、大人二人が手を廻してもとどかないほど太い木の根元に、ひっそりとあるその朱い祠は、村の願いを叶えてくれる有り難い御利益のある祠なのだそうです。

 誰にも黙って、赤ん坊を背負ったまま祠まで行ってみようか、と不意に思い、ちら、と土間を覗けば相変わらず母親は忙しそうにしていて、こちらの方を気にする素振りもありません。

 背中の赤ん坊は、いつの間にか泣き止んで、ぐったりと重さを増しています。

 ならば、と朱い祠から目を逸らし、再び新しい家へと首を巡らせたとき、生ぬるく温められた頬を掠める風の中に、冷やと混じるものが襟の中を通り過ぎ、汗ばむ背を、すっと撫でたのでした。





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