32 そして僕はファンの婚約者を殺した

「何とかできてよかったね」

病室の外で一人、僕に話しかける詩音の涙声を聴きながら、僕は上の空でいた。

そして──病室の中でも僕は上の空になりながら両親に抱き着かれていた。

そうだ。僕は星月怜輔の身体を乗っ取ってしまったのだ。

詩音の眼の能力で僕は怜輔ほんものの身体につながれていた電極に電磁波を送り、仮想空間内で構成される自分の身体と同じ電気信号が流れるようにした。

星月怜輔の肉体に流れる電気信号をすべてコピーした存在が僕なのであれば、その逆もまた成り立つ、つまりそのコピーをそのまま本体に上書きすることも可能だろうと考えたのだ。

詩音も同じ考えだったのだろう。声をかけられたのは、僕がそれに気づき、準備を終えた時だった。

問題ないか何度も試算して実行した結果がこれだった。

脳の復旧自体はすんなりいった。

神経系の一部で電気信号が発生しなくなっていたところを無理矢理発生させるようにしたのだ。おそらくこれが原因で昏睡していたのだろう。

さすがに詩音の眼でずっと電磁波を流し続けるわけにはいかないので、途中からは病院のシステムを乗っ取り、電極から電流を流すことにした。

これから頭部に電流装置を付けてもらうように病院に頼まないといけないことを考えると少し憂鬱だ。

だが、問題はそこではない。

怜輔がコピーされてから倒れるまでの記憶が失われているのだ。

そして僕は怜輔ではなくレイフという自覚がある。

これはつまりレイフが身体を乗っ取り、怜輔という存在が消えてしまったということを意味しているのではないだろうか?

実は怜輔とレイフは本物偽物関係なく、最初から同じだったとも考えられるかもしれないが、それなら記憶が失われていることへの説明が付かない。

僕が怜輔を殺してしまったのだろうか……?

「怜輔、本当に良かった!」

病室に戻り、抱き着いてくる詩音。

寝込み続け、弱った筋肉では受け止めきれず、一方的にされるがままというような構図になってしまう。

本当に困った。なんと言えばいいのだ。

怜輔は消えてしまった。僕が殺した。僕はレイフなんだ……。

言えるわけがない。

詩音の悲しむ顔なんてもう見たくもない。

そう、この気持ちだ。

詩音を好きだという気持ちはレイフ・フェイク=リベリオンのものに違いないのだ。

怜輔は詩音に恋愛感情は抱いていなかったはずなのだ。

────お前は僕自身だよ。

声がどこからともなく聞こえてくる。

幻聴か。怜輔の声が聞こえるはずがない。

「怜輔、これから色んなことがあると思うけど、私はあなたを守って見せる」

詩音が僕を見ながら、涙を浮かべながら覚悟したような顔でそんな風に言う。

「私は怜輔が好き。もう絶対にこんなことにはさせない」

告白。これを怜輔が聞いていたらどう思っただろう?

少なくとも悲しさを覚えるのは僕がレイフである証拠なのだ。

「ありがとう。僕もリハビリ頑張るよ」

詩音に微笑む。

これからこの身体では僕は星月怜輔として生きる。

僕はずっと怜輔のフリをしてみんなをだまし続けると決めた。

詩音を悲しませないように。

────最初からレイフも怜輔も無かったんだ。心も記憶も一緒だ。お前は僕で、僕はお前。詩音を好きという気持ちも何も──

うるさい!

この気持ちが最初から存在してたわけないだろ。これは僕が自分で手に入れたものだ!

人のものにされてたまるか。僕は星月怜輔じゃない、レイフ・フェイク=リベリオンだ!

振り払う。既に幻聴は聞こえなかった。

もう分かっただろう。


こうやって僕はファンの婚約者を殺した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る