20 警察

「向井警部、誘拐事件です!」

警視庁の一室で切羽詰まった声が上がる。

急いで駆け付けた向井に部下が続けた。

「今被害者が犯人に気づかれないようにしながら無言電話をかけてきており、別室で石田が聞いているのですが、どうにも犯人の会話内容が普通じゃないのでお呼びしました」

向井はそのまま無言で先を促す。

「被害者の名前は桜井詩音、誘拐犯は声を聴く限り4人ですが詳細は不明、現在車で逃走中。会話内容からは21:00の船便で国外への脱出を試みており、現在より2時間走り続けたのち、20:00頃より取引や出国手続きなどを行うとのことです」

部下はメモを読み上げる。

向井は表情を歪め、質問する。

「国外逃亡? その桜井詩音とかいうのは要人か何かか?」

「親はそこそこ大きい会社の経営を行っているようですが、今回誘拐された目的はそれとは違うようです」

「ほう?」

「詳細は分かりませんでしたが、桜井詩音を人質としてAIIというものと交渉しようというような会話が聞き取れました」

「AII? なんだか変な名前だな。組織の名前か?」

「いえ、人か何かの対話できる存在のことらしいです」

「なにか良く分からないな。それで、聞く限り被害者を救出できるのはその20:00から始まる手続きの間の1時間が最大のチャンスのように思えるが、手立てはどうなっている?」

「はい、現在21:00に出港予定の国際便の調べを進めておりますが、如何せん移動可能な場所が多く、特定に苦慮しております」

「車の特定の方はどうだ?」

「そちらは被害者のスマートフォンのGPSを捕捉することができております。防犯カメラなどの映像を踏まえて現在ナンバーを特定中です」

そこまで聞くと向井は一旦考え込む。

そして情報を整理しきったのか、また口を開いた。

「なら車の特定を終わらせ次第、映像で車内の武装状況を確認。取引場所が武装済みであることを鑑みて20:00までの救出を第一目標とする。盗聴は引き続き行い、犯行グループの規模や逃走経路の把握、それとAIIとやらの調査に全力を尽くせ」

「はっ」

部下が敬礼をするのを見ながら向井は踵を返す。

「一応公安にも話を通しておくか……」

組織染みた犯罪の臭いに、外国の工作の可能性を危惧した向井はそのまま公安部へと足を向けた。

しかし、その足は止められる。

「向井警部、続報が入りました! どうやら外国の企業絡みの件のようです」

「なんだと?」

すぐさま引き返す。

「どういうことだ」

「誘拐犯たちの、交渉がまとまれば社内での待遇が上がり、日本支社で要職に就ける可能性があるという会話が聞き取れたとのことです」

「いくらなんでも呑気すぎないか?」

向井が呆れた声を出す。

「人質が通話をかけれるほどの緩い状況にしておいて、さらにはそんな重要な情報をポンポンと漏らすやつが簡単に要職に就ける企業のやる犯罪行為だとは到底思えんが……。わざと偽情報を掴まされているんじゃないだろうな?」

普通、大掛かりな犯罪行為を行う組織の実行役は安易に情報を話さない。

訓練や実際の経験を踏まえた上で選ばれているはずだからだ。

ましてや人質が電話をかけられるような環境で誘拐しているなどということはあり得るはずが無いのだ。

「それが被害者のスマホは誘拐犯が持っているみたいで、壊れていると思って電話に気付いていないようです……」

部下の歯切れが悪い言葉にますます向井が顔を顰める。

「そんなことがあり得るのか?」

「分かりません。ですが、演技にしても騙すポイントがおかしいので本当に気付いていないものだと思われます」

「ますますわからん」

誘拐犯がスマホを持っているなら電話がかかっている状態かどうかなんてすぐにわかるはずだろう。

「液晶だけが壊れているとかなのか……?」

「私もそれも疑ったのですが、メールは被害者にのみ把握されたようで……」

「はあ? ……まあ演技じゃないのならラッキーだと思うようにしよう」

違和感を無理やり抑え込み、向井は公安へ連絡した。

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