13 病院

「面会の方はこちらに面会希望者と患者の名前をご記入ください」

何回も聞いたセリフを聞き流しながら面会希望の書類を記入し終え、待合室に向かう。

病院は今日混みあっていてしばらく待たされるようだ。

ソファに腰掛けながら病院に来るまでの大学での出来事を思い出し、ため息をつく。

「何が前世よ……」

例の好意を寄せてきている先輩と会ってしまったのだ。

ゼミの先輩で面倒なことに無下にすることもできないので、話しかけられるたびにある程度は付き合うようにしている。

ただ今日はその話題が気に入らないものだった。

前世。VTuberのリスナーたちではVTuberの中身のこと、つまり前の活動時の名前や本名のことをそう呼ぶらしいのだが、専らそれについて語られたのだ。

誰誰の前世が顔出しをしているこの配信者で、誰誰の前世は誰誰の前世と以前付き合っててそれで問題を起こしていて──というような内容を半ば嘲りを含んだ口調で延々と語っていた。

以前から思ってはいたが下世話な人だなと改めて感じる。

そういったことを知って相手を下に見たいという心情が手に取るように伝わってくるのだ。

ちなみにVTuberをよく見てるだけあって、デビューして間もない私のことも知っていた。

中身が私だとは気づかなかったらしく、この人も有名な活動者なんだろうね、知りたいなあなんて言い出した時には蔑む顔をしないようにするだけで精一杯だった。

絶対この人にはバレたくない、その思いがより強くなってしまった。

「桜井様、お待たせしました」

イライラしてるうちに名前を呼ばれる。

さっきまでの不快感を吹っ切り、病室へと足を踏み入れた。

中には点滴を受けている青年が静かにベットに横たわっている。

「怜輔、きたよ」

返事は無い。当たり前だ。怜輔は植物状態なのだから。

「最近ね、色んなことがあったんだよ」

だが返事が無いのに語り掛けてしまう。

何があったんだと返してくれることを心のどこかで期待してしまう。

「私、怜輔の大好きなVTuberを始めたよ。なぜかバズっちゃって1万人も登録者増えちゃった」

本当にどうしてこうなったんだとその勢いが少し落ち着いた今でも思う。

みんなグルになってドッキリを仕掛けられてるんじゃないかとさえ思うのだ。

「でね、今度コラボする相手なんだけど……」

そして今日、怜輔に会いに来た理由を話す。

「レイフ君っていうVTuberがいるの。声や口調は全然違うんだけど、なぜか喋り方とか好きなものとかふとしたことが怜輔に似てて」

そう、アルクトラさんの仲介のおかげでレイフ君とコラボすることが決まったのだ。

直接通話することはまだしていないが、チャットをしている中で、よければコラボしましょうかというお誘いをもらえたのだ。

「そういえば怜輔の読み方を変えたらレイフになるね。あと不思議なことに怜輔がこの病室に入った日とレイフ君のデビュー日が同じなんだよねえ。まるでレイフ君が怜輔の生まれ変わりと思ってしまうくらいに。でも怜輔は死んだんじゃないからこの場合なんていうんだろう。生霊?」

この1ヶ月でレイフ君のAIと一緒に過ごしたことでその思いは強まった。

怜輔の面影がずっとちらつくのだ。

もしかしたら怜輔であってほしいという願望が見せるものなのかもしれない。

しかし、あまりにも既視感が強くのしかかってくるのだ。

これは私もあの先輩のことをとやかく言えないのではとも思う。

こっちは知り合いかもと思ってという条件付きだが、やっている実は彼よりもはるかに直接的に行動に及んでいるものなのだ。

もし違ったらただの迷惑なリスナーでしかない。

だけど──

「私はどうしても怜輔を元に戻したい。このまま怜輔が弱っていくのを黙ってみているつもりはない」

そう、例え推しとの関係が悪くなろうが私は怜輔を戻すためならなんだってする。

だって私はまだあなたに好きだと伝えていない。

「じゃあまた来るね。早く怜輔が治るよう私も頑張るよ」

そう言い残して病室を後にする。

病院を出てスマホをオンにした途端、レイフ君から通話がかかってきた。

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