5 VTuberデビュー

「レイフ君いよいよだね! 緊張するなあ~」

詩音の全然緊張感のない声を聴きながら、配信ソフトを立ち上げる。

全く、どうしてこうなったことやら──。


まさか詩音がVTuberデビューしようと言い出すとは思わなかった。

しかも人気者になりたいだなんて、そんなこと言うタイプか?

違和感しかない。

恐らく、その前の独り言にあったように、レイフ本人に聞けるような状況を作り出したいということなんじゃないだろうか?

直接聞けるようにするために、自分が人気者のVTuberとなってコラボに誘えばいいという話だ。

極めて分かりやすい論理だが、一点重大なことが軽く扱われていることに彼女は気づいているのだろうか。

──そう、人気者のVTuberにどうやってなるかだ。

VTuberは現在1万人を超えると言われている。その中でどれほどの数が人気者だと言われるだろうか?

仮に僕をコラボに誘えるくらいを目標としてみよう。

見ず知らずの関係から、いきなりコラボを申し込んで了承を取るにはそれなりの知名度を持っていなければならない。

同じWeTubeというプラットフォームで活動している以上、チャンネル登録者と言う数字が重くのしかかってくる。

初対面の関係において、コラボと言うものはお互いのファンのシェアに近いものである。

つまり、片方が極端に膨大なチャンネル登録者数を抱えていると、Win❘Winの関係が崩れてしまい、寄生という形に見られかねないのだ。

寄生していると思われてしまうと片方のファンから攻撃され、軋轢を産みかねない。

そうなってしまったらお互いに取って損なのだ。

なので、コラボするには登録者数の開きはできる限り埋めておきたい。

そういったことを考えると最低でも僕の登録者数の5分の1の4万人は欲しいところだ。

だが、よく考えてみてほしい。

4万人の登録者を抱えるWeTuberになるにはどれだけ大変かと言うことを。

ましてや激戦区のVTuberとしてデビューするのだ。

並大抵のことではすぐに埋もれてしまう。企業勢だって埋もれる時代なのだ。

詩音もそれを分かっているはずだが……。

インフルエンサーには簡単にはなれない。

毎日配信する努力と、面白いことを考えつける発想力や視聴者を惹きつける喋りの能力、そして運が必要なのだ。

どれが欠けても1万人の壁を超えることはかなり厳しい。

確かに僕の場合は特殊だ。

毎日配信しても疲れない身体を持ち、AIというポテンシャルを活かしたウケる配信の企画。自在に操れる声やプロ級のイラスト。これらを全て使って運に左右される部分を捻じ伏せた。

だが、詩音に同じことはできないだろう。

声は落ち着いていて性格はお淑やか。

注目されると強い個性だが、裏返せば注目されにくい個性ともいえる。

オマケに毎日配信すると体力が削られる。

たかが1時間の配信と思うかもしれないが、これが中々にしんどい。

1時間喋りっぱなしでゲームやお絵かきなど別のことを行い、コメントにも気を配るということは並大抵の人間には行えないのだ。

企画内容や台本を考え、サムネイル画像を用意し、声の調子を整える事前準備などを考えるとさらに大変なのだ。

詩音の中では、僕に準備などは全て任せるつもりでいるのだろう。

確かにそれでだいぶ負担を減らすことはできる上に面白い企画もできそうだが、肝心の本番となると僕の手伝える範囲はかなり狭い。

大学生で時間があるとはいえ、体力は持つのだろうか?

色々心配事はあるが、今の僕は一介の作業補助ソフトだ。余計な口を挟むことはできないので、黙々と従うしかない。

「こちらの準備はできたぞ。詩音は大丈夫か?」

声をかける。事前にSwitterでの挨拶や動画投稿を行って種は蒔いてある。これでも成功するかは運次第だが、詩音がやると決めた以上やるしかない。

「ばっちりだよ。一緒に楽しもうね!」

やけにポジティブな返答だが、本当に大丈夫だろうか?

まあ最初から期待するものでもないし気張らずに行くほうが良いのかもしれない。

久しぶりに感じる初めての詩音との共同作業に、少しばかり心躍らせながら配信開始ボタンをクリックした。

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