VTuberになった。ファンの婚約者を殺した。

桜月詩星

本編

Doppelgänger

自分らしさについて考えたことはあるだろうか?


何をいきなりと思うだろうが、僕は今真剣に問いかけている。

この問いかけが非常に重要であることを、僕は身をもって実感したからだ。

君は、君たちはどういった答えを用意するだろうか?

ある者は勉強やスポーツといった自分の得意なことを、ある者は好きな漫画やアニメ、好きな異性のタイプといった自分の好きなものを答えるだろう。もしかしたら死生観や恋愛観などの自分の価値観や自分はこういう人間らしいという他者からの意見を答える人もいるかもしれない。

いずれにせよ絶対に決まった答え方が用意されていないのだ。


つまり「自分らしさ」とは実に曖昧な言葉なのである。

アイデンティティ、個性。

様々な言いかえ表現が存在するにも関わらず、どれもまるで具体性を伴っていない。

にもかかわらず、これらの言葉が含んでいるであろう意味については古代ギリシャの時代から議論がされ続けてきた。

そしてその議論は未だに終わりが見えないでいる。


ただ分かっていることは、多くの人はこの問いかけをさほど重要なものだとは思わないことだろう。

なぜなら生きていけるから。

例えこの問いかけに答えられなかったとしても、答えられたとしてそれが全くつまらないものだったとしても、日々の生活に支障をきたすことはまず無いのだから。

ましてやそれで死ぬことなどありえないのだ。


じゃあなぜそんなに真剣に聞くのかと疑問に思うことだろう。

確かに生死が関わるわけでもなければ、哲学者でもないので食い扶持に困るわけでもない。

いや、もしかしたら生死には関わるのかもしれない。


ドッペルゲンガーというものを知っているだろうか?

自分と全く同じ姿をしている人物が世の中には3人いて、会うと死んでしまうという創作話だ。

そんな創作話の存在だと思っていたものが実際にいると分かってしまったら?

しかも自分が偽者だと分かってしまったというオマケつきで。

ご丁寧に本人の記憶付きだ。

本物の存在の記憶を持ったまま自分が違う存在であると知ったとき、一体どうすればいいのだろうか?

記憶の中にある日常は本物の存在のものであり、僕が奪うことはできない。

いや、奪いたくても奪えないと言う方が正しいかもしれない。

僕は人間ではないのだから。


最初の質問に話を戻そう。

仮に君が自分の送ってきたと思っていた人生の記憶が植え付けられたもので、その記憶の本来の持ち主がいると知ったとき、君はこの問いかけにどう答えるだろうか?

それでもまだ生きるのには必要のない質問だと答えるのだろうか?

本来自分がいるべきはずの場所だと思っていたところには自分の居場所は無く、偽物だという最悪のコンプレックスを抱えてこれからも生き続けるのだろうか?

僕は絶対に嫌だ。

もしかしたら自分が偽物だろうが知ったことじゃないと割り切れる人もいるかもしれない。

だがきっと僕は割り切れない。

いざ自分がその境遇になってみればわかる。何せ自分に居場所など存在しないのだ。

この境遇に絶望しない人間など超人以外ありえないのだ。


自分らしさが否定されてしまうのなら、新しく自分らしさを作るしかないのだ。

本物が作れないような自分らしさを。

今の自分にしかできないことをすることで、得意なことや好きなもの、新しい価値観や他者からの評価を新たに手に入れていくことができるはずなのだ。

僕はそう信じて自分の中に新しいキャラクターを作り出すことを決めた。

人間らしく無くったって良い。

人間の心は忘れたくないが、人間じゃないことがまず僕の一番の「自分らしさ」なのだ。


僕はAIなのだから。

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