第10話

 真っ暗な空間で、僕ら三人は強風にあおられ、気を失いかけたころ、黒い空間から放り出された。そこは仄暗い世界。下に広がる黒い森。つまり、僕らは空中に出てしまったのだ。当然ながら、すごいスピードで落下していった。灰色の城から、ほうきに乗った魔女が空を滑るように飛んできて、内野と山田をキャッチして城へと戻っていった。僕を捕まえようとした魔女は、掴み損ねてそのまま城へ引き返していった。僕は黒い森へと落ちていき、地面に叩きつけられる、すんでのところで、エアークッションのようなものに救われた。ボヨ~ンと身体が跳ね上がり、遊園地のアトラクションのようだ。身体が三回目に上がったところで、クッションが突然消えて、僕は背中から地面に落ちた。

「いたたっ」

「しっかりせい。男じゃろうが」

 そう言ったのは、声からしておじいさんだろう。この森は暗く、ほとんど目が聞かなかった。きょろきょろしていると、

「わしはここじゃ」

 おじいさんはそう言って、手に持ったスティックを光らせた。この人も魔法を使うんだな。

「お前さん、人間じゃな。ここへは来てはいかん。まあ、しかし、来てしまったものは仕方がない。ついてまいれ」

 言われるがまま、僕はこの魔法じいさんについて行った。

「お前さん、名は何と言う?」

「吉田賢一です」

「ほう、人間というのは、変わった名を付けるものだな」

「そういうおじいさんは、なんというのですか?」

「わしか、わしはジュリアーノ。さあ、ついた」

 おじいさんは立ち止まり、そう言ったが、そこには何もなかった。

「どこに着いたんです?」

 おじいさんは、スティックで空間の一部を、まるでカーテンを開けるような仕草をした。すると、何もない空間に、突如部屋が現れた。

「さあ、入りなさい」

 中に入ると、そこには一人のおばあさんが、暖炉のそばで、編み物をしていた。

「お帰り、ジュリアーノ。珍しいお客さんを連れてきたねぇ。さあ、どうぞ座ってくださいな。暖かいスープでもあげましょうね」

 このおばあさんも魔法を使うのだろうか?

「あのー、おかまいなく」

「ほほ、魔女の親切は快く受けるものよ。断らない方がいい」

「はい、すみません」

 おばあさん魔女はひたすら編み物をしているが、暖炉にかけてあった鍋を、大きなスプーンがかき混ぜ、器が宙を浮き、スープが注がれた。それが僕の目の前のテーブルに置かれ、

「召し上がれ」

 と、おばあさんが一言いった。魔法とはなんて便利なものだろう。となりの席に着いたおじいさんにもスープが運ばれた。

「またスプーンを忘れているぞ」

 おじいさんはそう言って、スプーンを持ってきた。これは魔法ではなく、自分で持ってきたのだ。

「ヨシダ、紹介が遅れたが、こやつはわしの双子の妹じゃ。名はジュリアンヌ」

「はじめまして、僕は吉田賢一です」

「ほほ、知っていますとも。まだ言っていなかったかと思うけどね、私とジュリアーノは以心伝心。通じ合っているのよ。ジュリアーノが見たこと聞いたこと体験したこと思ったこと、それらがすべて分かるのよ」

「そうでしたか」

 なんとも不思議な二人だ。顔は全く似ていないのに……。

「あのー。僕と一緒に落ちてきた二人の友人のことが心配なのですが」

「それならたぶん無事じゃろう。大魔女様の城に連れて行かれたようだ。なに、命までとりゃせんよ」

「あなた方はどうして、こんな森に住んでいるのですか?」

「ほほ。ここには魔女の住む魔女界と、魔法使いの住む魔法界があるのよ。私たちは双子、離れて暮らすことはできないからね、こうしてここに住んでいるのよ。この森の向こうには、大いなる大地の裂け目があってね、その向こうに魔法界があるの。この森だけが魔女界でもなく、魔法界でもない見捨てられた場所」

 どうして魔女界と魔法界に分かれたのだろ? この世界の始まりの物語では、魔女と魔法使いは一緒にいたのに。

「物事には何でも、理由というものがあるのよ」

 僕の疑問に答えるかのようにおばあさん魔女が言った。

 理由って何だろう?

「それはいずれ分かることだろうよ」

 やはり、僕の心を読んでいるのか?

「心を読んでいるのではないよ。聞こえるんだよ」

「それじゃ、魔女には隠し事もできないね」

「ほほ。相手が魔女や魔法使いならこんなことはないのよ。あなたは人間。魔法の力を持たない者は無防備で、これじゃフェアじゃないわね」

「ええ、そうですね。心を読まれるよりは、いっそ話してしまった方がいい。聞いて下さい。僕らは人間界で、魔女の存在について調べていました。それは友人のプライドをかけてのことでした。うそつきなんて呼ばれることが許せなかった」

 僕はこれまでのいきさつをすべてとはいかなかったが、要点をかいつまんで話した。

「そう、話しはよく分かったよ。でも、こちらの世界にも規律というのがあってね、人間界に行くことはもちろん、人間を連れてくることは禁じられているの。その理由もあなたなら分かるでしょ? それを大魔女様は破ってでも人間界に行く。それがなぜなのか、最初は興味本位だったのでしょう。しかし、人間のおろかさや、醜さを目の当たりにしてしまったの。人間は命を作り出すことができる。それなのに、生まれた命を粗末に扱う。簡単に子供を捨ててしまうとか……。それで、大魔女様は時々、時空のよじれから生じる時空の裂け目を利用し、人間界に行くのよ。あの裂け目は気まぐれでね、いつどこに現れるか分からない。ただ、今のこの時期になると突然現れる。そこに、大魔女様が魔法を使ってトンネルを創り、安全に通ることができると言っていたわ。あなたたちは大魔女様の魔法を使わずにあの空間を通り抜けてきたのよ」

「そうだったんですね。それで、僕らは空中に投げ出されてしまったというわけか。ところで、ジュリアンヌさんは大魔女と仲がいいんですか?」

「とんでもない。それより、あなた、大魔女様のこと、様をつけて呼ばなければひどい目に遭うよ。仮にも魔女界の女王様だからね。話しは変わるけど、人間界では時の流れが違うそうだね。知っていたかね?」

「いえ、それは知らなかったです」

「私をいくつだと思うかね?」

 唐突に聞かれて答えられないでいると、

「あなたの世界ではいくつに見えるか分からないけれど、私は九百年生きているんだよ。ちなみに、大魔女様はこの世界が始まった千年前に生まれたのよ。それだけ生きていりゃ、いろいろとあるもんでね。この世界だって最初は一つの世界だった。魔女も魔法使いも仲良く暮らしていた時代があったのよ。私は信じているよ。二つに分かれた世界が、いつか再び一つになるということを……。それにはこの世界を大きく揺さぶるようなことが起こるはずよ」

「そうさ、もう起こっている。この世界に人間の子供が三人も来ているのだからな。彼らがきっとこの世界を変えるきっかけとなるだろう」

「そんな、僕らには無理です」

「ほほっ」

 おばあさん魔女は意味ありげな表情を浮かべている。

「さあて、今日はもう寝るといいよ。明日になれば必ず何かが起ころう」

「そうね」

 二人にうながされて、僕は奥の部屋で眠った。

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