39. あなたと私は、もしかしたら


「柴崎さん、結局教えてくれなかったけど、キミは何かしらの方法を使って僕の予言ノートを見た。これは、間違いないんだよね?」

「ええ、そうですよ」


 柴崎さんはキョトンと、猫のような目を少しだけ見開いた。彼女は僕の質問の意図にピンときていない様子だ。


「柴崎さん、さっきの空き教室で、いきなりこう言い出したよね? 『月代さん、もしかして予知能力使えますか?』って。コレ、結構不思議なんだけど」

「……どうしてですか」


 彼女の返事に、一瞬だけ間が空いたのを僕は見逃さなかった。一抹の疑問が、十抹くらいの仮説に変わった。


「いや、あのノートを見ただけで、僕が予知能力を持っているって発想になるの、おかしくない? フツウ、予言なんて超常現象、最初に思いつかないでしょ。超能力がこの世に存在しているっていうコト自体、みんな知らないんだから。柴崎さん、僕が超能力を持っているって事実を当たり前のように受け入れてるけど、それ自体、ヘンだなって」


 僕は喋りながら、彼女の顔を注意深く観察していた。能面のような無表情、表情が読めないジトっとした細い目――、しかし僕の言葉を聞いた彼女の眉間がピクッと、僅かだけ動いた気がする。


「確かに、フツウの人はそんな発想にはならないでしょうね。でも私は、河童もネッシーも口裂け女もマンデラエフェクトも、あらゆる怪奇現象の存在を肯定する類の人種でして、予知能力を使える人間がクラスメートに存在したとしても、特段驚きはしませんよ」


 ……なるほど、そうくるか。

 確かに柴崎さんがオカルト好きなのは僕でさえ知っているし、それなりに納得感のある回答ではある。でも――


 「そっか」とこぼした僕は、歯磨き粉味のする冷めたコーヒーを静かに飲みほした。

 それ以上彼女を追及するコトはあえてしなかったけど、十抹くらいの仮説は胸の内にしまっておくコトにしよう。

 柴崎さんはもしかして、僕や、小太刀さんと一緒で――



「時に、月代さん」


 僕の思考妨げるように、柴崎さんが淡々とした声を出す。僕は条件反射で、「何?」と返した。


「あなたの事情はたいがいわかりました。その上で改めて訊きます。あなたとアカネ、何があったんですか? 何故あなたたちは、最近ギクシャクしているんですか?」


 ――僕は油断していた。全身に冷や水を浴びせられたように、緩慢していた僕の神経がピンと張りつめた。

 ……そうか、柴崎さんが僕に訊きたかったコトは、最初からコレだったんだ。

 空き教室でこの質問を柴崎さんから受けた際、僕がだんまりを決め込んでいた理由は、僕が、僕の予知能力に関して人に喋るコトをしたくなかったからだ。そういう意味では、すでに僕の能力のコトを知っている柴崎さんに、僕が小太刀さんを避けている理由を話すコト自体は、何も問題がない。……ちなみに僕は、この力のコトを基本的には誰にも言っていない。言っても信じてもらえないだろうし、おいそれと、口外するべき力ではないだろうという自負があるから。


 それに、僕はそもそもこの力のコトを憎んでいる。

 こんな力を持っているせいで、僕は――


「――あなたの話を聞いている限り、十月三日を迎えるタイミングで、あなたとアカネは恋人関係を続ける必要がある。もっと言うと周囲に、『あなたたちの関係は良好である』と思ってもらう必要がある。……そうでないと、天津さんがアカネに告白してしまう未来が実現してしまうかもしれませんからね。この世界には略奪愛という言葉が存在しますから」


 柴崎さんは言葉を続けており、僕は彼女の声にハッと意識を取り戻した。彼女は、僕が再びだんまりを決め込んでいると感じて、自論を畳みかけはじめたみたいだ。僕は意図的に黙っていたんじゃなくて、単純にボーッとしちゃっただけだったんだけど。


「――であるなら、ケンカしたんだかなんだか知りませんが、あなたはアカネを避けている場合ではないんじゃないですかね。せっかく、ムカつくくらいにラブラブだったんだから、さっさと仲直りをするべきでは?」


 柴崎さんの言っているコトはもっともだ。僕は、小太刀さんからいつまでも逃げるワケにはいかない。僕はふぅっと息を吐いて、ばつの悪そうにテーブルの上に視線を落として、覇気のない声で、懺悔するように、ゆったりと言葉を紡いでいった。


「……僕と小太刀さんは、別にケンカをしたワケじゃない。僕が一方的に小太刀さんを避けているだけなんだ。……さっきも言ったとおり、僕が小太刀さんと付き合ったのは、彼女の命を救うため、予言された未来を変えるためだ。だからこそ僕は彼女に対して、付き合うのは半年間だけでいいと言ったし、小太刀さんが僕のコトを好きにならなくてもいい、そう思っていた。……けど、小太刀さん、『月代くんのコトを好きになる』とか言い出してさ。彼女、一生懸命に、僕の質問ノートとか作ってきてさ。僕がお笑い好きって言ったら、一緒にお笑いのライブ行こうとか言い出してさ。僕の高校生活がずっと一人ぼっちだったって言ったら、じゃあこれからは二人で楽しんでやろうって、そんなコト言い出してさ――、めちゃくちゃ、嬉しかった。小太刀さんと過ごす時間が楽しくて、愛おしくて、たまらなかった。だから、だからこそ僕は同時に、罪悪感に押しつぶされそうになったんだ。だって、僕が小太刀さんに告白したのって、『彼女が好きだから』っていう、そういう動機じゃ、なかったんだもの」


 その言葉を口にした瞬間、喉の奥につっかえていた鉛が吐き出されるような感覚があった。みぞのおちのあたりをくすぶっていたモヤが晴れたような気がして、心が少しだけ軽い。


「僕は確かに、小太刀さんを好きだった。二年生のころから、ずっと。でも……、もしも予言なんてなかったら、僕は告白どころか、彼女に声をかけるコトさえしなかったと思う。僕は、『彼女を救うため』っていうお題目を言い訳に、小太刀さんに近づき、告白をしてしまったんだ。……だから僕は、すべてが終わったら、十月三日が無事に過ぎ去ったら、彼女と別れようって、そう考えていた。……偽りの告白で始まった恋人関係なんて、幻想でしかない。そう、考えていた。なのに、小太刀さん――」


 僕の意志とは無関係に、心の中に溜まったテキストの群が勝手に口からこぼれ落ちていく。もしかしたら僕は、自分の気持ちを誰かに言いたくてしょうがなかったのかもしれない。

 柴崎さんは黙っていた。黙って、僕の言葉に耳を傾けていた。


「小太刀さん、おそらく彼女にとって思い出したくもない過去を、僕に話してくれた。彼女は、彼女の良い部分も、悪い部分も、すべてを僕に受け入れて欲しいって、きっとそういう気持ちで、等身大の自分をさらけ出してくれた。僕のコトを、全力で好きになろうとしてくれた。……僕は限界だった。後悔で頭がいっぱいになった。偽りの気持ちで彼女に告白してしまったコト、偽りの気持ちで彼女と付き合ってしまったコト――、なかったコトにすればいいや、なんて、都合よくいくワケがないって事実に、ようやく気が付いたんだ。僕は小太刀さんに対して、どういう気持ちを持てばいいのか、わからなくなった。彼女とどう接していいのか、正解が、わからなくなって――」


 僕は少しだけ、自嘲するように笑った。あえて、できるだけ軽々しい口調で言葉を紡いだ。

 そうでもしないと、自尊心を保っていられなかったんだ。


「結果、僕は小太刀さんから逃げたんだ。……コレが、僕が今、小太刀さんを避けている理由だよ。自分で言ってて、嫌になるくらい情けないけどさ」


 僕はこのあと、柴崎さんに罵詈雑言を浴びせられるもんだと思ってた。心底呆れられると思っていた。だって、柴崎さんにとって小太刀さんは大事な親友。――親友である彼女の気持ちを、僕は無下にしてしまったんだから。何を言われてもしかたないなって、僕はそう覚悟していたんだけど……。

 目の前の柴崎さんは、何故だかばつの悪そうに視線を落としていた。やがて憂鬱に両肘をテーブルの上につき、顔を手の甲で隠してしまう。僕は彼女の態度が意味するところを理解できておらず、キョトンと阿呆面を晒していた。

 やがて柴崎さんが顔をあげ、不機嫌な幼子のように僕の顔を下からジッと睨み上げた。


「……月代さん、あなたと私は、もしかしたら似ているのかもしれない。私は初めて、自分を客観視するコトができました」

 柴崎さんの言葉は僕が想像だにしていなかったモノだったし、その台詞に僕はピンときていない。僕は思わず、「えっ、どういうコト?」と彼女に返したが、柴崎さんは僕の返答を遮るように言葉を続けた。


「月代さん。私も、あなたも、やはりこのままではいけない。私たち、協力しましょう」

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