37. スターなんちゃらだかとか、なんちゃらバックスだとか


「……急に、何を言い出すんだよ。そんなワケ、ないでしょ」


 あまりにも覇気のない声を、僕は必死に振り絞っていた。声は震えてなかったと思うけど、でも僕は柴崎さんの顔をマトモに見ることができない。それくらい僕は焦っていた。

 なんで? どうして? いつ? どうやって?

 ――柴崎さんは、なぜ『僕の力』に、気づくコトができたんだ?



 グルグルグルグル。僕の脳内で疑問符が超高速で舞っている。でも、僕の疑問をそのまま彼女に尋ねることはできない。何故なら、それを訊くという行為は、『僕が予知能力を使える』という事実を認めるコトになってしまうからだ。僕の全身に脂汗がにじみ出ていたが、僕はだんまりをこのまま決め込もうと心に誓っていた。

 でも僕の隠蔽工作は、自らの失態のために、秒で徒労となる運びになる。

 柴崎さんが、ボソッと、世間話でも振るように口を開いた。


「今日、このあと雨降るんですね。天気予報でもそんなコト言ってなかったのに」

「……えっ? あっ、うん。そう、みたいだね」

「あ、やっぱりそのノートって、予言の内容を書き記したノートなんですね」

「……えっ? ……あっ? ――あッッ!?」


 僕は、自分で思っていたよりも、百倍くらいバカだったらしい。

 柴崎さんが再びニヤリ、口角を吊り上げて、小悪魔みたいに笑っていた。



 『予知能力を使える』という秘密を柴崎さんに知られてしまった僕は、ものの見事に現行犯逮捕をくらい、「さて、場所を変えて事情聴取といきますか」と、有無も余地も与えられずに彼女に連行されてしまった。柴崎さんの家の最寄り駅まで二人で電車移動したのちに、連れてこられたのは――


「あのさ、柴崎さん、このお店って、どういうお店なの?」

「どうって……、どう見ても普通のカフェじゃないですか。スターなんちゃらだかとか、なんちゃらバックスだとかのチェーン店と、なんら変わりないじゃないですか」

「いや、どう見ても普通のカフェじゃないでしょ。店内の照明ろうそくだけだし、そこら中に頭蓋骨が置いてあるし、店員さん真っ黒なローブ着てて顔もよく見えなかったし。……あと、このコーヒーなんか、歯磨き粉の味するんだけど」

「はぁ、月代さんは意外と文句が多いタイプの人種なんですね。しょうがないじゃないですか。学校の近くのお店だと、知り合いに見られる可能性がありますから。うちの近所で私が知ってるお店、ここくらいしかないんですから」

「いや、僕は文句じゃなくて事実を述べているつもりなんだけど。……まぁ、他にお客さんだれもいないから、話の内容的にも、ちょうどいいっちゃいいけど――」


 ちなみに移動中、僕らは突然の豪雨にみまわれた。事前にコンビニで折り畳み傘を購入していたから二人ともほぼ無傷だったけど、僕の容疑に関しては、柴崎さんの思惑どおり有罪判決が確定する運びとなる。



 柴崎さんが、何味がするのかもよくわからない緑色の飲み物を口につけて、満足気に顔をほころばせている。……柴崎さんって、こういう表情もするんだ。

 彼女は、持ち手がツノになっている悪魔デザインのカップをコトリとテーブルの上に置くなり、秒でいつもの真顔に直った。


「一応確認なんですけど、月代さんは、認めてくれるんですよね? 自身が、『予知能力』を使える超能力者だというコトを」

「……認めるよ。あんなボロを出しちゃったら、言い訳も思いつかないからね」

「月代さんが阿呆で助かりました。ちなみに、具体的にどういう能力なんですか?」

「あれだね、小太刀さんから噂は聞いていたけど、柴崎さんってかなり口悪いよね」


 「いえいえ、それほどでも」と、何故か謙遜するように胸の前で手を振りはじめた柴崎さんに、僕が口元をヒクつかせるのは必然であった。

 はぁっとタメ息を洩らした僕は、自身の能力について説明をはじめる。



 最初にこの力が発動したのは中学一年生の時。部屋で一人、深夜ラジオを聴いていた僕は、急にプツンと、周囲の音が何も聞こえなくなる感覚に襲われた。そしてすぐに、男でも女でもないような、子どもでも大人でもないような、形容不能なトーンの声だけが聞こえてきた。頭の中に声が直接響いてくる感じ。細かい文章は覚えてないけど、クラスメートの誰かが体育の授業中にケガをするとか、そんな内容だった。

 イヤホンを外すと声は聞こえなくなるんだけど、再びつけるとまた聞こえてくる。僕が不思議に思っている内に声は聞こえなくなって、すぐにまた、さっきまで聴いていたラジオ番組の続きが流れた。


 ……電波不良かな――、その時の僕はあまり深く気に留めていなかったんだけど、次の日、不思議な声が言っていた通りの出来事が起こった。バスケットボールに興じていた一人のクラスメートが、調子にのってスラムダンクを決めようとして派手にずっこけた。彼は全治一週間の捻挫を負ったんだ。僕は人知れず戦慄していた。

 その後も、何の前触れもなく『あの声』が聞こえてくるようになった。タイミングは完全にランダム。授業中にやってくるコトもあれば、寝ている最中に起こされるコトもある。声が聞こえるのは、何故か僕がイヤホンをしている時限定だった。力が発動している最中、イヤホンをしていない間は耳に水が入った時みたいに何の音も聞こえなくなる。内容は、少し先の未来の時もあれば、一年先の未来を予言するコトもあった。僕は予言の内容を専用ノートにメモするようになった。



 柴崎さんが、「予言の内容は絶対なんですか? 未来を変えるコトはできないんですか?」と質問を挟んできたので、僕はかぶりを振って答えた。「予言に対して、僕が何か行動するコトで、未来を変えるコトができる。さっきみたいな夕立はどうしようもないけど、例えば僕の発言で、対象者の意志と行動を変えるコトができれば、予言が実現しなくなったりもする。逆に、僕が何もしなければ、予言は必ず現実のモノになるんだ」。そう返すと、柴崎さんは「なるほど」と、後ろ髪をくるくる指で弄びながら、あさっての方向に目を向けはじめた。

 向けながら、彼女がポツリと漏らす。


「だから、月代さんはアカネと付き合うコトにしたんですね。彼女の命を、救うために」


 僕の全身が緊張した。全神経を脳に集中させ、次の言葉を慎重に選ぶ。

 柴崎さんがそんな予想を立てられるのは、『あの予言』の内容を知っているからだ。

 で、あるなら――

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