22. 世にいう、母性本能をくすぐられる、ってヤツ
――呆気にとられたというか、拍子が抜けたというか……。
あまりにも予想外な彼の回答に、どうリアクションをとっていいかわからない私は、ただひたすらに阿呆面を晒している。
少しの間が空いて、逃げるように窓に目を向けた月代くんが、「……やっぱ引くよね、僕みたいなネクラが、お笑い好きとか――」と台詞とは裏腹に物憂げな表情を浮かべていた。ハッと意識を取り戻した私は、慌てて彼のフォローを試みる。
「い、いや、マジで、全然、引いてはないんだけど。っていうか、お笑い好きって、別にフツウだし、私も漫才とか見るし、……ただ月代くんがそういうの好きってのが、意外っていうか、いやどんな顔して見てるんだろうとか、想像もできないっていうか――」
試みたものの、私はフォローするのが死ぬほどヘタだった。
窓の外に目を向けていた月代くんがチラリ、一瞬だけ私に横目を向けて――、しかしまたぷいっと顔を背けてしまった。……あれ、月代くん、顔赤くない……? もしかして――
「月代くん、照れてんの?」
我ながら、デリカシーのかけらもないなという自負はある。
しかし私は、思ったコトをそのまま口に出してしまうタイプの人間なのだ。
月代くんはあさっての方向に目を向けたまま、引き続き顔を硬直させている。でも彼の顔面は紅潮が留まるところを知らず、ついに耳まで赤くなりはじめた。
幾ばくかの静寂の後、ようやく月代くんが口を開く。
「……この世に、照れない人間なんて、いないと思うんだけど」
まるで強がる子供のような発言。私はというと、やはり思ったコトをそのまま口に出す。
「いや、いると思ってたんですけど、目の前に」
月代くんが両肘をテーブルの上について、両手を組み、いよいよその顔を隠してしまった。
「……ぷっ――」
……これが世にいう、母性本能をくすぐられる、ってヤツなのだろうか。心臓をこよりで直にくすぐられた私は、気づけば無意識に笑みをこぼしていた。「アハハッ」と快活な声をあげると、全身の神経網がゆったりと緩慢していく。彼の意外な一面をかいま見れたコトが、私は嬉しかったんだと思う。
天岩戸にひきこもってしまった月代くんを外に連れ出すべく、私はなるたけ申し訳なさそうな声で彼に喋りかけた。
「ゴメンゴメン、いや、バカにする気はないんだよ。マジで。……っていうか月代くんって面白いね。面白いし、いいやつだね」
「……えっ?」
月代くんが、天岩戸からちょっとだけ顔をだしてくれた。「いや、さ」と改まるように声を漏らした私は、テーブルの上に目を落として、スカートのすそをギュッと掴んだ。
「私が唐突に始めた質問コーナーにも、真面目に答えてくれるし、私が一方的に喋ってる時も、黙ってちゃんと聞いてくれるし、私が舐めた態度とっても怒らないし、むしろ照れてるし。……私に告ってきたときは、この人何考えてるんだろうって、月代くんのこと、ちょっと怖かったんだけど、今日いっぱい喋ってみて、キミ、ちょっとずれたところあるけど基本的には優しくて、月代くんも、フツウの高校生なんだなって――、なんかね、月代くんとの関係、少しだけ近づけた気がして、私、嬉しいんだよね。今日はありがとう」
言い終えた私が月代くんに視線を戻すと、組んだ両手で顔の下半分を隠しながら、彼はジッと私を見つめている。男の子にしては長い前髪から、男の子にしては大きな瞳が覗き見える。まるで子供と大人が混ざり合ったように無垢な表情、私はなんだかドキッとしてしまった。
月代くんは相変わらず照れているのか、「……どういたしまして」とその声はやっぱり覇気がない。彼が心の奥底で何を思っているのかは、ギリギリのラインで掴み切れなかった。
「あ、そうだ」
何かを思い出したように声をあげたのは私。
腕をテーブルの上に降ろした月代くんが、キョトンとした表情で首を斜め四十五度に傾けた。
「月代くん、お笑い好きなんでしょ、だったらさ――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます