二. 新たなる宣言

18. それは新手のダイエット方法ですか


「やってられるかぁぁぁぁっ!?」


 五月の曇天空に、私の怒声が響き渡る。

 昼下がりの学校屋上、手に持っていた購買パンをぐしゃりと握りつぶしたのは私であり、その惨状を横目で見ていたヤエが、「もったいなっ」、とボソリ呟いた。彼女は木箸でつまんでいた出し巻きたまごをひょいと口に運びながら、もぐもぐと小動物のように口を動かしている。


「……アカネ、それは新手のダイエット方法ですか」

「――違うわっ! シンプルにイライラしてるんだよっ! 私、もうこんな生活耐えられないっつーの!」


 握りつぶした購買パンを乱暴に口につっこんだ私は、ほぼ丸のみの要領でゴクンと喉奥に流し込む。げふっ、と大仰なゲップをかました私を眺めながら、ヤエが「おおっ」と拍手をし始めた。


「お見事っ、さすがっ、女性大食いチャンピオンを目指しているだけのコトはありますねぇ」

「――目指してねぇよっ! ただでさえ機嫌悪いんだから、変なツッコミさせるなっつーの!」


 キーキーと子猿のように地団駄を踏んでいるのは私であり、自身の弁当箱にフタをしたヤエは、屋上を囲う鉄柵を背もたれにしながら私の顔を見上げた。すっかりと錆びついた手すりがギシッ、と少しだけきしむ。

 乾いた声を洩らしたヤエが、遠くを見るように目を細めた。


「……まぁ、昨今の状況を鑑みるに、あなたの心情は大体察するコトはできますが、一応聞きましょうか。アカネ、どうしたんですか?」

「……『どう』も、『こう』も……、ないっての――」


 私はドカリとコンクリの地面の上に腰を降ろし、やさぐれたようにあぐらをかく。ひとかけらの慈悲を見せてくれた親友に対して、私はヘドロのような愚痴を垂れ流しはじめた。



 月代くんと付き合うようになってから早一週間……。平穏無事に過ごしていたはずの私の高校生活は一変した。……二股が発覚した元アイドルのママタレントかよ――、ってくらい、私はクラス内外問わず、校内の女子たちから怒涛の質問責めをほぼ毎日くらっていたんだ。


 「――小太刀さん、最近毎日、月代くんと朝一緒に登校してない? もしかして付き合ってるのっ!?」「――えっ!? マジなの!? あれ、小太刀さんって、『恋愛しない宣言』してなかったっけ!? どういう心境の変化!?」「――なんで『月代くん』なのっ!? 小太刀さんって、サッカー部の水野くんの告白断ったんでしょ!? 選択肢ミスってない!?」「――わ、私の、私だけの月代くんだったのに……、ゆ、ユルサナイ……」「――水野くんの告白断っておいて、あんなネクラ男子と付き合うなんて……、水野くんに振られた私へのあてつけなの? アンタ、放課後、校舎裏来なさいよ――」


 ただ単に私が月代くんと付き合ったというだけだったなら、ここまで荒波は立たなかっただろう。今回の私の一件が校内ゴシップ記事の一面トップに躍り出てしまった要因は、主に二つある。

 一つは、私が『恋愛しない宣言』という、うら若き花の女子高生らしからぬ決意表明を掲げていたのにかかわらず、あっさりと恋人を作ってしまったから。色恋沙汰に飢えたヤジ馬女子たちが、コロリ心変わりした(ように見える)私を逃してくれる道理がないだろう。

 もう一つの理由は、スクールカースト最上位に君臨する水野くんの告白を断った『にも関わらず』、およそ恋人候補としては除外筆頭であろう、孤独系男子の月代くんを私が選んだという事実。……ちなみに今回の一件の副作用として、月代くんを密かにアイドル視していたネクラ女子群、及び、水野くんに過去に振られたイケ女群――、私は学内ヒエラルキーの上下双方から恨みを買うという、中々にレアな状況下で因縁を付けられていた。


 私は怒涛の質問事項の返答の仕方に困窮していた。……だって私、別に月代くんが好きで付き合ってるワケじゃないんだもの。「いや実はさ、彼に超能力使うところ見られちゃってさ、黙っててあげるから僕と付き合ってとか言われちゃってさ」――なんて、真実をありありと伝えるワケにはいかないんだもの。


 皆さんもご存じのように、今回の私たちのお付き合いには複雑怪奇に絡まり合った事情ってやつがあるもんで、私は『好きでもない相手と付き合っている』にも関わらず、『それが原因となって私の平和が脅かされる』という、マイナスが二乗されただけのカオスな状況を強要されていた。ありていに言うと、今回の騒動で私は一つも得をしていない。


 ちなみに私は、自ら「月代くんと付き合ってます」と公言した覚えはない。ヤエだけには報告したけど、それ以外の生徒には誰にも言っていないし、たぶん月代くんも誰にも言っていない……、というかぼっちの彼には、言う相手がいないと思う。

 ……じゃあなんで、私たちの関係が周りにバレているのかって? 答えは簡単。

 月代くんの提案で、私は彼に告られた翌日の朝から、二人で一緒に登校しているからだ。私たちが一緒にいる姿を、クラスメートの連中に早々見られてしまったからだ。

 「毎朝、一緒に登校しようよ。付き合ってるんだから、それくらいフツウだよね?」、月代くんは平然とそう言い、秘密を握られている私は彼に従うほかはない。しかも不思議なコトに、月代くんは私に気があるような素振りを一切見せなかったのだ。二人で黙ってただ歩いているだけの気まずい登校時間は、私の日々のストレスの一因となっていた。


 私は一度、彼に聞いたコトがある。「あのさ、月代くんってさ、私のこと好きなの? 好きだから告白してきたの?」、彼は少しだけ逡巡して、あさっての方向を見ながら言った。「そうだよ。決まってるじゃない」、目を丸くした私は、なんだかその言葉に裏があるように思えて、追及してみた。「じゃあさ、私のどこを好きになったの?」、再度逡巡するような素振りを見せた彼は、艶っぽい所作で首をひねりながら、サラリと宣う。「どこだろう、顔かな」。

 目を丸くしていた私の瞳孔が更に見開かれるのは必然だったし、私の口が半開きになるのも当然であった。「え、それ、マジで言ってる?」、眉を八の字に曲げて私は彼に詰め寄ったが、月代くんは無表情に笑うばかりで、それ以上何も答えてくれなかった。


 ヤジ馬女子たちから、連日連昼連射される好奇の弾丸。

 校内の陰陽両サイドから、私の全身をサンドイッチする女の怨念。

 底の見えない月代蒼汰という男との、化かし合いのように無為なやり取り。


 平穏無事な高校生活を切に願う私にとって、それら『非日常』はあまりにも荷が重い。精神状態が限界突破していた私の口からは愚痴のヘドロが留まる様子を見せず、一手に引き受けてくれているヤエは、ヘドロをろ過して青汁に変換させる作業に躍起になっていた。



 喋り疲れた私はいよいよ口が渇いて呼吸がままならなくなり、私がふぅと一息吐いたタイミングで、ヤエが一つの疑念を呈示してきた。


「……あの、話を聞いていて、単純に一つ、疑問があるんですけど」

「……何」


 目に見えてガス欠を起こしていた私はその場にへたりこみ、そのままゴロンと地面の上に寝転がった。スマホのアシスタントAIさながらに抑揚のない声が、頭上に響いて。

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