5. ホント、恋愛って恐ろしいわ
私はたぶん、彼女に素の顔を晒してしまった。
油断しきっていたタイミング。核心にそっと触れられて、明確に動揺してしまった。
こうなってしまった以上、生半可な冗談は彼女にきっと通用しない。
……そんなコトはわかっている。それでも、私は――
「……別に、高校生の本文は勉強でしょ。恋愛にうつつを抜かしている暇なんかないって、それだけだよ」
「アカネ、二年生の時の学期末試験の学年順位、どれくらいでしたっけ?」
「……ま、真ん中から、ちょっと下くらい……」
「へぇ~っ、ちなみに私は、学年四位です」
「……うっせ、知ってるっつーの」
一見、いつもの私らの、他愛もないやり取り。
でも……、私はヤエと目を合わせるコトができなかったし、ヤエはまだ私のコトを、さっきみたいな真面目な顔で見つめているんだと思う。彼女は、化粧っ気の欠片もない干物女子高生という『私のペルソナ』を、『私の素顔』からゆっくりとはがそうとしている。
……さっき、告白された時と同じ。
圧倒的に無防備な私は、空間を時間が埋めるのをただ享受するくらいしか、やりようを持たなかった。
「まぁ、アカネが喋りたくないのなら、無理にとは言わないですけどね」
無色透明な彼女の掌が、私の仮面から離れて。
私はゆっくりと、ゆっくりと全身から力を抜いていった。
柴崎八重はそういう子だ。他人に興味がないように見えて、案外、人の本質をしっかりと見据えている。けれど決して、土足で心の中に踏み込んだりはしない。しゃがみこんで泣いている子供の腕を無理に引っ張り上げるのではなく、泣き止むまで傍にいて、背中をずっと撫でてやるのが、彼女の持つ優しさだった。
だから私は、ヤエのことが好きなんた。ヤエと一緒にいると、安心できるんだ。
――だからこそ私は、横目に映る彼女の表情が、少しだけ寂しそうに見えたような気がして、ズキリと心臓に痛みを覚えたんだ。
私は彼女に一言、「ごめんね」と小さな声で謝った。
ヤエはいつもの抑揚のない声で、「別に、いいですよ」と笑ってくれた。
「そろそろ戻ろっか」
ちょっとだけ重くなってしまった空気を断ち切るようにと、徐に立ち上がったのは私。購買パンが入っていたビニールを拾い上げて、スカートのポケットにつっこんで、少しだけ痺れた足でよろよろと入り口に向かう。――向かうも、私はとある事実に気づいて後ろを振り向いた。
ヤエがさっきと同じ位置、さっきと同じポーズ、体育座りをしたまま硬直している。
「……どしたん、授業、始まっちゃうよ」
私が声をかけるも、ヤエは動く気配を見せない。……もしかして、さっきの彼女の質問を私がはぐらかしたのを、実はまだ気にしているのだろうか。
一抹の不安が私の胸に広がって、私は彼女の名前を呼ぼうと再び口を開こうとして――
「もしも」
私よりも先に、声をあげたのはヤエだった。
彼女は伏せっていた目をグッと上げて、迷子の子供みたいな目つきで私を窺い見た。
「もしも告白してきた相手が、天津さんだったとしても……、『恋愛しない宣言』をしているアカネは、こ、断るんですか?」
ヤエは珍しく声を震わせていた。『その質問を私に投げかける』という行為は、おそらく彼女にとって、それなりに勇気が必要だったのだろう。
すべてを察した私の全身から一抹の不安が抜け落ちていった。
思わず「なんだ、そういうコトか」とこぼしそうになるのをグッとこらえ、私は私ができる限り、最大限茶目っ気のある表情を作って彼女に声を返した。
「うん、断るよ。アイツのコト、そういう目で見たコトないし。親友の恋路を邪魔する趣味もないし、ね」
「――ッ! なっ……、わ、私は別に、そういう意図で聞いたワケでは……」
バネが壊れたオモチャのように勢いよく立ち上がったヤエの顔面は、和人形からゆでダコに成り下がっていた。全力の赤面の披露している彼女の頭上からは、あまつさえ蒸気が発している。……ナニコレ、おもろっ。
ヤエがバグり気味なのは誰の目から見ても瞭然で、しかし私は構うものかと、「いいから、もう行くよ」とスタスタと一人入り口に向かう。ヤエが私の背後ろで、「ま、待ちなさい! まだ、私の申し開きが――」とか喚いている事案については、華麗にスルーした。
……まぁ、あの『ヤエ』でさえ、この体たらくになっちゃうもんだから……。ホント、恋愛って恐ろしいわ。
『人を好きになる』って感覚、私にはやっぱり、一生わかる気がしない。
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