反撃の猫娘

 突然彼女は深く息を吐き、深呼吸を始めた。


 桑藤さんが何でそんなに息切れしてるのか、少し不安になった。


 体が弱かったりしないかな?


 大丈夫かな?


海人「桑藤さん?」


 もう一度大きく深呼吸をする桑藤さん。


 そして


桑藤「おねが・・・」


 小さい声で何か言ってる。


 何だろう?


 顔を近づけてみる。


桑藤「トイ・・・」


 か細い。


 まだ囁きごっこしてるみたいに小さい。


海人「え?」


 もうちょっと近づいてみる。


桑藤「トイレに、行かせてください」


 あっ、トイレね、はいはい。


 何で敬語なのか・・・。


海人「あ、うん、今立つね」


 そいそいっと椅子から立ち上がり、桑藤さんのカバンを下ろす。


 そして桑藤さんへカバンを渡そうとした所、桑藤さんは受け取らずにそのまま中からハンドタオルを取り出し、またチャックを閉めた。


海人「あの、大丈夫?」


 俺が完全にクールダウンしてしまった。


 ヤバい、調子に乗り過ぎたかも。


桑藤「大丈夫、うん」


 全然大丈夫に見えないんだよなぁ。


 俺は部屋のドアを開け、桑藤さんを送り出す。


海人「・・・いってらっしゃい」


 口にハンドタオルを当て、ふらふらとトイレへ向かう桑藤さん。


 途中、壁に手を当てもたれているようにも見える仕草を取った。


 軽く焦ったが、その後はスタスタとトイレへ向かい曲がって行った。


 大丈夫かなマジで。


 ・・・怒らせちゃったかな?


 このまま帰ってこなかったりしないかな??


 でもカバンは部屋にあるしなぁ。


海人「あそうだ」


 カバンで思い出した。


 さっき斎藤さんのベル鳴ってたな。


 確認しよう。


 カラオケ屋さんの廊下から部屋に戻り、棚に置いてあるカバンからベルを取り出した。


海人「ふーっ」


 一息ついてみる。


 そしてベルの内容を確認


斎藤のベル「オオシマニツカマッタ」


 ・・・ご愁傷様です。


 そして、どうでもいいですゴメンナサイ。


 盛大にそれ所じゃないです、またドウゾ。


 電源を切って、カバンに放り投げる。


 


 一人の時間が流れる。




 遅い。


 戻ってくるのが遅い気がする。


 長い。


 そう感じるだけかもしれない。


 テーブルの上のカルピスは半分くらい氷が解けて、上部に水だけの層が見えている。


 大丈夫かな桑藤さん。


 ・・・遅い!


 部屋に一人でいてもつまらないので、いったん外に出てみる。


桑藤「あ」


 わーお。


 ドアの横に桑藤さんが居た。


海人「えっと、大丈夫?」


 一瞬時が止まったが、それを聞かなければならない気がしてすぐに答えた。


桑藤「うん・・・」


 ・・・流石に言葉は続かないか。


 なんて声かけよう。


 うーむ。


海人「取り敢えず、座りな?」


 また桑藤さんを招き入れる。


 すると彼女は目を合わせぬまま、ゆっくりと部屋に入って行く。


 んー、続行していい物かどうか・・・。


 桑藤さんは先ほどと同じ位置へちょこんと座り、カバンを膝の上へ乗せてる。


 あ、これ、帰るとか言われるやつなんじゃないの?


 しまったー、失敗したかー。


 THE・攻めすぎた!


桑藤「海人君」


 そう言われてすぐに座らなくてはいけない使命感にかられ、ソファーへ腰を下ろし彼女の方を向く。


海人「はいっ」


 すんませんヤリ過ぎましたゴメンナサイ。


 心の中で念仏のように唱え続ける。


 何言われんだろ、何言われんだろ、コワイコワイコワイコワイコワイ!!


桑藤「急にあんな事したら、ビックリします」


 解ってました! センセンシャル!!!!!!!


海人「出来心です」


 ワタシ、汗出てきました。


 でも、謝ってはいけない気がするので、あの呪文だけは唱えないようにする。


 ゴメンナサイだけは。


桑藤「聞きたい事があります」


 ヤメテ! 聞かないで!!


 許してオネガイ!!!!


海人「なんでございましょ」


 汗 ヤ バ イ 。


 これでは攻守交代ではないか。


 一方的な試合をするつもりが、今はこちらが拘束されている気分だ。


桑藤「海人君は、私の下の名前、知ってる?」


 ・・・へ?


海人「何で、そんな事聞くの・・・」


 うぉ、下の名前・・・さっきベル見てたのに!


 斎藤さんがくだらない情報よこすから!


 名前確認すんのわすれてたああああああ!!


桑藤「・・・ふーん」


 何ですかその「ふーん」は。


 ふーんは怖いですやめてください。


桑藤「私の下の名前って、そんな事なんだ」


 !!!!!!!!


 桑藤さんに・・・ヤバイ兵器を持たせたかもしれない。


海人「そんな事って、そう言う事じゃなくてですね」


 チクショオオオオオオオオオ!!


 やられた!


 たった一手で形勢逆転された!!


 こんなマヌケな話あるかい!?


 圧勝だったじゃないかさっきまで!!


 何が起きた、何でこうなってんだよ!


桑藤「私の下の名前、言ってみて」


 知らねえええええええええ!!!!


 って言うか、思い出せねええええええ!!!!


 そしてそれは絶対にマズいいいいいいいい!!!!


海人「下のお名前、教えてください」


 頭を・・・下げるしかない・・・。


 セ、センセンシャル・・・。


桑藤「ふーん」


 あっ! ヤメテッ! そんな風にいじめないでっ!!!


 痛い痛い痛い! ふーんは痛い!!


 ヤダヤダヤダもう、あーもうやだ。


 おかあちゃーん、俺お腹すいたー、あーもうお腹すいたー。


桑藤「下の名前も知らない女の子に、あんな事する人なんだ海人君は」


 ひいいいいいいいいいいっ!!


 ご勘弁くだしあ! くだしあああああ!!!


桑藤「理世」


 ・・・聞き覚えのある単語です。


海人「え?」


桑藤「下の名前」


 そうだ! それだ!!


 リヨチャン、そうだった!!


 チクショウ、思い出せていれば多少痛みを緩和できたのに・・・。


海人「二度と忘れません」


 お辞儀した。


 もうこれで、勘弁していただけないでしょうか・・・。


 すると桑藤さんは、猫が歩いてくるかのようなポーズで、右手と左手を交互にソファーへ下ろし、上半身を俺に近づけてくる。


 真 顔 で 。


桑藤「ふーん」


 こっ、このプレッシャーは・・・!


 仕返ししてる! 間違いない!!


 今度は俺が後ずさりする。


 だが相変わらずこの部屋は狭く、俺に逃げ場などない。


 「バタン!」


 桑藤さんの膝に乗っていたカバンが地面に落ちた。


 おや・・・右膝もソファーに乗せてる。


 桑藤さんが! キャットウーマンみたいになってるううううううう!


海人「くっ桑藤さん?」


 君はそんなポーズ取っちゃうような子じゃないでしょ?


 そんなはしたない・・・後ろから見られたらパンツまる見えだよ!?


 誰も居ないけど!!!!


 いやむしろ今は誰か居てオネガイ助けて!!


桑藤「下の名前で呼んでください」


 うわああああああああああああああ!


 きたああああああああああああああ!!


 これを喰らっていたのか桑藤さん!


 よく耐えましたねアナタ!!


海人「ぐ、んっ」


 ちっ、つば飲んだら変な音出た。


 は、恥ずかしいぜ・・・。


桑藤「早く」


 待って、お願い待って。


 それ以上近付かれたらワタシお漏らししちゃうかも。


海人「理世、っさん」


 おっさんみたいな言い方になっちゃったもんなーコンチクショウ!


 もういいでしょ? 許してオネガイシマス!!!!!!




桑藤「ダメだよ海人君、やり直しだよ」






助けてくれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!

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