ストーリー

西羽咲 花月

第1話

「文芸部やめちまえよ!」



怒鳴ると同時に、思いっきり机を蹴り上げた。



ガンッと大きな音がして、椅子に座っていた久林咲紀(ヒサバヤシ サキ)が、ビクリと体をこわばらせた。



文芸部の部室にいるのはあたしたち4人だけ。



先生の姿も他の生徒の姿もない。



やるなら、今だった。



「なにこの作品。ダッサ」



咲紀のメモ帳を見てそう言ったのは、同じ文芸部の堀口明日香(ホリグチ アスカ)だった。



明日香は丸い目元を細くして笑っている。



「返して!」



咲紀が明日香へ向けて手を伸ばす。



その隙をついてあたしは咲紀の座っている椅子を蹴とばした。



半分腰を浮かせている状態だった咲紀は、椅子もろとも横倒しに倒れる。



咲紀のポニーテールがほどけて、長い髪が床に広がった。



「まるでお化けじゃん」



あたしは咲紀を見下ろしてあざ笑う。



それでも、咲紀は床に尻餅をついたままあたしを睨み上げて来た。



「なによその目は」



咲紀はこのくらいのことじゃめげない。



それはわかっていた。



だからこそ、あたしたちは更にエスカレートしなければならない。



「生意気なんだけど」



あたしはそう言い、咲紀の髪の毛を踏みつけた。



艶やかな黒髪はあたしの上履によって汚れて行く。



咲紀は痛みに顔をしかめた。



「このネタ全然おもしろくないし」



小高美春(コダカ ミハル)がそう言って、明日香からメモ帳を受け取った。



「やめて……」



小説家志望にとってネタ帳は死ぬほど大切なものだ。



安易に人に触れられるのも、あたしは嫌だった。



「こんなもの、捨てちゃえ」



美春はそう言って咲紀のメモ帳をゴミ箱へと投げ入れた。



ボスッと鈍い音がして、咲紀が青ざめる。



「返して!」



そう言って立ち上がろうとするが、あたしが髪の毛を踏みつけているため咲紀は動けない。



「なんでこんなことするの!?」



咲紀は涙目になって懸命に叫ぶ。



なんでかって?



そんなの決まってる。



みんな焦っているのだ。



2年生に進級してから入部してきた咲紀に追い越されるかもしれないのだから。



咲紀は元々帰宅部で、小説を書いた経験もなかったらしい。



ただ読書が好きでよく図書室を利用していた。



その時、図書室の先生から文芸部に入部してみたらいいのにと声をかけられて、ここへやってきた。



ただの読書好きと、小説の書き方を学んでいるあたしたちとでは格が違う。



あたし達の方が上のはずだった。



それなのに、数か月前に開催された高校生向けの短編小説コンテストで、咲紀は入賞したのだ。



1年生の頃から頑張って書いて来たあたしたちは、1次審査を通りもしなかったのに。



結果がわかった時の咲紀の顔は今でも忘れられない。



頬を赤くして照れ笑いを浮かべ「こんなの偶然だよ」と、言ったのだ。



謙遜してそう言ったのは理解している。



だけど許せなかった。



あたしたちが毎日勉強して一生懸命書いた作品は箸にも棒にもかからなかったのに、どうしてこんなヤツの作品が入賞なんだ。



こんなの間違っている。



そう思ったんだ。



「ゴミをゴミ箱に捨てて何が悪いの?」



あたしは咲紀を見下ろしてそう言った。



「あんたがやってることはただのお遊びなんでしょ? あたしたちは違う。本気でプロを目指してるんだから」



「あたしだって、今は――!」



「冗談言わないでよね!」



咲紀の言葉を遮ってそう言ったのは美春だった。



「あたしたちは1年生の頃からずっと一緒に頑張ってきたの。途中から入って来て結果出したからって、調子に乗らないでよ」



美春は小柄でフワリとした雰囲気で、とても女の子らしい子だ。



男子生徒たちにも人気がある。



でも、咲紀を前にするとどこまでも豹変してしまう。



「そんな……」



「あたしたちとあんたじゃ違う」



明日香がそう言い、机の上にあった咲紀のシャーペンをわざと床に落として、踏みつけた。



パキッと音がしてシャーペンにヒビが入る。



「ねぇ、お願いだから部活やめてよ。あんたがいると空気悪くなるんだよね」



あたしはそう言い、咲紀の隣にしゃがみ込んだ。



必死で涙をこらえているけれど、もう少しで零れ落ちてしまいそうだ。



「部活を辞めたって、あたしはあんたたちと同じコンテストに投稿する。それであたしがまた入賞すれば、それはもう偶然じゃなくて実力でしょ!?」



咲紀の言葉にあたしは驚いて目を見開いた。



ここまでされても、まだそんなことを言う元気が残っていたなんて……。

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