日常3 まひろの羞恥心はどこかへ旅に出てる

 二十分後。


 ピンポーン


 インターホンが鳴り、備え付けのカメラで外の様子を見る。


 お、黒服のお姉さんがいるの。


 どうやら、女になったから、女性職員が来たらしい。


 もしやこれ、女から男に変わった場合は、男性職員が来たのかの?


 まあ、いいじゃろ。


「それじゃ、儂はちょっと行ってくるぞ」

「おう、いってらー」

「いってらっしゃい」

「うむ。昼は、昨日の夕飯のカレーが残っておるので、それを食べてよいぞ」

「お、マジか。そいつはありがてぇ」

「ご相伴に預からせてもらいます」

「うむ。ではな」


 肩掛けカバンを持って、玄関へ。


 鍵を開けてドアを開けると、


「初めまして、厚生労働省 TSF課の猪瓦と申します。桜花まひろさんでしょうか?」


 カメラ越しで見たお姉さんがいた。


 おー、キャリアウーマンみたいな風貌じゃな。


 ビシッとスーツで決めて、背筋もピンと伸びておる。


 ……疲れないのかの?


「うむ……じゃなかった。はい、そうです」


 おっと、普段の口調ではなく敬語でな。


 さすがに、目上の人に対してはまずそうじゃしな。


「あ、自然体で大丈夫ですよ。気楽に。普段通りの口調で問題ありません」


 おっと、そう言われれば、無理に敬語を使う必要はないな。


「うむ、それは助かるのじゃ」

「あら、お爺さんみたいな口調なんですね」

「祖父が大好きだったもので」

「そうですか。……では、参りましょうか。こちらへ」

「うむ」


 猪瓦さんに促され、家の前に止まっていた車に乗り込む。


 おー、ドラマとかアニメでしか見ないような、黒塗りの車じゃ。


「一応、スモークガラスになっておりますので、顔は見られないかと思いますよ」

「それは法的に大丈夫なのか?」

「問題ありません。これは、発症者の方のプライバシーを守るためでもありますので。『TSF症候群』を発症した方は、何かと目立ちますから。特に、近所で発症者が出たと知られれば、野次馬根性丸出しで見に来ることでしょう」

「それはたしかに嫌じゃな」


 世にも珍しい病じゃから、興味は尽きない、そう言うことじゃな。


 たしかに、原因不明とはいえ、体の構造が根本的に変わってしまうと考えたら、不思議な病気じゃからな。


 儂だって、少しは興味を持っておったし。


「それでは、出発しますよ。シートベルトはしっかりつけてくださいね」

「うむ」


 車が動き出す。


 スモークガラスのせいで、意外と外は見えない。


 もしやこれ、調べる場所を隠す意味もあるのでは? などと一瞬考えてしまった。


 正直なところ、目立たせないようにするためとはいえ、ここまで透明度の低いガラスを車に付けたりするかの?


 まあ、珍しすぎる病気じゃから、色々と考えてのことかもな。


 どうでもいいや。


「まひろさんは、最初から髪が長ったのですか?」

「む? まあ、男の時から腰元くらいまではあったぞ」

「あー、なるほど。それで……」

「何かあるのかの?」

「実はですね、『TSF症候群』を発症させた時って、別に髪の毛とかはそこまで伸びたりしないんですよね」

「そうなのか?」

「ええ。いくら性別が変わったとは言っても、さすがに髪が急激に伸びる、なんて普通はあり得ませんから。まあ、数センチほどは伸びるみたいですね」

「ほぉ、そういう特徴もあるんじゃな」


 面白い。


 てっきり、創作物のように髪とか伸びるものだとばかり……。


 しかし、そうなるとちと気になるな。


「たしかこの病は『理想の異性になる』というものではなかったか? なのに、なぜ髪の毛が伸びんのじゃ? ロングヘアーが好きな者もおるだろう?」

「まひろさんの言う通り、そう言う方もいます。ですが、髪の毛はそこまで伸びないんですよ。伸びない代わりに、伸びるスピードが速いんですが」

「なるほど。そっちなのか」

「ええ、そっちなんです。ですが、まひろさんのように最初から髪が長かったら、そこまで変化することもないですよ」

「ほほう……」


 つまり、儂の場合はめんどくさがりが功を奏した、というわけか。


 ……いや、功を奏したかと言われれば、違う気がする。


 単純に、めんどくさがりだっただけじゃからな。うん。


「ですが、なぜ伸ばしていたんです? 男性の方で伸ばす人って何かしらの理由がありそうではありますが……」

「単純に、髪を切るのが面倒だっただけじゃ」

「え、そんな理由なんですか?」

「そんな理由じゃ」

「はー、なるほどー、そう言う人もいるんですねぇ」


 人それぞれ、ということじゃな。


 儂はただのめんどくさがりじゃが。


「そう言えば、あとどれぐらいで目的地に着くんじゃ?」

「そうですね……ざっと三十分程度です。まひろさんが住んでいた場所からはやや遠い位置ですから」

「そうなのか」

「はい。ですので、もしあれでしたら眠っていても構いませんよ。着いたら起こしますから」

「それは助かる。ならば、そうさせてもらおう」

「はい。あ、近くに毛布もあるのでお使いください」

「……至れり尽くせりじゃな」

「まあ、仕事ですので」


 どういう仕事じゃ。


 ただ、毛布があるのはありがたいのう。


 しかも、体が縮んだおかげでなんか寝やすいのう。


 それじゃま、おやすみなさい。


「zzz……」

「寝るの早いなー、まひろさん」



「まひろさん。まひろさん。着きましたよ」

「んむぅ……くっ、ふぁぁぁぁぁ……なんじゃ、もう着いたのか……」

「ええ、思いの外車どおりが少なかったもので。さ、こちらですよ」

「うむぅ……」


 眠い目をこすりながら、車を降りる。


 目の前には病院……らしき建物が。

 病院というより、会社みたいな外見じゃな、ここ。


「どうしました?」

「あ、いや、なんでもない」

「そうですか。では、行きましょう。もうすでに、検査の準備は整っていますので」


 早。


 電話してから、まだ五十分程度なんじゃが……。


 いや、それだけあれば十分、なのか?


 ともあれ、さっさと検査を終わらせて、帰らないとな。寝たいし。



 建物内に入ると、とある部屋に連れてこられた。


 中に入って座って待つように、と言われたので適当に座る。


 手持ち無沙汰ではあったが、さすがにこういう場所でスマホをいじるのはどうかと思ったので、適当に足をぷらぷらさせていた。


 ……うむ。小さくなっておるなぁ。


 小学生くらい、か。


 ふっ……なんてこったい。


 これから、どうするかねぇ……。


 なんて考えていると、一人の白衣を着た女性が入ってきた。


「すまない、待たせたか?」


 そう言いながら入ってきたのは、かなりの美人な女性だった。


 ふむ……でかいの、主に胸が。


 Yシャツにタイトスカートに白衣。あと、タイツも履いておる。


 エロいお姉さん、みたいな印象を受けるのう。


「あ、いえ。全然」

「そうか。ならいい。……さて、初めまして、桜花まひろ君? いや、今はちゃんの方がいいのか?」

「いえ、好きに呼んでください」

「そうか。助かる。あぁ、自己紹介をしないとな。……私は、『TSF症候群』の研究、並びに『TSF症候群』専門の医師をさせてもらっている、神祥子かみしょうこだ。よろしくな」

「……え、神?」

「あぁ、神だが? ちなみに、漢字は普通に神様の『神』だ」


 ……何かで見たことはあったが、マジでいたんじゃな、神という名字の人物。


「私のことは……まあ、神さんでも神様でもなんでもいい。呼び捨ても可。ああ、もっと踏み込んだ関係になりたいと言うのならば、祥子さんでも、祥子ちゃんで構わないぞ?」

「いえ、大丈夫です」

「つれないな。……あぁ、敬語はいらないからな。普段通りでいい。その方が、正確なデータが採れる」


 ふっと笑みを浮かべて、神は手元の書類を見る。


 敬語がいらないのは助かる。


 ここの者は、おおらかなのじゃな。


「さて、さっさと終わらせたいと思っていることだろうし、検査と行こうか。まずは、簡単な触診などだな。ほれ、服を脱いでくれ」

「む? 脱ぐのか?」

「ああ。ちなみに、全部な。ああ、安心するといい。ここには監視カメラ何てものは無いから。まあ、恥ずかしいというのなら、下着以外だけで――」

「ほれ、脱いだぞ」


 言い終える前に服を全部脱いだ。


「……君は、羞恥心というものは無いのか?」


 すると、『マジかこいつ』みたいな顔をしながら、そんなことを訊かれた。


「いやなに。早く終わらせて、さっさと帰りたいからの」


 睡眠の前では、儂にとって羞恥心など塵芥同然じゃ。


 それに、今は女同士なわけじゃからな。儂としては、恥ずかしがる必要もあるまい。


 どうせ、新学期が始まれば、女子更衣室に行くことになるわけじゃからな。今の内に、慣れておくべきじゃろう。


「……大物だな、君」

「ふっ、褒めるでない」

「………………まあいい。ちょっとこっちに来てくれ。軽く触診させてもらうから」

「うむ」


 とことこと神に近づく。


 すると、首にかけていた聴診器を付け、儂の胸や腹部などに当てて来た。


「ふむ……心臓は正常。そのほかも特に問題なし。次は、体か」


 そう言って、神は儂の顔やら肩、腕、胸、腹部、足などを触ってきた。


 む、なんじゃろう。ちょっと、変な気分がするぞ。


「股間部は……まあ、見ればわかるし、スルーで行こう」

「なんじゃ、触らないのか?」

「……本当に、君の羞恥心はどこへ行ったんだい?」

「さぁの。そこら辺を旅しているのではないか?」

「……まあ構わないが。普通、こう言うのは恥ずかしがるはずなんだが……」


 困ったような表情を浮かべながら呟く神。


 そんなものは知らん。


 儂は儂じゃ。


 とはいえ、儂とて見知らぬ男の前で裸になれるか、と訊かれればほんの僅かに微妙ではあるがな。まあ、できないことはない……というか、できるな。と言っても、露出狂の気はないので、やる気はないが。


「まあ、触った感じ、肌の質感や胸の膨らみ方、全体的に丸みを帯びた体を見る限り、間違いなく女だ。生物学上でもな。股間については、見ればわかる」

「ははは。本当に女になってしまうとはな。不思議な病じゃ」

「……君、なんでそんなに爺くさいんだい? 口調が」


 今日で二回目じゃぞ、その質問。


 まあ、答えることは変わらんが。


「祖父が好きだっただけじゃ」

「……そうか。さて、まひろ君。とりあえず、これに着替えてくれ」

「これは……あれじゃな、患者衣と言う奴じゃな」

「あぁそうだ。骨格とか調べないといけないからな。まあ、その前にDNAを採らせてくれ」

「何をすれば?」

「唾液で構わない。とりあえず、これに唾液を垂らしてくれ」


 ペトリ皿を渡されたので、それに唾液を垂らした。


 む、こっちの方が微妙に恥ずかしい気がするのはなぜじゃ?


「これでよいか?」

「あぁ、ありがとう。……先に健康診断からした方が早い、か。順番は何でもいいからな。よし、まひろ君。移動するぞ」

「うむ、了解した」

「こっちだ、ついてきてくれ」


 言われて、儂は神の後をついて行く。


 すると、いかにも健康診断をする場所、みたいな部屋に到着した。


「身長、体重、それから、一応スリーサイズと、血液検査をする。問題はないかな?」

「うむ、問題なしじゃ」


 そんなわけで、健康診断。というか、身体測定がメイン、と言ったところかの?


「身長は136センチで、体重は36キロ。バストは……76で、ウエストは49。ヒップ59……地味にスタイルいいのね」

「そうかの? たしかに、胸は揉めるくらいの大きさはあるが……」


 実際はよくわからぬ。


 平均とかにも、興味はないからな。


「まあ、身長や体重は平均的な小学三、四年生と言ったところか」

「むぅ、随分と小さくなってしまったものじゃ。まあ、小さい方が、ある意味便利かもしれぬな」

「おや、どうしてだ?」

「いやなに、寝る時に縮こまって寝れるし、何より狭い場所でも問題なく寝れそうじゃからな。あと、布団にはみ出ることもなさそうじゃし」

「もしかして君、全てが睡眠基準だったりするのかな?」

「もちろんじゃ。睡眠こそ、最大の娯楽だと思っておる」

「あー、こりゃ筋金入りだ」


 早いとこ済ませて寝たいものじゃ。


「じゃあ、採血するぞ」

「うむ。ばっちこいじゃ」

「ちくっとするけど、我慢してね」


 などと言いながら、注射器の針を刺してくるが……む? 意外と痛くない。


 まあ、腕がいいということじゃな、神の。


「よし、回収。……そんじゃ、次はMRIとレントゲンね」

「うむ」


 これは、長くなりそうじゃのう……。

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