第三話「好青年の顔をした怪物」

「さてと」


 2人の人間を殺害したスクイは大した感慨もなさそうに、慣れた手つきで2人の持ち物を物色する。強盗の話の通り彼らの持ち物からは大金と、強盗計画のメモ書きがいくつかあった。

 メモ書きを見るに2人の強盗は一般家庭からのものでなく、2人の与していた犯罪集団によるものだったらしい。およそ綿密とはいえない計画が書かれていたが、結果として成功していることを考えれば身内の監視には甘かったのかもしれない。


 スクイはメモ書きを戻し、金や幾つかの持ち物のみ手にしてその場を去った。死を信奉する彼であるが死者の持ち物を奪うことは冒涜と考えないようである。死と死者は別物と考えているのか、死からの恵みと捉えているのか、理屈はともかく彼は召喚前から殺した人間の荷物を漁ることは珍しくなかった。


 立ち去ると彼はまた宿屋を通り大通りの方に向かう。元よりそのつもりだったがこの一件で懐が潤ったため彼の中の選択肢はいくつか広がっていた。少なくとも急いで路銀を稼ぐ必要はなくなったことは間違いない。宿屋で看板で見た宿泊の金額を考えるに、数年は働かなくても良い金額だったのだ。宿屋の自分の部屋に金のほとんどを置き、いくらか持って大通りに向かった。


 大通りは裏路地まで声が聞こえるだけあって活気に溢れていた。さすが大都市というべきか、道は人で溢れかえっており、そこらに出店が並んでいる。遠目に見るだけでもスクイには用途のわからないものがたくさんあった。

 とりあえずこの世界について知ることが先決と、出店の中で客足のない店を探す。比較的時間のあって話のできそうな店から話を聞こうと考えたのだ。大通りだけあってどの店も繁盛していたが、人のいない出店を見つけ足を運んだ


「お、いらっしゃい。珍しい人だね兄さん」


 出店の中には大量のナイフの類が飾られていた。種類は問わず、家庭で使えそうなほどありふれたものから効果のわからないような特殊な形状のものまで幅広い。逆に一般的な剣や槍といったものはなく、他には精々投げ道具や籠手といったナイフと併用できるものがいくつかあるのみであった。値段も幅広く、子供でも買えそうな金額から、数年暮らせるはずのスクイの所持金でも足りないものも数点見受けられる。


 人の少なさに目を向けたスクイであったがこの品揃えにはナイフ使いとして感嘆するものがあった。スクイは頑なに今のナイフ以外を使わずに今まで生きてきたため経験以上にナイフに詳しいわけではなかったが、これほどの種類を見るのは転移前でもなかったのだ。


「格好もそうだけどその年でナイフに興味があるとはね。いい趣味じゃないか」


 品揃えに身を見張るスクイを見て店主は満足げに笑う。体型はでっぷりしており、笑うと腹の当たった机がカタカタと鳴り、汚く抜けのある歯が見える。


「護身用にもっておくのもいいかと思いまして。座っても?」


 何食わぬ顔で嘘をつき人好きのする笑みを向けるスクイに、店主は快く席を促した。危険で悪いものという偏見すらあるナイフ売り場でこういった普通の客の相手は店主自身嫌いではなかったのだ。店の場所こそ大通りであるが脛に傷のあるものを相手にすることの多い商売としては珍しいタイプの客だと、そこまで思ってから自分の考えが全く違っていると気づき、ゾッとする。


「ああ、座ってくれ。ただ嘘はよくねえな兄さん」


 店主は小声で座ったスクイに話しかけた。


「見えるところに傷もねえし雰囲気も一般人にしか見えねえが、ナイフ使いは手に出るもんだ。あんたの手の形、普通じゃねえな。起きてる間ずっとナイフと共にあったような、もしかして今も持っているのか?」


 店主がゾッとしたのはナイフを持っていることではない。この店主はナイフというメインにするにはニッチな売り物をしているだけあって、その道には商人としてもある程度の使い手としても自信があった。ナイフを持てば重心が変わる。歩き方も変わるし、持ち主の意識がナイフにいく以上どこか仕草も違うのだ。


 しかし目の前の男は何も変わらなかった。歩き方、所作、視線や仕草、雰囲気に至るまで、今どころかこれまで一度も武器など手に取ったことのない人間に見えた。しかし手、その手を見て違いにゾッとしたのだ。ずっとナイフを握ってきたものの特徴的な筋肉のつき方。こればかりは手を出している以上誤魔化しきれない。そしてその手は雄弁に、彼が歴戦のナイフ使いであることを告げていた。

 そのギャップ、街中に好青年の顔をした怪物が潜んでいる。そこに気づいて店主は今まで見てきたどんな悪党とも違う気味の悪さを感じ取ったのだ。


 スクイは店主の言葉に少し困った顔をしながら、手を振った。気づかれてしまいましたねと、一見悪戯のバレた程度の反応をする。普段はこうならないため手袋をするものだが、スクイもこの世界を甘く見ていたと感じていた。ナイフ店に入るなら気付かれてもおかしくはなかったし、そうであれば手袋の一つ購入してからくるべきだったと思う。


「いや、兄さんマジで何者だ?そこらの悪人とは事情も生き方も違うみたいだが、にしても兄さんみたいなやつは初めて見るぜ。やべえ貴族だったりするのか?」


 店主はお喋りでないはずの自分の口が止まらないことに気づく。悪人の多い商売、客に詮索は他以上に厳禁である。見た目に踊らされたもののよく考えれば自分の発言は目の前の怪物を起こすことになりかねないと感じていた。


 それと同時にもっと話をしたいとも感じさせられる、魅力。既に店主の目には目の前の男が単なる優男になど見えてはいなかったが、ナイフを商売とするものとして惹かれずにはいられない何かを感じ取っていた。


「そんな大それた身分ではありませんよ。何分流浪の身でして、この街にも着いたばかりなんです。どんな店があるのかと寄るうちに少し覚えのあるナイフが売ってたから顔出しついでに話でも聞こうかとね」


 軽く話をするが店主はそれも嘘だと気づく。スクイの服装は転移前のものであったが、汚れや傷は消え新品同然になっていた。その服装は明らかにこの街で売っているものではなかったし、他の町から着てきたにしては綺麗すぎた。


 だがこれに関しては本気で騙そうと考えてないことも店主は理解していた。つまりスクイは話せないことがあるから察せと暗に告げたのだ。店主の好奇心は彼の出自に向いているわけではない。むしろ彼の意図を理解できたことにどこか喜んでいる自分に気づいた。


「わかったよ。なんの話が聞きたい?」


「この店の話から聞きたいですね。ナイフ専門というのは大通りを見る限りここだけでしょう?珍しい商売だと思いまして」


「ま、それもそうだ。この通り大して人も入らないしな」


 だが需要はある。と店主は続け、テーブルの下から巻きタバコのようなものを手に取った。吸いはしなかったがそれを弄ぶようにしながら話を続ける。


「俺は元々真っ当な身分じゃなくてな。人に言えねえ組織にもいたんだが、馬も合わねえで抜けちまったんだ。綺麗事で生きていけるほど恵まれてもなかったがあんまり悪事向きの性格でもなかったみたいでな。ただナイフは好きだったから商売を始めたんだがそれもうまいこといかず、ってなったときに抜けた組織から話が来たんだ」


 店主は話ながらなぜ自分がこんな人に言えない話をあってすぐの男にしているのかと思ったが、そのときにはもうそこに疑問は挟めなかった。


「ナイフを売るなら組織に流してほしいってな。勝手知った俺と商売する方が安心だって話だが、要は何かあったときに切り捨てやすいってだけだろうよ。とはいえ組織の名前と払いの良さは当時の俺にはありがたくてな。今でも贔屓しされながら、こんなとこに店も出せてあんたみたいな人にも売れるようになったってわけさ」


 結局ナイフの需要は悪人に高い。モンスターと戦うのであればナイフはあまりに心許ないが、人間を殺すのに大袈裟な武器はいらない。むしろ大きな武器ほど隠しにくい。今では大通りに出店を出して、生活品や護身用として買ってもらえるようにもなったが、初めからというわけにもいかなかったらしい。


「ま、下手の横好きもここまでこれたって話さ。それより兄さん、よかったらナイフ見せてくれねえか?兄さんみたいな人がどんなナイフ使ってんのか気になるんだ」


「ええ、構いませんが……」


「ああ、もちろんわかってる」


 ちらりと周りを見るスクイに店主は手にしていた巻きタバコを1本手渡した。スクイは疑問を感じさせない手つきでそれをもらうと、あとで吸いますと言い懐にしまった。


「夜には出店はやってねえ。あとこれもやるよ」


 そういうと店主は黒い手袋を出してきた。薄手でナイフを使うに問題なく、普段つけていても違和感の保たれにくいデザイン。暗殺に最も適したものだった。


「一点ものですか?」


「おいおいバカにするんじゃねえ。俺のツテで作った正真正銘の一点ものに決まってるだろ」


 暗殺用の手袋は多い。しかし量産されていればいかに質素なデザインでも暗殺用のそれと悟られかねない。そうなればその筋のものには素性も感づかれてしまう。

 この手の商品はナイフ使いに適せば適すほど普段つけるわけにはいかなくなるものだが、この手袋はその点のバランスがうまいとスクイは感じていた。明らかな良品である。


「ありがとうございます。また一服したらお礼しにきますね」


「おう。楽しみにしてるぜ」


 その言葉を聞いてスクイは立ち上がり、次の場所へと向かった。

 とある住所の書かれた紙を書いた煙草を持って。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る