邪教徒召喚 ー死を信奉する狂信者は異世界に来てもやっぱり異端ー

ふましー

第1章 異世界学習編

第一話「不本意な異世界召喚」

 男が気づくとそこは真っ暗な部屋だった。否、部屋ではない。上にも横にも光を阻むものは何1つなく、正しく形容するならそこは真っ暗な空間、あるいは世界だったと言うべきだろう。


 男は何かに座っているようだが、その何かは見えず、また首も手も指一本すら動かすことはできなかった。


 もっとも男には動こうとするそぶりすらなかった。目は閉じられており、表情も穏やかでどこか安心したように、現状を満喫しているようにただ時が流れるのを味わっていた。


「初めまして」


 そんな声がしたかと思うと、光のないはずの世界で目に見える人物が男の眼前に現れた。

 上質なシルクを思わせる真っ白な髪、陶器のような肌、そして宝石のような真っ赤な目。人間の理想の女性を作ればこうなると言わんばかりの女性が、そこにはいた。


 ただ一点、理想の人間を作るのであれば存在し得ないもの、四枚の大きな羽が彼女の体の側面にまで纏わりつくかのように生えていた。


 まるで、いや比喩でなく天使だと、例え神秘が排除された現代の人間が見ても確信する存在。一般人が見ればほとんどの人間は見惚れ、あるいは怯えるであろう完全な美を前に男はゆっくりと目を開けた。


 しかし男はその女性を見るや否や凄まじい形相で吠えようとした。まるで口輪をつけられ拘束された犬のように、言葉は叫びにしかならず、全身は動かなかったが、それでも本能的怒りを感じさせる慟哭が2人しかいない世界に響き渡った。


「怒っているということは気づいているんですね。貴方は先程死んだはずだということに」


 女性は現れた時から変わらぬ笑顔で慟哭に返答する。


「貴方の肉体的データと魂、その他いくつかは死の直前にこの世界に転送されました。ここは死後の世界でも救済の世でもない単なる終わった世界」


 そう言って女性は男の目の前まで歩を進める。

 たとえ指一本動かせないとわかっていても、人を殺せるのではないかというほどの怒気を孕んだ視線を向ける男に、まるで怯んだ様子はない。

 

「死を信奉する貴方からすればこの上ない冒涜でしょうけど、この転送は貴方が死ぬ前から決まっていたことなんですよ。そしてここは単なる中間地点。今から貴方をとある世界に転送します」

 

「そこは貴方の世界とは遥かに異なる異世界。魔物が跋扈し、魔王が侵略を行い、剣と魔法で対抗するそんな世界に貴方はとある使命を持って行くことになります。私たちからの望みはただひとつ、貴方は転送されその世界で」


 女性は耳元まで近づき、囁くように言う。


「貴方の生きたいように生きて欲しいのです」


 すっと、男から距離をとる。言うべきことは言ったと言わんばかりに2、3歩後退した。男は声を上げることも、飛びかかろうと力むこともやめていたが、それでも目線は依然として殺意を持って女性に向けられていた。


 女性は少し目を細めて男を見ると、軽く指を鳴らす。

 男はその瞬間自分の口が動くことに気づき、少しの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。

 

「あなたがたはなにもわかっていない」


 先程の形相とは一転して、男は穏やかに、親しみすら覚えるトーンでただ一言そう呟いた。

 同時に男の姿はこの世界から消えた。転送が行われたのだろう。残された女性はそれを確認し、ぽつりと呟いた。


「あなたがた……?」


 同時に女性の周りに別の女性が2人現れた。今来たのではない。説明を1人に任せたため、音と姿を消しその場で行く末を見届けていたのである。


 やはり只者ではない。3人がそう確信するのに十分な1言に彼女らは満足するように再び姿を消した。


 彼がやがて、世界を救うと感じながら。

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