第18話 「男の人同士って、どうして好きになるの?」

 早起きをしてキッチンに立っていると、リビングの人影に気づいた。

 千秋であればすぐに手より口が先に出るのは分かっている。それがないということは、同居人ではない。

 大地はあえて知らないふりを決め込み、キャベツを切り始めた。

「……おはよ」

「おはよう。ベッドが変わってよく眠れなかったでしょ?」

 珍しいことに、美里から話しかけてきた。

「普通に眠れた」

「そっか。朝から焼きそばはいける? 紅野家では、焼きそばとか、カレー食べるんでしょ」

「もう、そんなことまで話してるの?」

「なんでも知りたいからね」

「ちょっと質問があるんだけど」

「なに?」

「男の人同士って、どうして好きになるの? どうしてお兄ちゃんだったの?」

 真剣な物言いに対抗すべく、包丁を置いた。

「好きになるのは、恋愛対象が男性だからとしか答えられない。 千秋さんだったのは、僕が好きになったから猛アタックしたんだ」

「お兄ちゃんと同じことを言うんだ。お兄ちゃんも自分から好きになったって言ってたし」

 そういえば、出会ってから怒濤の流れでお互いにいつ好きになったのかなど話したことはない。SNSで身体の関係から始まり、お互いにほぼ素性を知らないで重ねてきた。ストーカー事件では友を頼り助けてくれ、彼の実家へ行った。

「裕樹さんのこと、話してごめん。少なくとも、あなたの前で言うべきことじゃなかった。いろいろあって、イライラしてて……」

「別に大丈夫だよ。早かれ遅かれ、知ったと思うし」

 気を使ったわけではなく、事実だ。ふとした流れで昔話を話したりもする。隠されるよりはいい。

「それと……その」

「なに? なんでも言ってよ」

「態度、悪くてごめん。泊めてくれたのに」

「ううん、いつでも泊まりにおいで。もちろん、ちゃんと親に話してからね。ここだとお兄ちゃんがいつでもいるし、絶対に歓迎してくれる」

 それから、美里は焼きそば作りを手伝ってくれた。

 料理は手伝っているらしく、包丁を扱う手も慣れている。

 元々美里は素直な性格で、一度心を開けば、いろんな話をしてくれた。家族は好きだが家を出たいこと、ひとりになりたくてもなれないこと、特に後者は切実なのか、昨日の夜も含め聞いたのは二回目だ。

 千秋が起きてきた。美里がいるからか、髭も剃りスウェットからジーンズとシャツというラフな格好になっている。

 三人で食卓を囲み、焼きそばを食べた。昨日と打って変わって美里の軟化した態度に何か言いたげたが、余計に口を挟まずに頷いている。

 昼になる前に、父が迎えにきた。怒鳴り声が響き唖然としていると、間に千秋が入る。

「美里は無事だった。今はそれでいいだろう? 父さんが怒る前に俺たちで散々叱ったから、これ以上怒ると美里が可哀想だ」

 父はまだ物足りなそうな顔をするが、千秋にたしなめられて押し黙った。

「大地君も申し訳ない。ご迷惑をかけすぎた」

「いいえ、また遊びにきてと約束しましたから。いつでも来て下さい」

 これには千秋も怪訝な顔をする。二人で内緒の話をしたのは秘密だ。

 見えなくなるまで二人を見送り、マンションに戻った。

 千秋は聞きたそうだが、気づかないふりをしてだんまりを決め込んだ。

「コーヒーでも飲まないか? 甘いものが食べたい」

「あ、じゃあ入れるね」

 再びキッチンに立つと、リビングで千秋はビニール袋をあさっている。

 顔を覗かせると、見覚えのあるものがテーブルに並べられていた。

「どういうこと?」

「北海道の土産。お前には馴染みのあるものばかりだろうが、俺にはないんだ」

 有名なチョコレート菓子や、ジャム、チーズ、バターだ。

「出張って北海道だったの?」

「すまん。嘘ついた。実はお前のご両親に会いに行ってきてな」

「ええ?」

 とんでもない声が出てしまった。

「しかも一日泊めてくれた。優しいご両親じゃないか」

「ごめん」

「なんで謝る?」

「いい顔しなかったでしょう?」

「そんなことはないぞ。ちらし寿司をごちそうになった。しかもケーキまで買ってくれてな」

「僕が戻ったときより豪勢なんだけど」

 いまいち納得がいかない。

「啖呵を切って北海道から出ていった息子の心配ばかりだった。最後はよろしくお願いします、だってさ」

「嘘だ」

「嘘じゃない」

「僕に気を使わないでよ」

「ああ、もう」

 無理やりキスをされた。歯磨き粉の味がする、爽やかなキスだ。断じて焼きそばではない。

「息子の幸せを願っていたよ。伝えられなかったことを後悔してた。東京の大学を通うって言ったときも、側から離れるショックでうまく言えなかったんだそうだ。俺くらい家族が多ければ家を出ろなんて簡単に言えるだろうが、いつか離れるときが来ると分かっていても、一人息子だと寂しい思いは捨てきれないんだとさ」

「じゃあ、反対してたわけじゃないんだ」

「ああ。そもそも反対してたら、俺が会いに行っても北海道から出ていけって言ってもおかしくない。結婚式でおめでとうと素直に言える自信がないってよ。これは相手の性別の問題じゃない。寂しすぎて寝込むとも本気で言っていて、逆に俺が心配した」

「言葉が足りなかったのかな……」

「だな。お前から聞いた印象とはだいぶかけ離れている。女性が好きじゃないのかと聞いたのも、マイノリティーな道を行くと助けてくれる人も少なくなる。恋人と喧嘩して友達に相談できるか? 事情を説明すれは、きっとさらに傷つく羽目になる。それを心配していた。幸せを望んでいるが、幸せなら誰と一緒になろうが構わないってわけじゃない」

「あとで、親と電話するよ。それでも女性は好きにはなれないし、千秋さんとの未来を望むって」

「それを聞いて安心した」

 両親からしたら、同性愛の世界は分からないのだ。二人は異性愛を貫いて結婚したのだから当然である。

 感じたことのない世界は怖い。それは誰だってそうだ。

「僕も親の考えを受け入れなければいけないね」

「ああ。俺たちより生きてるんだ。一般的な生き方と違うとしんどいのは、経験から学んだものだ。だから助言も心配もする。むしろ外に放り出した俺の親が珍しいだけだぞ」

 千秋は口角を上げ、覆い被さってきた。ソファーが軋み、ふたり分の体重のせいで深く身体が沈んでいく。

 目を瞑る前に湯気の立つコーヒーが見えたが、すべてを終えた頃にはひんやりしているだろう。

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