第12話 「………………は?」

「とりあえずアンタの住所も教えてくれ。家に行ってつけ回されていないか確認する」

「そんな、そこまでしてもらう理由がないです」

「金は千秋持ちだから気にするな」

「千秋さんから出してもらう理由もないです」

「あいつが俺に染谷君を頼むって言ってきたんだ。一応、探偵の経験もあるから任せてくれ」

 大地は本当にいいのかと目で訴えながら、住所も記した。

「学校は休めるか?」

「休みたくないです。勉強遅れるし」

「たった数日だ。お前の家の回りの安全を確認できるまでの間。実家かどこかに身を潜める」

「実家は北海道なんです」

「宿泊代がタダにする裏技がある。それか、俺の家に泊まるか。どっちがいい?」

「あなたの家には泊まれません」

「賢明だね。男の家にホイホイついていこうとするなよ。裏技の話だが、ちょっとお使いを頼みたいんだ」

 厚みのない茶封筒を渡された。

「中は開けずに、これをそこに書いてある住所に届けてほしい」

「ここって?」

「民宿だ。ここに行けばタダで泊めてくれる」

 住所は東京となっているが、電車と船を使わなければいけない孤島だ。

「電波とか通ってます?」

「通ってる。がっつり田舎だけどな。たまには綺麗な空気でも吸って羽を伸ばしてこい。その間にお前の家や学校の回りを調べておく」

「すみません、何から何まで……」

「元探偵としてはな、目の前をうろちょろされる方が迷惑なんだ」

 保坂からの行為は有り難く受け取ることにした。

 茶封筒を大切にしまい、大地は保坂に何度もお礼を言った。

 羽田空港まで送ってもらい、途中で数日分の着替えを購入する。

 空港から飛行機で別の島へ行き、さらにそこから船かヘリだ。直行便はなく、空か海を通って島に向かう。

 船に乗り換えてからはおよそ二時間揺られ、ようやく目的の島に到着した。

 北海道は都会と田舎が融合しているが、ここは完全な田舎だ。土と自然の香りで満たされている。

 冬の荒波が崖に激突するたび、潮の香りがより強くなる。海に囲まれた北海道でも見られなかった光景だ。

 木々は葉をつけているが、くすんだ色で冬の季節を感じさせる。風が吹くたびに同じ方向へ揺れ、乾いた音が鳴った。

「すみません、この住所ってどこか分かりますか?」

「ここからまっすぐ行って、海沿いの赤い屋根の家だよ」

「ありがとうございます」

「レンタカーを借りた方がいいね。ちょっと離れてるし」

 住所から家を割り出すのは難しい。よほど有名な家か、人工が少なくて自然と覚えてしまうのか。

「車の免許ないんです」

「あらま。それなら待って」

 女性が誰かを呼ぶ。裏から作業着を着た男性が出てきた。

「坊ちゃんとこの家に行きたいらしいのよ」

「それなら乗ってくか?」

「いいんですか?」

「通り道なんだよ」

「ありがとうございます」

 優しさに甘えることにした。男性は話し好きで、どこから来ただの、出身はどこだのとにかく聞きたがった。北海道だと話せば、そんな遠くから来る人は久しぶりだと言う。

「星空が綺麗ですね。東京だと星なんてほとんど見えないんです」

「この星を見に来る人も珍しくないんだよ。さあ、ここだ」

 十分ほどで着いた。平屋の家で、庭には畑が広がっている。夏ならば、もっと緑で満たされているだろう。

 男性にお礼を言うと、車は引き返していった。通り道というのは嘘の優しさだった。

 年季の入った建物でありカーテンの隙間から明かりが漏れていた。

「……本当に民宿?」

 恐る恐るチャイムを押すと、中からどたばたと激しい足音と共に子供の笑い声もする。

 引き戸が開いた。

「……………………」

「……………………」

「………………は?」

「………………え?」

 上背のある男性。眼鏡をかけ、だぼついた黒のスウェットを着ている。

 いつものスーツやかちっとした私服とは違う、完全プライベート姿に大地はついていけなかった。

「おにいちゃん、だれ?」

 鼻水を垂らした子供は、男性のスウェットを掴み大地を見上げる。

「あ、あの……」

「お前っ……なんでここに」

「民宿だって聞いて……保坂さんに……」

「…………あいつ」

「千秋さん……ですよね?」

「違う人違いだ」

「この人、ちあきだよ」

 鼻水の子供は無邪気に残酷な言葉を口にする。

「にいちゃん、ともだち?」

「いや、その……まあ、そんなとこ」

「千秋さんの子供?」

「ちあきにいちゃんだよ」

 なかなかに利発な子だ。

「弟。年の離れた」

「妹もいるって言ってませんでした……?」

 中から少女が顔を覗かせている。

「美里はあいつ。はあ……なんでここに」

「歓迎されてないみたい……」

「そういう問題じゃないだろ。……とりあえず中に入れ」

「いいんですか?」

「追い出せると思うか?」

「……お邪魔します」

 玄関は子供の靴だらけだ。隙間に脱ぐと、千秋は荷物を持ってくれた。

「あら、どなた?」

「友達。わざわざ会いに来てくれたんだ。な?」

 話を合わせろと、小さな脅迫をされた。大地は何度も頷き、母親らしき人に自己紹介をする。

「お茶入れるわねえ。リビングでゆっくりしててね」

 早歩きで行こうとしていた千秋は止まり、仕方ないとJターンをする。

「部屋に行こうとしてました?」

「母さん、今日、こいつ泊めるから」

「はあーい。夕食は食べた?」

「いえ……まだ……」

「おでんだけど好き?」

「はい」

「ちょっと待っててね」

「ありがとうございます」

 パタパタとスリッパの音が遠くなる。

「……………………」

「……すみません」

「謝る理由なんかないだろ。夕食はおでんと白いご飯っていう最悪のコンボだ。よかったな」

「好きですよ」

「あれは酒が一番合う」

「何人兄弟なんですか?」

「八人」

「そんなに?」

「他はもう寝てる。朝起きたらもみくちゃにされるから覚悟しておけ。子供が苦手なお前には天国の民宿だ」

 リビングは子供のおもちゃでいっぱいだった。子供向けのアニメのものや、変身グッズなど山盛りだ。

 千秋の母は、おでんとご飯、漬け物を用意してくれた。味がよく染みていて、身体がとても温まる。

「千秋がいつもお世話になっています。わがままで大変でしょう?」

「僕の方こそいつも千秋さんにご迷惑をかけてばかりで……」

「母さん、もうそれくらいにしてくれ」

 母親と千秋はあまり似ていなかった。目元や髪質、鼻など一部を取っても似ている要素があまりない。

「美里ちゃん、こんばんは」

 勇気を出して声をかけてみた。美里は不機嫌そうに寝る、と一言だけ告げ、リビングから出ていってしまった。

「あの子ね、千秋のことが大好きなのよ。家にいないとしょっちゅう電話をかけているみたいだし、寂しくて仕方ないのね」

「こんなかっこいいお兄さんがいたら、自慢や嫉妬もしたくなります」

「食ったら部屋に行くぞ。こいつは俺の部屋に泊めるから」

「はいはい。布団はお客さん用のものでも出して」

「ああ」

 鼻水の少年はついて来ようとするが、千秋に言いくるめられる。しまいには泣き出す始末で、あやす姿も様になっている。仲がいいのだろう。

 千秋の部屋に入ったとたん、後ろから抱きしめられ、無理やり顎を持ち上げられた。

 荒々しいキスに、首に腕を回して無我夢中で答えた。

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