悪い子にはエッチなお仕置きを!

文嶌のと

本編

悪い子にはエッチなお仕置きを! 前編

「あっ、風紀委員長おはよう」


 眼鏡をくいと上げながら廊下を歩けば生徒たちが声を掛けてくれる。これは俺の日頃の成果の賜物というものだ。

 それは少し言い過ぎた。

 元々この学園は規律に厳しく、俺のような風紀委員が躍起にならなくとも風紀は整っていた。皆一様に整えられた頭髪や制服を前にして『今日も平和だ』と感じていた。


 あるひとりを除いては――。


 俺の心を読み取ったのかと思うほど絶妙なタイミングで彼女は現れた。


「おい、たちばな! またそんな恰好で」


 俺が声を掛けると気だるげにこちらを振り向いた。

 棒付きのキャンディーに手を添えて立つ彼女。

 指定された膝下から随分高い位置に合わせたスカート丈に、着崩されたネクタイの近くで胸元が顔を覗かせる。肩ほどの髪は金髪で、両耳にはシルバーのピアス。

 歩くだけで風紀を乱す存在である。


「なんだ、委員長か」


 興味なさそうに視線を外す彼女に、


「何度言ったら分かるんだ! キミの恰好は風紀を乱しているんだ! 周りを見てみろ」

「はいはい」


 周りに向けた指先には目もくれず、彼女は教室に入っていった。


 いつもこうだ。

 委員会の他の案件は完璧にこなし、教員生徒の多くから指示されている俺が唯一手を焼いていること、それが橘問題だ。


 ゲーム機を持参して教室内で遊ぶ橘に「こら、やめないか!」と注意をすれば「レア、ゲット!」などとガッツポーズを見せて無視してくる。

 屋上で、どうみてもアレなものを吸っているところを発見し、「橘! 犯罪だぞ! 自主しろ」と怒鳴ってやれば「あ、コレそれっぽいチョコだから」と嘲笑ってきた。


 何をしても負け続ける。

 あんな女に、この俺が……。

 そう考えただけで煮えたぎる思いだった。




 そんなある日の放課後。

 生徒会長への橘問題進捗説明に時間を要し、午後六時を過ぎた頃。

 あまり生徒が足を運ばない旧校舎への廊下に進む橘を見た。

 手には大きな白い袋を引っ提げていた。


 どう考えても怪しい様子に、後をつけてみることにした。


 橘は歩きながらしきりに周りを気にしている。俺の予想は当たっているらしいな。

 ほぼ百パーセント黒を確信した俺は隠れながら尾行を続ける。


 すると、最奥左手の教室に橘が入っていくのが見えた。橘自身で電気を点けたところを見ると他にひとは居ないようだ。

 一体ひとりで何をするつもりなのか……。


 身体を屈めてそろりと扉に近づき、少しだけ開けた隙間から中の様子を見やると、長机の椅子にひとり座ってゲーム機をピコピコしている橘がいた。ご丁寧に用意されたお菓子やジュースを飲みながら。

 学校を娯楽施設と勘違いしているらしい。


 怒りを覚えた俺は勢いよく扉を開けた。


「橘! こんなところで何してる!」

「うわ! 委員長じゃん」


 珍しく焦りの色を橘が見せた。まさかと思える俺の行動に動揺しているようだ。


「こんなところで油を売ってないで早く帰るんだ」

「まあまあ委員長。ジュースでもどう?」


 一向に帰ろうともせず、教室奥の棚に置かれた白い袋の方へ歩いていく橘。


「いらん! こんなものは早くオフにして――」

「ちょっとストップ! まだセーブしてないから!」


 急いで振り返った橘が掌をこちらに向けて制止してくる。


「仕方ない。早くセーブしろ」

「まあまあ。先にジュースでしょ? 今入れるから座ってて」


 ここで反論してもイタチごっこだと思い、渋々近くにあった椅子に腰掛けた。

 焦ってはいけない。じっくり話せば橘だって分かってくれる。


「はいどーぞ」


 棚から戻ってきた橘が紙コップを長机――俺の前に置いた。


 その時、橘のスカートのポケットから妙なものが落ちた。


「おっと」


 長細い袋。珈琲シュガーの小さい版のような何か。

 床には少し白い粉が見える。


 絶望しか感じ得ないその光景を目の当たりにした俺は、橘がしゃがんで拾っている間に、ゲーム機横の紙コップとすり替えた。


 気づかずに立ちあがった橘はにこやかな表情で俺の向かいに腰を下ろした。


「それじゃカンパーイ」

「あ、あぁ……」


 俺が飲んだことを確認してから一気に飲み干していく橘。

 元凶は橘だが、とてつもない罪悪感が押し寄せる。

 一体なんの薬なのか……。


「ゲーム、ゲーム」

「おい、まだ帰らないのか?」


 何食わぬ顔でゲーム機を手にした橘が不敵に口角を緩ませて、


「もうちょっとだけ。十分くらい」


 今の一言で、薬が効き始める時間が把握できた。


「なあ橘。そろそろ更生してくれないか? 生徒会長からも急かされているんだ」

「考えとくー。よっと、セーブ終わり」


 無事にセーブを終えたのか電源を切って机にゲーム機を置く。

 そして、じーっと俺のことを眺めてきた。


「……なんだ?」

「別にー」


 この時、薬を飲んで五分が経過していた。


 それからほんの少し経った頃、異変が起こり始める。


「あれ? おっかしーな?」


 徐々に瞼が重くなっていく橘。しきりに目を擦っている。

 罪悪感に耐えかねた俺はここでようやく事情を説明する。


「あのな橘。さっきのジュースだが、ちょっと言い辛いんだが……その……すり替えたんだ」

「嘘っ!」


 半分ほどしか開かない瞼を必死に開いて立ちあがる橘。


「すまん」

「うそ……っ。マズいって……」

「マズいってどういうことだ!? 何の薬なんだ!?」

「そ……れは……」


 再び椅子に座った瞬間、橘は机に突っ伏した。どうやら眠ったらしい。

 この様子から察するに睡眠薬の類だろう。

 そんなものを用意しているとは……。恐ろしい女だ。


 気になった俺は立ちあがり、奥の棚へと移動した。

 白い袋の中にある箱に気づき、取り出してみる。『即効性睡眠薬!』と銘打たれた医薬品だった。よく見ると右下に副作用少なめと書かれている。護身用に購入したにしては思いやりが感じられる。

 奇妙な女だ。


 しかし、いつ起きるのだろうか。

 時間はもうすぐ午後六時半。午後八時には門が施錠されるため橘をこのままにしておくわけにはいかない。規律にうるさい本学は当然学園内宿泊は許可されていない。閉門までは警備員が巡回しているからここへも誰かしらが来るだろう。


 いや、待てよ。


 その誰かしらに助けてもらおうと思ったが、この状況はどう見てもこちらが加害者のように映るのではなかろうか。

 絶望感に苛まれた俺は、教室内を見渡す。

 巡回さえ回避できれば、あとは閉門した門をふたりで飛び越えれば生還できる。そのための策は、道具は、何か……。


 棚と反対の角にあるロッカーに目が留まる。

 教室にあるロッカーよりも一回り大きなソレには美術道具とロープなどが入れられていた。


「そうか! 気づかなかった。ここは元美術部室か。今年度から部室移動に伴い、空き部屋になると生徒会長が言ってたな」


 急に記憶が蘇り、独り言を大きな声で発してしまった。

 よく見れば壁には絵具の飛び跡などがある。間違いない。


 部屋の端には使わなくなった机が数多あり、その下に身を潜めれば俺は巡回を逃れられるが、眠っている橘は丸見えだ。

 こんな教室にひとりで居るのは不審だと感じれば隈なく探され俺までバレる。


 ロッカーの中に椅子ごと入るだろうことを察知した俺は、中の荷物をすべて出す。

 その後、眠っている橘を椅子ごと担ぎ上げて運ぶ。

 まるで死体を運んでいるかのような罪悪感を覚えるとともに、持ちあげた時の軽さに『あぁ、橘も女の子なんだな』と感じた。

 ゲーム機とお菓子、それにジュースなどを白い袋に戻して橘の椅子の下に忍ばせ、ほんの少しだけ隙間を空けるようにロッカーの戸を閉めた。


 部屋の電気を消したとき、遠くの方から光の線がゆらついてきた。

 巡回が来たと感じた俺は急いで雑多な机の角隅へ身を潜める。


 コツコツと足音が鳴り、光の線が教室内をちらちらさせる。


「誰もいませんかー?」


 年配男の声が響く。

 しばらくの沈黙の中、どうかバレませんようにと神にすがる思いだった。


「誰もいませんねーっと」


 そう言い残し、扉を閉めて男は去っていった。

 静まり返る部屋のせいで、自らの心臓の音が鼓膜を伝ってくるようだった。




 難を乗り越え、橘を所定の位置に戻し、ひとり考える。

 二度は巡回には来ない。午後八時の閉門後、学園には俺と橘ふたりきりになる。俺はどうしても橘を更生させなければならない。

 そんな考えの中、ロッカーの中にあったロープと筆を思いだした。


 昔妹と見た子供向けアニメの中でこんなシーンがあった。

 悪いことをした悪魔ちゃんが天使ちゃんと揉めるシーンだ。

 どうしても改心しない悪魔ちゃんに対して天使ちゃんが下した制裁は確か……こちょこちょの刑だ。

 魔法で身動きを封じられた悪魔ちゃんはくすぐり棒で足や首などを攻められ、笑い死にそうになって観念したのだ。


 そのシーンを再現すれば橘に勝てるんじゃないだろうか。


 その妙案に俺の心は躍っていた。

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