第24話 三つの願い

 城の砦付近や外で屯していたヘルメスの兵士達の姿が見えなくなっており、全員城の中に突入した様子が伺える。城内ではまだ剣を交える音が微かに聞こえる。そして、最後に残った者達を集めると、国王自ら王室の中に火を放った。


 ライテシア城からはいくつもの火柱が上がり始めていた。その炎を見たメデサが悔し涙を浮かべていた。


 「畜生! ライテシアが陥ちた」

 「あたい、この国が一番好きだったのに……」


 メデサが、炎の上がるライテシア城を見て悲痛の表情を見せる。ルイーズも城から目を逸らし俯いて感情を抑え込むような表情をした。辛かったのであろう。


 だが、メデサには、更に気ががりな事があった。フレイアだ。何度か声を掛けているのだが、それに反応を示さない。自棄を起こしかねない状況に目が離せない存在となっていた。その理由の1つとしては、やはり願いの水晶を持っていると云うのがあったからだ。


 フレイアの心の中でずっと、いくつかの葛藤があったのは確かだ。それは…… 神に仕える者として己のなすべきこと、願いの水晶を持つ者として己のなすべきこと、今のこの状況を神から与えられた試練だと捉えると、必然と答えが出て来るのである。



 ……ここは、覚悟を決めねばなりませんね……


 燃え盛るライテシア城と、ザ-ルの街中を逃げ惑う人々の姿が彼女の目に焼け付いて離れない。フレイアは懐から水晶を取り出し暫く眺めていた。そして、目を瞑ると、顔の前で十字を切る。そして、言葉を続けた……


 「願いの水晶……」

 「……汝(ナンジ)の力、誠ならば、我は願う……」


 ルイーズとメデサがとっさに顔を見合わせて驚いた。メデサの眉が逆ハの字に吊り上がったと思うと、フレイアの両肩を掴んて揺さぶった。水晶の伝説は、フレイアには言っている筈である。


 「ちょっと! あんた!」


 「1つ、ザ-ルで逃げ惑いし全ての人々を救い給わんことを……」

 「2つ、我、ライテシア王家の存続を願わん……」

 「そして……最後に願うは……」


 「ちょっと! 馬鹿な事をやめなっ!」


 「最後に……最後に……願うは……」

 「ここにいる、少年クムの御霊(ミタマ)をこの世に戻し給え……」


 パァーンッッ!!


 次の瞬間、フレイアの頬をメデサの右平手打ちが飛んだ。突然の事に、目を白黒させ唖然とするフレイアにメデサは繰り返す。


 「ダメなんだ……願いの水晶では人を蘇らないんだよ……」


 メデサはフレイアの両肩ポンポン叩くと泣きながらにフレイアに云い聞かせていた。メデサの平手打ちはかなり強かったため、フレイアの唇から血がツーっと流れるが、フレイアは拭おうともしない。


 「じっちゃんから聞いた話だ……願いの水晶は人を生き返せないの!」


 「うそ……メデサあなた願いが叶うって云ったじゃない……」

 「じ、じゃぁ……わたくしの願いはどうなるのです?……」


 「い、いやぁ……そこまでは……わかんないじゃん……」


 願いの水晶に願った事がある者なんて現世にはいない。3つの内2つ願うとどうなるかを試算しても誰にも分かりようが無いのだ。メデサはただただ困り果てていた。

 

 いずれにせよ、願い事を3つ唱えたフレイアはその結果を待つばかり、しかしながら、一向に事が起こらない様子に段々と意気消沈していく。願いが叶うと云うのはやはり、ただの迷信であったのか……と考え出すのであった。


 「な、何も起こらないのね……」


 フレイアは大きなため息をつくと、項垂れた。彼女の両目から溢れ出る涙が止まらない。やっとの事で、己の人生を捨てる重大決心をし、三つの願いを願ったこの思いがやるせなかったのだ。


 「アルマティアさん、わ、わたくし……」


 「あなたは、出来る事は全てやったわ……」

 「その努力はいずれ評価されるので」

 「その時を待ちましょう……」


 ルイーズがフレイアにそう云って送る笑みは、何故かフレイアに元気を与えてくれた。フレイアも少し笑顔を覗かせていたのだが……。


 丁度その頃から水晶に変化が見え始めていた。スカされたと思った願いの成就が始まったのだろうか、水晶の中から小さな白い光りがランダムに点滅し始めていた。その光の点滅は、少しずつ早く大きく成ると、ついには水晶から閃光が漏れ出し、水晶自体が発光を開始したのである。そして、遂には水晶はフレイアの胸元で投光器の光の如く強烈な輝きを始めた。


 フレイアの胸元から首飾りのチェーンがそっと浮き出すと、フレイアの首、髪、頭と順に徐々にすり抜けた。光源自体は眩しすぎて直視する事は出来ないのだが、水晶から首飾りのチェーンが垂れているのがはっきり見える。首飾りのチェーンはまだ水晶と繋がったままだ。上空に舞い上がると共に停止した。


 やがて、光が段々と弱まり完全に収束すると、2回の閃光後、粉々に砕け散った。それはあっと言う間に四方八方に広範囲に渡って散開した。砕けた水晶の破片が辺り一面に、静かに雪のように降ってくる。水晶の破片はそこでまた発光しだした。まるで、光る雪、いやスタ-ダストを見ているかの様な光景だ。



 ……なんと云う素晴らしい光景かしら……

 

 この光景に感動していたのは、フレイア、メデサ、ルイーズの3人だけではない、木陰に避難していた人々も、今までに見たことのない美しい光景に見惚れていた。やがてその光は残像をチラチラ残しながら、ゆっくりと姿を消して行ったが、人々は余韻で呆然と立ち竦んでいた。


 街は、今までの騒ぎが嘘の様に、静まり返っていた。街を逃げ惑う人々達は、我に返ると急に消え去った炎に仰天していた。やがて、笑みを浮かべ、大切な人の無事を確かめ、抱き合い、喜びを官能していたのであった。


 フレイアの願いを水晶が聞き入れたのであろうか? 果たして、叶った願いは1つなのか?2つなのか?それとも3つ?なのか……


 人々が感嘆している中、メデサがふと、フレイアの姿が見当たらない事に気付いたのである。その事をルイーズに耳打ちすると、木陰に避難していた人々をかき分けて探し出すルイーズ……

 

 ルイーズとメデサの2人がフレイアの姿を求め探し回ったのだが、その甲斐もなくとうとう見つける事は出来なかった。



           この世に、願いの水晶クリスタルあり。

           千年に一度、その姿と成してこの世に現れ、

           三つの願いを叶えると云う。

           その力……水晶に願いし者のみぞ知る。


           三つの願い叶えし時、水晶は再び姿を消し、

           千年の長き沈黙を守る。

           だが、願いし者の無き場合、

           永遠にその日を待つと云う。

      

           されど…… その願い、犠を伴う。

           水晶は、願いし者の光と英知を奪い、

           三度目の願いが叶えし時、ついには、

           願いし者を冥府・・へといざなう。



                  ― 第二章完 ―

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