第13話 精霊との出会い
ピチャッ……
「きゃっ!」
そこは、深い森の中であった。朝露がフレイアの頬に落ち、それに驚き、彼女は飛び起きていた。
森の中で野営するなど、不覚であった。隣に眠る少年が道に迷わなければ、ここで暖を取り、野宿する事はなかった筈である。とんだ頼もしい付き添い人に、フレイアは、何故か、笑みがこぼれる。無邪気なその寝顔は、どう見ても母に甘える子供ではないか……
「ふう、初日から野宿…… 先が思いやられます……」
まだ、日は明け始めて間がないようだ、森は霧が立ち込め白んでいた。ふと胸元の水晶が気になり、そっと取り出し見つめてみる。何か不思議な気持ちになる。
「……願いの水晶かぁ……」
「……本当に願いが叶うのかしら……」
そんな事を呟きながら、水晶の妖しく美しい輝きを眺めていた。心が洗われると言うか、安らいだ気持ちになる。と同時に、何かを願ってみたいとも感じてしまうから不思議だ。
すると、彼女は身体に微妙な異変を感じるのであった。少し、疲れているのだろうか、激しい耳鳴りが続いていた。旅の疲れだろうか、と考えていた時である。
『……綺麗な水晶ですね……』
確かに、そう声を掛けられた。しかも女性の声であった。その声の主へと顔を向けようとするフレイア。しかし、何処にもその姿はみられない。あまりの驚きでキョロキョロする彼女に、再び声が掛かった。
『無駄です……わたくしは、別次元の生命体、今のあなたには見えぬでしょう』
その声の言葉に、フレイアは、ふと、ある言葉を思い出していた。万物に宿る
「あの、1つ質問をしていいかしら……?」
「……あなたは
『さあ、人間は、わたくし達を色々と勝手な呼び方をしますからね』
『……わたしは、空間を司る者です……』
その声は、少々笑みの入っている声にも取れた。フレイアは不思議そうな顔をしている。その顔に、回答を出す必要性があると感じたのか、少し困ったような口調で、言葉を続けた。
『では、あなた方が良く呼ぶ、”
『名は、ティアといいます……』
……精霊だ、精霊は本当に居たんだわ……
わたくしは、感極まって涙が出てきそうでした。まさか、こんな処で
幼い頃から聞かされた精霊の伝説……おとぎ話の中の世界だけだとわたくしは思っていました。しかも、憧れの
『わたしも、1つ尋ねてもよろしいかしら?』
『貴方はその願いの水晶に、何か願う事があるのかしら?』
「……そうね、叶うなら、三つと言わず、いっぱいあるわ……」
『え……? そ、そうなのですね……』
ティアの突然の問いに、フレイアは何も考えず思いのままに答えていた。それに対するティアの反応は何故か悲しげで、急激にトーンダウンしてしまいやがて沈黙してしまった。だが、フレイアはそれに気づかず、楽しく話しを続けていた。
「早く、立派な
「お腹いっぱいご馳走を食べたいし……旅の途中での雨は嫌だし……当然、野宿も嫌」
「クムには、もっと大人な考え方になって欲しいし……」
「それから……えーと、えーと……」
「あっ、そうそう、お風呂にも入りたいわ……」
このフレイアのの純真無垢な願いにティアは安心したのか、クスクス笑っている様子が伺えた。指を折り、あれもこれもと夢中で数える様に言うフレイア。ここでやっと気づき話を止めた。
『ウフフ……あなたには、また逢えそうです……』
『あの、小さな
『わたくし達を引き逢わせてくれました……良き友を持ちましたね……』
「何? クムの事?」
「……あ、あのっ……」
姿は見えないが、フレイアは追いかける動作をする自分に気づき我に返った。やがて、ティアの言葉を思い出し、クムを見つめる。いつの間にか、耳鳴りも止んでいた。
……クムが精霊と引き逢わせた?……
彼女は、クムがなぜそんな事をするのかと、不思議に思っていた。彼の寝顔を見ながら、有らぬ事に想像を膨らますフレイア。すると、それに気付く様に、クムが目を覚ました。その姿はまるで、闇から湧いて出た亡者の様で、眠そうに、ムックリと起きあがろうとする。
「ふぁーぁ……」
実に大きな欠伸だった。クムは上げた両手を更に伸ばし、伸びをしていた。その目に微かな涙を浮かべている。さっとその目を擦ると、フレイアの顔を伺っていた。
「……あ、……何か起った?」
「ねぇ、それって、どう言う事なの?」
「あ、ご、ごめん、じ、実はじいさんが、ここに連れて行けって……」
フレイアは腰に両手を当て問い詰めるような口調でクムに詰め寄った。クムは
「……ここは……『運命の森』なんだ」
「ここで起こる事には意味があるんだ」
「ほんとだよ!」
クムのその言葉に、フレイアの心が微かにどよめく。彼女の眼差しは、いつしか、クムに食い入っていた。クムの邪気の無いその瞳に、吸い込まれるような感じがする。フレイアは急に、何か重大な失敗をしたような焦りを見せそわそわし仕出す。
「クム……ちょっと聞いていいかしら……」
「実態を持たない精霊って……いるの?」
「う~ん、良く知らないけど、実態を持つ精霊の方が稀かもね……」
「……じゃぁ……わたくし、やはり精霊に会ったのね……また逢えそうって云ってたわ……」
フレイアはうわ言のように、唇を震わせて言った。まるで自分が何かを試されたのではないかと感じていた。途端に、試験前のような緊張感が今頃になって、彼女の全身を覆っていた。
そんな彼女とは対象的に、クムの顔がにわかに微笑んだ。それはやがて、満面の笑みへと変っていった。
「行こう! 水晶の導きだ……」
クムがフレイアの手を引き、森を出ようとする。まだ心の整理の付かぬフレイアは、ただそれに身を任すのみであった。
来る時には、あんなに迷った道のり……それは、心悪しき者を迷わす為の道のりであったのだろうか。森を出るのは一瞬に思われる程であった。風の精とは言え、空間を司ると言った言葉……なんだか分かる気がした。
人々に伝わる願いの
迷信や噂とは何時の時代もそうだが、都合の良い部分だけが独り歩きするのが常だ。願いの
されど……その願い、犠を伴う。
水晶は、願いし者の光と英知を奪い、
三度目の願いが叶えし時、ついには、
願いし者を冥府へと
金色の風が空を颯爽と吹き抜ける。ティアが空を駆けていた。それはフレイアとクムを追いかける様に……そして見守る様に……運命の森を出て次の街へ辿り着くまでの間続いた。
『若き僧侶よ、その水晶は使い方で魔の水晶にもなります……心して扱うのです……』
2人が街へ差し掛かったのを確認したティアは、悲しげに森へと帰って行った。城下の街、ザ-ルの街跡まであと4日の道のりだった。
- つづく -
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