第2話 俺の名

 そこには、粉々に砕け散ったダークトロールの破片が散らばる。闘いはあっと言う間に終わったが、女剣士は倒れたままだったので、それだけが気がかりだった。大丈夫なのか……


 「おい、しっかりしろ」


 俺が声を掛けると、その女剣士は気が付いたようで、頭を抱えながらゆっくりと起き上がってきた。殴られたショックはあるようだが、ま、なんとか無事で何よりだと俺は思った。


 「ありがとう、礼を言います……」

 「……これ、あなたが……? 大した腕ですね……」


 倒された物の惨状を見て、女剣士は感心も得心も同時にしたような顔で俺を眺めた。恐らく、どうやったらこんな状況になるのか、という目だった。俺はそっと手を差し伸べ、彼女が立ち上がるのを手助けした。


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 もう日は沈んでいた。村長が俺たちのために空き家の一軒を用意してくれていた。無事夕飯ゆうめしにもありつけ俺は村の子供たちと戯れていた。食後のちょっとした時間だ。

 食事は豪華ディナーではなかったが、うまくて空腹を満たせれば俺は満足だ、例えそれが貧祖な料理でもだ。


 すぐ横であの女剣士が村人達から傷の手当を受けていた。傷は頭部のあの一撃のみだったらしい。それを思うと剣士としては中級レベルなのだろうな。

 時折彼女と目が合うのだが、俺にはどう声をかけていいのか判らずにいた。まだお互いに自己紹介すらしていない、そのタイミングを見計っているのだがうまく掴めないでいた。


 そこへ入り口が開き、大老と思われし人物と村人たちが何名か現れた。「さあ、子供たちはもう戻って寝なさい」子供達を連れ出す大老は笑顔であった。一つ返事で出ていく子供達、先ほどまで賑やかだった部屋は途端に静かになった。 


 「さてと、剣士様、報酬の件なのですが……」


 大老の表情から笑顔が無くなり、金貨を3枚テーブルに並べた。部屋に居合わせた他の村人たちも、改まって姿勢を正し向き直した。


 「少なくて申し訳ないのじゃが、村で工面できたのはこれだけじゃ」


 女剣士はそこから1枚取るとあとの2枚を村長に突き返した。


 「これは、村の人達のために残してください。そしてこれは……」


 そう言って、女剣士は俺を見つめた。 


 「貴方あなたには、助けてもらって……改めてお礼を言います……これは貴方が受け取るべきね……」


 「折角だが……俺が必要なのは銅貨なので、不要だ…」


 俺は別に金貨が嫌いなんて訳ではないんだが、金銭目的と思われるのは心外であったのでそう言ったまでだ。現に報酬はうまい夕飯を食わせてもらった。彼女にはそれが見透かされていたのか、薄っすらと笑みを浮かべやがった。

 

 「そっかぁ……じゃぁ村長さん、これも返すわ……」


 「ほ、報酬はいらないのかね……」


 俺も、女剣士もそれに頷いた。そこから、女剣士の俺に対する態度が変貌したんだ……やっぱり、女って分からねぇ、苦手な生き物だ。

 彼女は、闘いの時結い上げていた髪は解き、少し茶色がかったブロンドの髪は背中まで垂らしていている。そして握手を求めるため右手を差し出し目の前に迫って来た。何度見ても細い腕だ、狭い肩幅、そして膨よかな胸……コッコホン、これは関係ない……

 しかし、その戦いっぷりを見ている俺としては本当にこいつがあの剣士なのかと思う。

 

 「私の名は、ルイーズ・アルマティアです。貴方あなたは?」


 「お、俺は……」

 「ガート……ガート・プルートンだ……」


 仕方なく、俺は名乗った。握手はしなかった……そう、俺は腕のアザよりもこっちの方が負い目を持ってる。名前なんかにこだわりはないのだが、やはり、周りのみんなは固まるよな。


 ……この国では名は運命を現すと信じられているんだ。まったく面倒くさい国だ。


 判ってる……俺は沈黙し、俯いて自分からは何一つ話さないようにした。重い雰囲気になるが皆が思っている事はだいたい察しがつくからな。テーブルの上のランプの灯し火が時おり揺れていた。長老はランプを挟んでテーブルの反対側に座ると、その上で手を組んだ。

 

 「プルートン……」

 「冥府の王プルートゥの意……」


 俺は面倒臭ささに大老を直視していなかった。他の村人からの視線もみな同じ感じだ。そりゃそうだろう、俺の名前が冥府の王で、どこの誰かも知れない、そのあまりの不吉さに不安を隠しきれるものではない。聞きたいことも山ほどあるだろう。拗ねた子供のように思われるかも知れないが、そっぽ向くしか無かった。

 

 「……例え、お主の名が冥府の王プルートゥであったとして……」

 「……この村を救ってもらったことには変わりない……」


 その言葉は思っていた言葉とは違っていたのだが、そのまま大老は黙ってしまった、やはり名前へのこだわりがそう簡単に消えるものではないという事だ。

 

 「なぜ、この村へ?」

 

 それを見かねてか、ルイーズが言葉をかけてくれた。俺への助け船のつもりだったのかは不明だが、彼女が完全に味方になったのでもなく、敵という訳でもない状態だ。それを考えると、回答には困ったものがあった。「……旅をしている……」と云ってはみたが、それをどう取られるかを心配した。

 

 「……彷徨い人レンジャー……?」

 

 彼女の返答は、そう思われても悪くないものだったので俺は頷いた。しかし、ただの風来坊なつもりはない。ルイーズに、ここ数日俺の身に起こっている変な女神様の幻覚?幻想?の話をしてみた…彼女は難しそうな顔をし腕を組んで軽く唸った。


 「……何のお告げかしら……その指さす方角はいつも同じ方角?」


 「ああ、決まって西を指す……」


 ルイーズに話したところで、この意味が解明されるとは思っていない。だが、何かヒントでもあればと思っていてのことだ。

 それを聞いていた大老は、何か思うところがあったようで、俺に話し出したのだ。


 「この村の西の森に精霊エルフの村があるが……」

 「……精霊エルフは光の一族じゃ、その女神様に纏わる話が聞けるやも知れぬ……」

 「明日、案内役を付けるゆえ、行ってはどうかの……」


 大老の案内との言葉に俺は快諾し、そして夜が明けるとその森へと案内してもらうことになったのだ。なんだか、ため息交じりで安心した自分がいた。これで何かヒントでも掴めればと思ったからだろうな。


 皆がそれぞれの家に帰った後、彼女ととある事で議論となった。悪は徹底的に抹殺する考えと、悪でも良心の残るものもいる派の考えだ。

 まぁ、お決まりといっていいほどの内容だな。でも、こういうと、悪は徹底的に抹殺派は俺で、悪でも良心の残る派はルイーズと考えるだろうが、驚いた事に実は逆だったのだ。


 「俺は、悪しき者にも改心の機会はあっていいと思うが……」


 「いいえ、悪しき者は徹底的殲滅させるべきよ!」

 「あなただって、あのダークトロールを木っ端微塵にしたじゃないの……」


 まぁそう言われると、確かにぐうの音も出ないのだが…でも俺の呪文ルーンで命を落としたものは発動確定コミットまでは、冥府を彷徨う。逆に言うと、発動取消ロールバック出来るんだぞ、と言いたいが……人前では呪文は使わない主義で、ここで反論しても仕方ない。


 「なんでそんなに、悪しきものを許せないのだ?」


 「私の家族は全員、その者達に殺されたのよ」


 何! 俺は絶句したのは云うまでもない。てっきり金儲けのために剣士をやっていると考えていたため、仇討かたきうちと聞いて言葉が返せない…


 「……アルマティア……君は、だから、剣士に……?」


 ルイーズは涙目でゆっくりと頷いた…


 ……とまぁ、討論の最後は以外な展開を見せ、当事者の俺も驚いている。結局はどちらが正しいかの判定は有耶無耶になってしまった。


 「もう夜も遅いわ、寝ましょう……」


 そう言われてもだ、さすがに夫婦、肉親でも無い者が男女一緒に寝るわけにはいかず、その日、ルイーズは部屋で、俺は納屋で休むことにした。


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 ……翌日……

 

 精霊エルフの村がある森に、ガートと村人達数人、そしてルイーズの姿があった。村と言っても家がある訳でもない、精霊は森そのものが家なのだから。薄暗い森の中は静まり帰り、沈黙を守ったまま何も起ころうとはしない。

 

 案内人の村人達が辺りを見渡たしている、道に迷った訳ではないのに何か様子が変だった。


 「風が消えた……やはり、シルフィ-ド(注1)も……」


 「精霊達はいなくなってしまったと言うのか……」


 戸惑う案内人の村人達を他所よそに、俺にも何か感じるものがあった。最初は後をつけられているのかと思ったが、実は何者かに周りを取り囲まれてしまっているようだった。

 森に入ってからずっと殺気を感じていて、その殺気のせいで虫唾が走り、背筋がゾクゾクする、その耐え難い不快感をこらえていたのだ。


 「でも、そう簡単に精霊達には逢えないんでしょ……」


 ルイーズの懇願するかのよう言葉には、何故か女性らしさを感じさせせられる。だからという訳ではないが、今、この状況下にいる者達は強者つわものばかりで彼女が太刀打ち出来る相手ではないと判断した。どうやって俺一人で戦おうかと思案中だった。

 とその時、背後の雑草の中でザザッ!と音がしたかと思うと何物かが飛び出して来た。事は始まった!


 「ぎゃあぁぁぁぁ!!」


 突然の叫び声と共に、村人が一人黒い影に包まれると、視界から消えた。そして、奥まった暗闇の森の中へと叫び声とともに遠のいて行った。




            - つづく -




(注1)シルフィ-ド : 風の精

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