『ダンジョン探索&謎解きファンタジー~空飛ぶ海賊船からの脱出』

さんぱち はじめ

第一章 生き残った兄弟

第1話「襲撃」

 嵐の夜、荒波の中を、帆船が進んでいた。大型の商船ルミエール号である。


 遠い異国の港を巡り、数多くの交易品を積んで、十三カ月に及ぶ航海を終えて、母港ラ・ブランシュへもどるところであった。


 月の光も届かない真っ暗な中、船尾の巨大なランタンが周囲を照らしている。その光を頼りに、船尾甲板で、船長が、数人の船乗りたちと船の進路を見守っていた。


 船の側面の屋根つきデッキでは、船乗りたちが、おのおの手持ちランタンをかかげて波を警戒している。前方の甲板でも、人があわただしく動いていた。


 大波にのまれぬように、進路を失わぬようにみな必死だった。

 そうしなければ、交易品を失うどころか命をも失いかねない。ただ、この外洋では、暗礁に乗り上げる心配もほかの船とぶつかる心配もなく、そのことだけは幸いであった。

 進行方向と左舷と右舷。注意を向けるのはそこだけだ。


 星も月もない夜は、空を見上げて船の位置を知ることはできない。だから空を見上げるものは、この船にはいなかった。


 よって、上空の黒い雲の中から突如として巨大な船底がクジラの腹のように現れたのを、船尾で指示を出す船長も、舵を切る操舵手も、甲板を動き回る船乗りたちも、だれ一人として気づかなかった。




「雨足が弱まりましたね。もうすぐ嵐を抜けるんでしょうか?」


 船乗りのひとりが、横にならぶ船長に言った。


「そうだな。だが、海はしばらく荒れる。気は抜くなよ」


 前方を見ながら、船長はそう返した。

 その時だった。船長の耳に、風を切る音が聞こえてきた。まるで大砲でも飛んでくるような大きな鈍い音。次に、巨大な綱がめいっぱいに引きのばされたような張りつめた音。それは、船尾の甲板にいるほかの船乗りにも聞こえていた。


 何事かと、みな、あたりを見回す。


「あれはなんだ?」


 最初に気づいたのは、左舷を警戒していた船乗りだった。

 なにかがこちらに近づいてくる。


「あっ!」


 その船乗りは短い悲鳴を上げた。

 巨大なフックだ。それが振り子のように、勢いよく船にぶつかってきたのだ。ガラスが割れる音が響く。


 船尾甲板にいる全員が、強い揺れとガラスの砕ける音で左を見やった。

 巨大なフックが、船尾楼せんびろう(船尾のガラス張り部分)の船長室の窓を割り、その天井に突き刺さっていた。

 

 船尾にいる人々の目の前に、そのフックを吊るしている巨大な綱がぶら下がっていて、それは空へと伸びていた。


「なんだ!?」


 綱の先をたどり空を見上げて、はじめて船長は気がついた。商船の真上に、巨大な船が浮かんでいるのだ。この船よりもはるかに大きな船だった。


 気を落ち着ける暇もなく、もう一本のフックが、船首左舷にも横殴りに叩きつけられた。

 前方の甲板にいたものたちも、事態に気づいてあわてている。


 ギリギリギリギリ──!!


 空から、綱が巻き上げられる不気味な音が降ってくる。商船が、ゆっくりと右に傾く。


 と同時に、しゅるしゅるしゅるっと、細いロープが何本も降ってきて、そのロープを、人影がすべるように降りてきた。


 人影は、傾いた左舷の手すりに足をつけると、手にしている銃で、次々と船乗りたちを襲いはじめた。


 海賊の襲撃だ。


 傾く甲板に手をつきながら船長は、やっとそのことに気づくのだった。


「船長……!」


 ふるえた部下の声が彼を呼ぶ。


 ロープを手にした海賊が、ゆうぜんと、巨大なランタンの上に立っていた。ボロボロに裂けたフードつきのマントに全身を包み、その顔はフードの奥に隠れている。


「君が船長かね?」


 そう言うと、腰から銃を抜き放つ。とても年季の入ったフリントロック式の銃だった。木製の銃身も真鍮しんちゅうでできた銃口や引き金も傷だらけだがよく手入れをされていた。


 その銃口が船長に向けられる。


「お前たちは、一体──!」

「ごきげんよう」


 それが、船長が銃声とともに耳にした最期の言葉であった。

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