第17話 豪遊に参る

 源之進が江戸で惰眠をむさぼる頃も、惣兵衛は野宿も厭わず奮闘していた。


 渡世人とせいにん風の男たちに銭を寄こせと脅されて、走って逃げたのは江戸の手前である。東海道の最後に程ヶ谷ほどがやで一夜を明かし、昼過ぎには江戸の町に到着したのだった。しかし、不思議と源之進と比べても、まだ余裕のある表情だ。


 「ここは江戸かいな?」


 立派な屋敷が立ち並んでいて、惣兵衛は京都に戻って来たかのような気分になった。しかし、店の看板に江戸と書かれている。

 街道の丘から眺めた時に、江戸の全貌は地平線に近いほど広大であった。どうやら洛中洛外のような区別はないと思われる。


 惣兵衛は京都を凌ぐようで悔しかったので目を伏せた。 


 「こりゃあ、嘘みたいな町や」


 しかし、江戸の発展には感心せざる得ない。


 町を散策するのは楽しいけれど、源之進に奉公話を断られていると思うと、角谷の店に出向くのも腰が引ける心持であった。屋敷のあるのは万町よろずという場所で、店は小間物問屋らしい。かんざしなど京都から仕入れの流れを作ったようで、それなりに繁盛しているとの話だ。

 

 「とりあえずは万町を探さなあかんわ…」


 覚悟が決まらないまま惣兵衛はとぼとぼと歩いて行ったのだが、それを獲物を見るような目で凝視する戯けの妖怪は、角谷に化けて堂々と歩み寄った。


 「おや?お前さんは京都の~」


 「…んっ?」


 後ろから声をかけられて、惣兵衛は自分を呼んでいるのだろうかと振り返る。


 「ああぁ…、んん?…長兵衛やないか!」


 惣兵衛は顔を見て驚き叫んだ。


 「そう言うお前は惣兵衛じゃないか、わしの顔を覚えておったか?」


 「そりゃ…、苦楽を共にした仲間を忘れるはずないやろう」


 「そうだったか?京都から遥々江戸までの長旅ご苦労だったな」


 「いやいや」


 予想もしない再会に惣兵衛は有頂天になった。なぜなら角谷の態度からは久方の顔合わせだと思われるからだ。どうやら化け妖怪は奉公話を勝手に断ってないようである。


 「どうだい江戸の町は立派だろう。積もる話もあると思うが、ひとまずは旅の疲れを癒したいはずだな。これから芸妓げいぎに参ろうと思うのだが、お前も一緒に行かぬか?」


 「なんと!それは遊郭で御座いますか?」


 惣兵衛は驚いてしまった。


 「もちろん遊郭の中にある。お前は確かもう元服げんぷく頃であろう。折角、江戸に来たのだから、わしの相手も兼ねて宴会を催そうではないか」


 「へえ…、んん?」


 惣兵衛の年齢は知っているはずだが、角谷の冗談かと思った。


 「旅の苦労話でも聞こうじゃないか?」


 「そうですか…」


 「ではでは、豪遊に参ろう」


 こう言われては惣兵衛としても、お供しないわけには行かないが、噂に名高い江戸の遊郭など奉公仲間に話せば皆が羨ましがるだろう。好奇心を膨らませながら惣兵衛はそのまま角谷に付いて行ったのだった。


 先達する源之進は飲み仲間を連れて意気揚々である。

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