3 自称・神からの天命

 



 ♦︎ ♦︎ ♦︎ ♦︎




 ──以上のような経緯により。


 刈磨かるま汰一たいちは昏倒し、謎の暗闇空間の中で目覚め……

 "神"を自称する軽薄そうな男と相見あいまみえたのだった。



 自称・神なピンク髪男は、汰一に手を差し伸べ、言う。




「その"厄"を引き寄せる体質を使って──神さまのたまごである"彩岐さいき蝶梨ちより"を護ってくれないか? 刈磨かるま汰一たいちクン」




 唐突に発せられた想い人の名に、汰一は目を見開く。


 彩岐蝶梨を、護る?

 神さまのたまご?


 間違いでなければそのように聞こえたが……聞き取ったままの言葉を考えても意味がわからない。

 第一、初対面であるはずのこの男が、何故自分の名前を知っている?

 何より、どうして彩岐蝶梨の名を挙げる……?



「……どういうことだよ?」



 汰一は、額から汗を流しながら聞き返す。

 自称・神は小さく笑うと、肩をすくめ、



「んー、何から話そうか……じゃあまず、この世のことわりについて説明していくね」



 そうして、まるで教師が生徒にいて聞かせるような口調で語り始めた。



「『輪廻りんね転生てんせい』って言葉は聞いたことあるかな? 死んだ後、別の命として生まれ変わるってヤツ。実際はキミたち此岸しがんの人間が考えているそれとは少し違うんだけど、魂ってのは本当に生と死を繰り返しているんだ」



 ……何だ何だ。犯罪の片棒を担がされると思ったら、宗教の勧誘だったのか?

 目の前の男への疑いをますます強めつつ、汰一は静かに続きを聞く。



「でね、人間は生きている間に"徳"っていう──良いおこないをした分のポイント、っていうのかな。そういうのを無意識の内に貯めているんだ。そのポイントは転生して別の命に生まれ変わっても繰り越される。そのポイントがいーっぱい貯まると、次死んだ時に"新しい神さま"として召し上げられるんだ。ボクらはその神さま候補の人間たちを"エンシ"と呼んでいる」

「……エンシ?」

「そ。どんな字を書くかはボクにもわからない。と書くのか、まりと書くのか、と書くのか……うんと昔に先輩方が決めた呼び名なんだけど、今さら『どう書くんですか?』なんて聞けなくてさぁ」

「…………」

「んで。キミのクラスメイトである彩岐さいき蝶梨ちよりは前世でかなりの"徳"を積んでいるから、この調子でいくと死後は神さまになれるんだ。それが、『神さまのたまご』っていう言葉の意味。ここまでオーケー?」



 そう言って、人さし指と親指で輪を作る自称・神。


『輪廻転生』だとか"徳"だとか、聞いたことのある言葉を並べてはいるが、「何とも胡散臭うさんくさい」というのが汰一の正直な感想だった。


 自称・神が続ける。



「実は今、ボクたち神さま業界は慢性的な人手不足に悩まされていてさぁ。だから新神しんじん候補である"エンシ"の命は積極的に護るようお達しが出ているの。"徳"が貯まり切る前に死んじゃったり、"徳"が減るようなことに巻き込まれたらまた来世まで待たなきゃいけないじゃん? 大変なのよ、神材じんざい確保っていうのも」



 と、今度は企業の人事課のようなことをのたまい始めるので、汰一はいよいよ口を挟むことにする。



「ちょっと待ってくれ。話を整理すると、彩岐蝶梨は神さま候補で、それを護るのが神──つまりあんたの仕事なんだよな? なら、どうして彩岐を護るって話になるんだ?」



 そう。わからないのはそこだった。

 仮に、このインチキ臭い男の空想じみた話が全て本当だったとして、"何故、自分なのか"という点がどうしても気になった。

 何せ……あの彩岐蝶梨に纏わる話なのだから。


 汰一の質問に、自称・神はゆるっと笑って、



「キミの言う通り、"エンシ"を護るのは地主神とこぬしのかみであるボクの仕事だ」

「とこぬしの、かみ?」

「土地に根ざした神のことだよ。八百万やおよろずって言うように神さまにもいろいろいて、それぞれに役割があるんだけど、その中でもボクは自分の管轄する地域を護る神なんだ」

「……神に管轄なんてあるのかよ」

「あるあるー。一人で全部見れるならこんなあちこちに神社建てる必要ないでしょ? どっかの国の神さまみたいに全知全能じゃないんだからさ」



 ……それは、もしかしなくても某神話のゼから始まる最高神のことを言っているのか?

 などと頭の隅で思うが、口には出さないまま続きを聞くことにする。



「ただし、ボクの管轄はこの神代町かみしろちょう界隈じゃなく、隣の柴崎町しばさきちょうなんだよね。実は少し前からこの神代町かみしろちょうを担当している神さまが行方不明になっちゃってさぁ。それでボクが柴崎町と兼任で神代町ここを任されてるってワケ」

「神が、行方不明?」

「そうなんだよー意味わかんないよね。ある日突然、気配ごとパッと消えちゃったの。完全にバックレだよ」

「……さっき人手不足とかって言っていたが、そういう失踪みたいなのはよくあることなのか?」

「んーそう頻繁に起こることではないかな。神が神でなくなるほとんどの原因は、"堕ちる"ことだから」

「……おちる、って……?」

「それはまた追々話すとして。とにかくね、ボクは今ホームである柴崎町と、アウェーである神代町を同時に護らなきゃいけなくて超忙しいの。そこで」



 びしっ。

 と、自称・神は汰一に人さし指を突き付けて、



「キミに、彩岐蝶梨を護るっていう仕事を手伝ってほしいワケ」



 そう、冒頭の言葉を繰り返すように言った。

 汰一は「はぁ?!」と声を上げ、即座に反論する。



「だからなんで俺なんだよ?! 他の神にヘルプ頼めばいいだろ!」

「無理だよー『ボク一人で頑張ります!』って言っちゃったんだもんー。あーあ、夏のボーナス上げたいからって見栄張るんじゃなかったなぁ」

「ボーナスってなんだよ?! 神ってそういうカンジなの?! 夢壊れるんだが!」

「失敗したら逆に評価下がるし、他にもやることいっぱいあるしさぁ。まじ煩労汚辱はんろうおじょく。だからお願いだよー、手伝って? キミのその"厄"を引きつける力はめちゃくちゃ便利なんだ」

「……それは、俺の運の悪さを言っているのか?」



 汰一の問いかけに、自称・神は「うん」と頷く。



「どういう因果かは知らないけど、キミは"厄"を呼び寄せてしまう体質みたいなんだ」

「その"厄"って……具体的には何なんだよ?」

「霊とか怨念とか、残留思念とかって云われているもの、かな。この世に強い未練を残して死ぬと、次の命に転生するまでの間、魂が"境界"を彷徨うことがあるんだ。生前の未練を晴らそうと悪さするやつもいるんだけど、キミはそういう魂の八つ当たりを受けやすいんだよね」

「八つ当たり?! 俺の不運って幽霊の八つ当たりだったのか?!」

「そだよ」



 腕を組みながら、さらりと答える自称・神。

 深刻な悩みであった不運体質の理由が判明し、汰一は複雑な心境に陥るが、目の前の男はお構いなしに続ける。



「そういう"厄"たちは生きている人間が羨ましくて、次の命に転生するのが怖いって思っているから、転生後の安泰が約束されている"エンシ"を逆恨みして攻撃してくることがあるんだ。そこで、天性の"厄"ホイホイであるキミに彩岐蝶梨の近くにいてもらって、"厄"を引きつけてまとめて退治してもらおうかなーって考えたの。ちょー妙計奇策みょうけいきさくじゃない?」

「人をゴ●ブリホイホイみたいに言うな!」



 キッと目を吊り上げ、汰一は激昂する。



「さっきから聞いてりゃ全部テメーの都合じゃねーか! 幽霊をまとめて退治しろ?! 無理に決まってんだろそんなの!」

「えーいいじゃん。可愛いクラスメイトを護れるんだよ? それだけで『やってみよう』って思えない?」

「たっ、確かに可愛いし、護りたいとは思うが……だからこそ俺には荷が重い。幽霊の倒し方なんて知らないし、どう考えたってプロに任せるべき仕事だろ?」

「それはそうなんだけどさぁ、ほんと猫の手も借りたい状況なんだよー。悪い話じゃないから、最後まで聞いて? まず、協力の特典・その一」



 言いながら、自称・神は汰一に近付き……

 三角巾で吊っている彼の左腕に、そっと手をかざすと、



「……はい、治ったよ」



 そう言って、かざした手を下ろす。

 何を馬鹿な……と、汰一が試しに左腕に力を入れてみると……



「……嘘だろ…………痛く、ない」



 三角巾とギプスを外し、さらに動かすが……骨折の痛みどころか肌の傷まで、綺麗さっぱりなくなっていた。


 医者からあと半月は動かせないと言われていたのに……本当に、この男が治したというのか?


 動揺する汰一に、自称・神はにんまりと笑い、



「そして、特典・その二」



 言って、指をパチンと鳴らす。

 すると、汰一の目の前に奇妙なものが浮かび上がる。

 それは、細長くてふわふわとした毛の塊だった。



「なんだこれ……マフラー……?」



 宙に浮いたままウネウネ動くそれを、汰一が不審そうに見つめていると……

 シュルシュルッ! と、突然彼の首に巻き付いてきた。



「うわぁあっ! い、生きてる?!」

「カマイタチだよ」

「かまいたち……?」

「そ。神に使える式神しきがみの一種。浮かばれない魂である"厄"を喰って、転生を促すことができるんだ」



 あらためて見てみると、毛に覆われた先端には一対のつぶらな瞳とツンと尖った鼻があった。

 まるで甘えるように頬ずりをしてくるそれに、汰一が戸惑っていると、



「そいつ、失踪したこの町の神さまが飼っていたみたいで、このヘンをふよふよ彷徨さまよってたから捕まえちった。キミにあげるよ」

「って、人様のペットを勝手に譲渡していいのかよ?」

「別にいいっしょ。飼育放棄されていたのを引き取ったんだから。早速キミに懐いているみたいだし」

「えぇ……こんなんもらっても、どう育てりゃいいのか……」

「大丈夫。キミに集まってくる"厄"を勝手に喰うだけだから、基本何もしなくていいよ。キミの不運も解消されるし、彩岐蝶梨の近くにいてくれれば彼女を護ることにも繋がる。良いことづくめだ。そして、特典・その三」



 三本指を立てた手を突き出し……

 自称・神は、低い声で、




「今まさに死にかけているキミの魂を、救ってあげる」




 ……と。

 顔から一切の笑みを消して、言った。

 汰一は、思わず「え……」と声を漏らす。



「俺って、今……まだ死にかけの状態なのか?」

「そだよ」

「でもさっき、俺の命を助けた、って……」

「だから、それはキミの返答次第で決まるってこと。ここはまさに此岸しがん彼岸ひがんの狭間だからね。もしボクに協力してくれるなら、骨折も治して、カマイタチも譲渡した状態でキミを此岸へ返してあげる。逆に、ボクに協力しないっていうなら…………このまま、へと導いてあげる」



 にこっ。と微笑むその目はまったく笑っておらず、黒い影すら浮かんで見える。

 額に青筋を立てる汰一に、自称・神は「さぁ」と手を差し伸べ、




「選べ、刈磨汰一。神に協力し今世に留まるか、神を拒絶し来世へとめぐるか」




 そう、高らかに言った。

 カッコつけてはいるが、つまりは生きるか死ぬか選べと、そう言っているのだ。


 まったく、神なら善良な市民を無条件で助けるモンじゃないのか?

 こんな選択を迫られること自体、不運極まりない。


 汰一は苦々しい顔をしながら、今一度話を整理する。



 この世には"エンシ"と呼ばれるな人間がいて、そいつらを護るのが神の仕事の一つで。

 しかし、この神代町を担当する神が失踪したため、隣町の神(=目の前のチャラ男)が兼任で護ることになった。

 それが大変なので、"エンシ"である彩岐蝶梨の護衛を汰一に手伝わせようとしている、と。


 汰一にとってのメリットは、左腕の骨折を治してもらえることと、不運の原因である"厄"を喰うカマイタチがもらえること。

 何より、死にかけているこの状態から命を助けてもらえること。


 彩岐蝶梨の側にいればカマイタチが"厄"を喰い、自動的に彼女を護るため、汰一が具体的に何かしなければならないというわけではないらしい。



 ……って、あれ? もしかして、この話……


 …………メリットの方が、多くないか?



 腕の怪我も治り、不運体質が解消された状態で、生き返ることができる。

 そして……


 あの彩岐蝶梨を、護ることができる。


 その役目を自分が負えるというのなら、それは喜んで引き受けるべきなのではないか?

 何故なら俺は……どうしようもなく、彼女に恋をしているのだから。




「…………」



 汰一は、暫し俯いた後。

 顔を上げ、自称・神を見つめ返し、



「……わかった。引き受けるよ」



 と、真っ直ぐに答えた。

 自称・神は「おぉっ」と目を輝かせ、



「まじで? うわ、ちょー助かる。サンキュー、汰一クン」



 ぱちんと手を合わせながら、軽い口調で謝意を述べた。

 ここまで来たらこの男が神だということも信じたいのだが、いかんせんこの軽薄さである。神の『か』の字すら感じられない。


 今さらながらに不安を覚えつつ、汰一は自称・神に尋ねる。



「もう一度確認だが、本当に俺は彩岐の近くにいるだけでいいんだな? 何もする必要はないんだよな?」

「うん。基本的には彼女の側にいるだけでいいよ。あとはカマイタチが勝手にやってくれるから」

「ちなみに……その『側にいる』っていうのは、どれくらいの距離感で考えればいいんだ?」

「うーん、近ければ近い方がいいけど、同じ校舎内にいるくらいの距離でも全然オッケー」

「時間は? その距離でも四六時中保つのはさすがに無理だぞ?」



 何せ、彼女とはクラスメイトではあるが親しい間柄ではないのだから。

 ……という言葉は、口にすると虚しくなるので胸にしまっておくことにする。


 自称・神は緊張感のない表情で手を振って、



「だいじょぶだいじょぶ。夜はボクが見守るようにするから、キミは学校にいる間の朝から夕方までのシフトをお願い」

「バイトかよ」

「特に夕方は頑張ってほしいかなー。逢魔刻おうまがときって言うように、悪いモノが活発になり始める時間帯だからね。極力あのコの近くにいてあげて?」

「夕方って、つまり放課後か? 無理だよ。彼女は生徒会か部活の助っ人で、俺は中庭だ。接点がなさすぎる」

「そう思って、あの娘と接点が持てるようちゃんと計らっておいたから。これからは二人で過ごす時間も増えると思うよ?」



 ……などと、ニヤつきながら意味深長なことを言うので。

 汰一は「へっ?!」と素っ頓狂な声を上げる。



「ど、どういうことだよ」

「それは目覚めてからのお楽しみ。ていうか、やっぱり好きなの? あの娘のこと」

「うっ……別にそういうわけじゃ……」

「可愛いもんねぇ、あの娘。意識しちゃうのもわかるよ。まぁ、ボクはもうちょっと年上の、二十代後半から三十代くらいの妍姿艶質けんしえんしつなおねぇさんの方が好みだけど」

「オメーの趣味とか聞いてねぇから!」

「ていうか、どうするー? これを機に急接近して、そのままお付き合いにまで発展しちゃったりしたら……」



 という、揶揄からかうようなセリフに。

 汰一は……急に声のトーンを落とし、



「……そんなの、万が一にも億が一にもあるわけねぇだろ。俺と彼女じゃ、住む世界が違いすぎる」



 そう、冷めた表情で返した。



 だって彼女は、"麗氷れいひょうの蝶"だ。

 凛と冷たく、美しい蝶。

 片や自分は、誰の目にも止まらない雑草。

 蝶を惹きつける鮮やかな花弁も、甘い蜜も持ち合わせてはいない。

 羽休めにもならない雑草の元になど、降りて来てくれるはずがないことはわかっている。

 それでいい。

 ただずっと、その美しい羽ばたきを見上げることを許してもらえるのなら……俺はそれでいいのだ。



 突然、淡々とした態度に変わった汰一に、自称・神は肩をすくめ、




「……まぁいいけど。確かにあの娘ってちょっと変わったヘキを持ってるから……恋愛対象になると、それはそれで別の心配が浮上するんだよね」




 ……という、何やら気になることをボソッと呟くので。



「…………え。今なんて?」

「ん? 別に何も言ってないよ」

「いや、今明らかにヘキがどうのと話していただろう。何の話だ」

「おっと、もうこんな時間か。今紀最推ししているOLのおねぇさん……じゃなくて、大事な大事な"エンシ"の一人が仕事帰りのホットヨガを始める時間だ。今日も見守りに行かなきゃ」

「おい! さてはお前仕事を選んでいるだけだろ! しかもスケベな動機で!!」

「ンなわけないじゃん。ボクはただ効率的かつ確実にみんなのことを護りたいだけだよ? カミサマ、ウソツカナイ」

「なんで急にカタコト?! ここまで話しといてアレだがお前ほんとに神か?! ただのスケベなチャラ男だろ!!」

「は? 『お前』とか『チャラ男』とか、神に向かって非礼すぎじゃない? まぁ『スケベ』なのは認めるけど」

「一番認めちゃダメだろそれは!!!!」

「とにかく。ボクのことは神……だと他にもいるし、本名は長くて難しいから……そうだ。柴崎町の『柴崎サン』、とでも呼んでよ。汰一クン」



 そして。

 現れた時と同じように、強い光を放ち、



「んじゃ、そゆことだから。可愛いクラスメイトを護れるようにがんばって側にいてね〜」



 そう言って、ヒラヒラと手を振る。



「あっ、ちょっと待てよ! まだ聞きたいことが……!!」



 慌てて引き止めようとするが、自称・神なチャラ男──柴崎は、にこっとした笑みを残すと。



 汰一の目の前から、完全に姿を消した。




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