クールな彼女の可愛すぎる変態フェイスを、俺だけが知っている。

河津田 眞紀

プロローグ

不運な少年と、チャラい神

 



「──う……」




 刈磨かるま汰一たいちは、目を覚ます。


 そして重いまぶたを開けながら、どうして気を失っていたのか、記憶を辿る。



 ……そうだ。学校の中庭で花壇の手入れをしていたら、野球部が飛ばしたエラーボールを顔面に喰らって、そのまま気絶したのだ。


 あまりにも情けない話だが、あさっての方角から飛んできたため予測が出来なかったことと、その時両手を使えなかったことが言い訳として挙げられる。



 その時彼は、右手にスコップを握っていた。

 そして、残る左手は……


 二週間前に遭った交通事故により、骨折していたのだ。




 ここ日本には"疫病神やくびょうがみ"などという概念があるが、彼はその存在を強く否定できない程に運が悪かった。


 道を歩けば犬のフンを踏み、足元に気を配れば頭に鳥のフンを落とされる。


 楽しみにしていた学校行事の日に限って高熱を出し、絶対に遅刻できない日に限って電車やバスが止まる。


 中学時代は剣道部に所属していたが、粋がった先輩の練習相手にされ無理をしたが為に自前の竹刀しないがバッキリと折れ。

 新しいものを買ったその帰り、駅の階段で何者かに突き飛ばされ、転がり落ちた拍子に買いたての竹刀をまた折った。それを機に剣道部は辞めた。


 くじ運も最悪で、くじ引き形式で決める席替えなどはいつも最前列中央……つまり、教師の目の前になる。

 高校生活二年目だが、常に教卓の前にいるので教師陣の顔のほくろの数まで把握してしまった。


 今回左腕を折った交通事故も、不運の連鎖によるものだった。

 学校から帰ろうと駐輪場へ行くと何故か自分の自転車のサドルだけが盗まれており、仕方なく立ち漕ぎで走っていたらバランスを崩し、そこに自動車が突っ込んできた、というわけだ。



 この世のあらゆる不運を一身に集めた男。

 それが、この刈磨汰一という少年だった。




 白い三角巾で吊った左腕を庇うようにしながら、汰一は身体を起こす。

 そして、まばたきを二、三度し、周囲を確認する……が。


 辺り一面、見渡す限りの、真っ暗闇。



「…………」



 自由の利く右手で目を擦り、もう一度目を開けてみるが……

 そこは気絶現場であるはずの高校の中庭ではなく、前も後ろも、右も左もわからない程の、暗闇空間だった。



 汰一は、混乱する。


 ここはどこだ?

 光も音もない。

 空気の流れが一切感じられず、暑くも寒くもない。


 立ち上がり、試しに「おーい」と声を発してみるも、その声は反響するどころか闇に吸い込まれ消える。他に人の気配も感じられない。



 以上の状況から、汰一の頭に浮かんだ可能性は二つ。


 一つは、これがまだ夢の中だというもの。

 意識は覚醒しているが、身体が完全に目覚めていないため、このような現実味のある夢を見ているのかもしれない。


 そして、もう一つは……




 野球ボール顔面キャッチにより、死亡したというもの。


 つまりここは、死後の世界。




「…………」



 汰一の額から、冷や汗がダラダラと流れる。



 度重なる不運により、「いつか死にそう」とは常々思っていた。

 だが……まさかこんな、十代半ばで逝くとは。


 ……ダメだ。考えれば考えるほど死後の世界に思えてきた。

 限りなく"無"が広がる謎空間。現実世界とは到底思えない。



 いや……いやいやいや。

 だとしたらこんな死に方、いくらなんでもダサすぎるだろ!

 もっと他にあったじゃん!


 駅の階段から転がり落ちた時とか!

 エレベーターに半日閉じ込められた時とか!

 バスジャックに巻き込まれた時とか!

 なんならこないだの交通事故も!


 もっとダイナミックな死に方、いくらでもあったじゃん!!


 それが……何が悲しくて野球部のエラーボール顔面キャッチで死なにゃならんのだ。

 ダサい。あまりにもダサすぎる!


 そもそも何故、こんなにも不運なのか。

 それこそ疫病神が憑いているか、神に嫌われているとしか思えない。


 神……


 ここが死後の世界なら、そう呼ばれる存在がいるのだろうか?

 クソダサい死に方をした俺を、今もどこかで眺め笑っているのだろうか?




「…………」



 汰一は、ダンッ! と足を踏み鳴らすと……

 暗闇なのを良いことに、右手でよろしくないハンドサインを作りながら、



「ぅおい! 神だか閻魔えんまだか知らねぇが、いるなら出て来やがれ! こんな死に方させやがって! 文句の一つも言わなきゃ気が済まねぇ!!」



 と、ヤケクソ気味に叫んだ。


 普段の彼は(自発的な)喧嘩や争いごととは無縁の温厚な性格をしているが、いきなり暗闇に放り込まれた恐怖と、何よりもこれまでの不運をすべてひっくるめたやるせなさから、人生で初めて怒鳴り散らしていた。



「散々ヒトを不運な目に遭わせておいて最後までコレかよ! 俺が何したって言うんだ! あぁ?! なんとか言えやゴルァ!」



 何もない空間に向かって、思いの丈をぶちまける。

 もし本当に神なんてヤツがいるのなら、一発ぶん殴ってやりたいとすら思った。

 しかし……


 その絶叫も、底なしの暗闇に吸い込まれて終わる。

 返事が返ってくる気配もない。




 ……これが、死。

 ただひたすらに"無"が横たわる、静かな空間。




 このままずっと、この暗闇の中で過ごすのか?

 考えただけで気が狂いそうだった。

 死んでいるというのに、どうして意識だけあるのか。どうせなら意識ごと"無"にしてくれればよかったのに。


 死を実感し、途方もない孤独に身体が震え、つくづくおのれの不運を呪った──その時。





「──はぁ? 助けてもらっといてその言い草とか。まじありえないんですけど」





 ……そんな声と共に。


 突然、汰一の目の前が激しく明滅した。

 あまりの眩しさに、目をつむりながら後退あとずさりをする。


 やがて光が収まったかと思うと……そこに、一人の男が立っていた。



 ド派手なアッシュピンクの頭髪。

 耳にはピアス。

 首にはジャラジャラしたチェーンのネックレスと、指にはゴテゴテのリング。

 宇宙柄のだぼっとしたパーカーに、細身のスキニーパンツを纏い、蛍光色ギラギラのゴツいスニーカーを履いている。



 ……チャラ

 それは、まごう事なきチャラ男であった。



 そんな男が、淡い光を放ちながらこちらを気怠そうに眺めてくるので……尋ねる。



「だ……誰だ?」

「いやいやいや。ボクなんかどっからどう見てもアレじゃないっすか」



 チャラ男は、やはり緩慢な動きでパーカーのポケットから手を出し、親指で自らを差して……一言。




「──神っしょ」




 ごーーん。

 言い放った。


 汰一は、たっぷり間をとってまばたきをした後、



「…………すみません、全然そうは見えないのですが」

「えー? わっかんないかなーこの神々しさが。見るからに清絶高妙せいぜつこうみょうじゃん?」

「……ちょっと何言ってるかわからないです」

「しょうがないなぁ。じゃあちゃんと仕事着に着替えるよ。ホレ」



 ぱちん。と指を鳴らしたかと思うと、その瞬間に男の服装が変わった。

 チャラついたパーカーから、僧侶が着ているような黒い袈裟けさ姿に変わったのだ。


 魔法のような早着替えに、汰一は驚く。

 男は、袈裟の裾を広げヘラッと笑い、



「ど? かっこいい? 神っぽい?」

「……今の、どうやったんだ? 手品か?」

「えー? これでも信じてもらえないかぁ。まぁいいや。とりあえず、状況を説明するね」



 神を自称するその男は、袈裟の裾に手を入れながら、朗々と語り始めた。



「ここは、キミたちが住む此岸しがんと、死後の世界である彼岸ひがん狭間はざまにあたる場所。キミは野球部が飛ばしたエラーボールを顔面に喰らって、生死の境を彷徨さまよった。それを、神であるボクが助けたの。つまりボクは、キミにとって命の恩人。だからキミは、ボクのお願いを聞く義務がある。ここまでオーケー?」



 オーケー。なわけあるか!

 と汰一は胸中でツッコむが……同時に恐怖を感じていた。



 もしかしてこいつ……気絶した俺を誘拐して、犯罪に巻き込もうとしているのではないか?

『命を助けた』などと恩を売って、白い粉の運び屋やATMから大金を引き出すヤバイお仕事をさせようとしている、とか……

 あるいは、臓器を抜き取られて売り飛ばされる、なんて可能性も……?



 ごくっ、と喉を鳴らし緊張を高める汰一。

 しかし自称・神な男は「あはは」と笑い、



「だいじょーぶ。そんなに怖がんないで。キミにお願いしたいのは、とっても世のためになることだよ」



 そう言って、手を差し出すと……


 その手から淡い光を放ちながら、こう言った。





「その"やく"を引き寄せる体質を使って──神さまのたまごである"彩岐さいき蝶梨ちより"を護ってくれないか? 刈磨かるま汰一たいちクン」





 聞いた瞬間、汰一は、大きく目を見開く。




 "彩岐さいき蝶梨ちより"。



 それは、彼のクラスメイトにして──





 彼が密かに想いを寄せる、少女の名だった。





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