第23話 証人喚問

「ねえ、アレックス様、貴方が愛しているのは私でしょう?!」

「例え愛していたとしても、結婚前にこんな醜聞を流すような相手なんて願い下げだ。最初から君を愛してたことなんかないしな」

「嘘……嘘よ! あんなに優しくしてくれたじゃない」


 子供が駄々をこねるかのように騒いでいるテレーゼに、周囲のひそひそ声がここまで聞こえる。


 ねえ、なんであの人、アレックス様と婚約できたわけ?

 優しくしてくれた婚約者を裏切って、何してるの?


 アレックスの人気が高かったからこそ、テレーゼをせせら笑う声が高まっていく。

 他人の不幸は蜜の味。それが妬みややっかみも交じって、テレーゼへの悪意になっていく。

 いい男の数は限られていて、彼につり合いの取れてないテレーゼがその妻の座に収まろうとするのを、うらやむ女子は多かったのだから。


「なんでそんなにアレックスが大事なのです? 貴方はヘンリー様とお付き合いなさっているのでしょう?」

「私、アレックスに追いかけてほしかっただけだもの!」

「アレックスを試していただけなの? それなら本当に浮気しちゃダメじゃない?」

「あんなの浮気なんかじゃないわ。単なる遊びだもの。だから信じて! 私、ヘンリー様と何もしてないし」

「婚約者でもない男性に膝枕してあげて、頬にキスしてたのに?」


 私が言い放つと、さすがに場が静まり返った。


「どうしてそれを!?」

「この目で見たからですが。ピクニックしてたでしょう? ヘンリー様と二人きりで。郊外の丘で」


 周囲のざわめきが大きくなった。

 どこまでが許容範囲なのかは人によるだろうけれど、肉体的接触は絶対的なタブーだ。

 二人きりで会うこと自体が問題行動だというのに。

 空気が悪く、明らかに劣勢だとわかったのだろう。

 テレーゼがすがるようにアレックスを見つめる。アレックスは吐き捨てるように言い切った。


「俺は試されるのは嫌いだ」


 テレーゼの目に涙が盛り上がり、どうしようとばかりにヘンリーの方に目を向けた。しかし、ヘンリーは冷ややかな目でテレーゼを見ると、そのまま何事もなかったかのように目を背けた。


「ヘンリー様!?」


 絶望しきった顔をして、テレーゼは会場から走り去る。アレックスはその背中を見つめただけで、追う事はしないようだ。


「一人で帰れるでしょ、子供じゃないんだから」


 これでいい。


 本当はもうちょっと整った場所で、彼女を完膚なきまで叩きふせたかった。

 少々消化不良な気分でもあったが、しかし、アレックスの誇りを踏みにじるようなことをした彼女を、あのまま大人の対応で流すことはできなかった。


 しかし。

 

「私の方が喧嘩売られたのに、なんで私が悪役みたいになっているのかしら。私がテレーゼ様をいじめたみたいじゃない。」

 

 ひどい話だ。


「我々も帰ろう、リンダ」


 私の腕を取ろうとするヘンリーの手を、ぱしっと音が鳴るくらい乱暴に振り払う。


 テレーゼに同情をしたわけではけっしてない。

 しかし、この男がどうしようもなく憎かった。テレーゼと同じことをしている男だというのに、この男は許されて生きるのが当たり前と思っているようなのが許せない。


「触らないでください。この場を持って、私もヘンリー様との婚約を解消したいと思います。ヘンリー様はテレーゼ様と、そして他の令嬢にも声をかけて、無節操な行動にほとほと愛想が尽きました」


 広間に通るくらいの声で言い切れば、ヘンリーが困った人だというように、ため息をつく。


「貴族の娘がそういった我儘を通すことはできないとわかっているだろう?」

「我儘かもしれませんわね。でも、それはお互いがお互いを尊重するという義務を果たした上で成り立つこと。結婚前にこのような醜聞まで引き起こすのは、契約違反ではないですか? お父様が何を思って貴方との婚約を成立させているのかはわかりませんが、私の方はごめんですから」

「何を言ってるのやら。俺が他の女と浮名を流している? あれは思い込みの激しいテレーゼ嬢の勘違いのようだし」


 私が目撃しているのを知っていて、そしてこういうアピールをするのは、証拠がないよと言いたいのだろう。証拠はたっぷりと取ってあることを、この男は知らないようだが。

 テレーゼは結局、ヘンリーと仲良くしているということは認めたけれど、交際しているということを認めたわけではなかったわけだし。


 再度、緊迫し始めた空気の中で、聞き覚えある呑気な声が響いた。


「そのヘンリー様の不貞の証人なら、ここにいるのではないかなぁ。そうでしょう? フィー様」

「え!?」


 いつの間にギャラリーの中にいたのか、ロナードがフィーの腕をぎゅっと握りしめている。逃がさないよとでもいうように、そしてその微笑みが怖い。


「わ、私!?」


 いきなり修羅場に連れ出されたフィーは真っ青になっている。


「不貞の相手というより、ヘンリー様に言い寄られて困っていたとかありませんでしたか?」

「そ、それは……」


 ロナードに訊かれたフィーが口ごもる。男爵家の娘が侯爵家の息子に対して迂闊なことを言えば問題になるから彼女は何も言えない。

 それがわかっていてなお、ロナードはフィーを問い詰めているのだろうか。


「ヘンリー様は男爵様にもご迷惑をかけておりませんでしたか?」


 そして、小声でフィーに囁いているのが口の動きでわかった。


「正直なところを打ち明けてくださらないと、リンダ嬢が困ることになりますよ。助けると思って真実を打ち明けてください。」

「……はい……」


 その脅しがきいたのか、フィーがしっかりと頷いた。何度も唇を舐めて震える声を張り上げようとして話し出した。

「私には将来を誓った人がいると申し上げているのに、自分のものになれと、ヘンリー様に何度も圧力をかけられました」

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