第15話 意外な結果

 私が「聖母の凋落」……嘘のオークション出品物をロナードに教えてから数週間後。


 我が家の絵の名前が載ったカタログが刷られて、好事家に配られたようだ。

 オークションハウスのリストに登録されている貴族や富裕層の平民たちはそれらを見て、次のオークションの開催日に集まるのだが、その前にも水面下で動きがあるようだ。


 意味がよくわからないままロナードに言われた通りのことをしておいたが……彼はこの事に説明をしてくれるのだろうか。

 ロナードの家に行ったら、にやにや笑いながらカタログを見せてくれた。

 今日はアレックスが来てないようで、少しだけ意気消沈してしまう。そして、そんな自分に「ちがう、ちがう」と首を振って気を入れ直した。


「オークションハウスの方に、君が言ってたあの絵の最低価格の問い合わせが入ったようだよ」

「最低価格? 開始価格じゃないの?」

「オークションには色々なやり方があるんだ。一般的なのはファーストプライスオークションといって、購入希望者が札を上げてお互いの値段を聞いて競い、一番値段が高い値段を付けた人が購入できるってやつだね。でも、今回依頼したのは入札だ。しかも当日商品を見て、その場で値段を書いて、その中で一番高い金額をつけた人が買えるんだ。今回、オークション側のミスでカタログに脱字があり、あの絵の最低価格は書かれてなかったようだね。だから欲しいと思った人は、少しでも情報を得るために、会場に問い合わせをしなくてはならないんだ」


 落丁なんて嘘ばかり。最初から書かせなかったに違いない。しかし。


「でもなんでそんなに最低価格が大事なの? そういう仕組みなら、当日提示された最低価格を見てから考えてもいいじゃない」

「あらかじめ他の人の入札価格を知っておけば、確実に手に入れられるだろう?」

「え? それって談合じゃないの!?」

「そうとは限らないけれど、お金持ちの誰かが本気で競り落とすつもりだと噂できいたら諦めもするだろ? こういうのは駆け引きなんだよ」

「はぁ……なんでロナードはこんなところに情報網があるの?」

「僕はオークションハウスの常連だからねー」


 なにげなく、当たり前のように言ってる内容がぶっとんでいるのだけれど。


「常連!? 何を買ってるの!?」

「色々だよ。国の宝を国外に流出しないように買い戻したり」


 国宝? それって慈善事業の一種ということだろうか。というより、普通の人が買える値段なのだろうか……。

 本当に自分と同い年とは思えない……。人生やり直しをしているとかではないかしら。

 それと、どれだけ個人資産を持っているのとか、あんまり考えたくない。


「で、誰が問い合わせてきたか、わかった?」

「いや、代理人からだったらしくて、本人ではないね」


 なんだ。露骨にがっかりしたが、ロナードは余裕の微笑みを浮かべている。


「でもその代理人はある家の使用人なんだよね。想定通りというか、想定通りではないというか……」

「誰なのよ。もったいぶらないで教えてよ」

「気が短いなぁ。マルタス侯爵家の執事だよ」

「そ、それなら!」


 十分想定内ではないか。

 マルタス侯爵が父と同好の士で、私との結婚でそのコレクションを強化させたいと思っているとしたら、いたってフツー。

 それを聞けばコレクションのために娘を売りやがったな! と父に対して怒りも湧くのだけれど。


「うん、でも、その執事は侯爵の使いではないんだ。問い合わせてきたのは、侯爵夫人。ヘンリーの母君だよ」


 私は目が点になった。

 ……どういうこと?


「マルタス侯爵夫人があのコレクターってことなの?」


 別に女性がいけないというわけではないけれど、なんとなく驚いてしまう。


「そうとは言い切れないよ。最低価格を知りたい人の代表として、彼女の執事が聞きに来たのかもしれないから。元々侯爵夫人はあのオークションハウスに出入りしている人だからね。つまり常連。だからこそ執事が侯爵の使いではなく夫人の使いだと思っただけで」


 ロナードはあくまでも慎重で確定するような言い方はしない。


「そこで必要なのは君の家の来客リストと手紙の差出人だよ。ちゃんと調べてきただろ?」

「うん……」


 そう、ここしばらくの……正確にいえば、カタログが刷られてからの我が家の訪問客と父への手紙の差出人を全部調べておけと言われたのだ。

 執事や侍女にも言いつけて、一人の網羅もなく調査できたとは思うけれど、父が仕事先で誰かと会っていたりしたらそれはチェックしきれない。


「で、それがなんなわけ?」

「君のパパが持っているとコレクターの間で有名な絵が出品されているとなったら、問い合わせるのは君の父だろ? オークションに本当に出しているのか?と」


 言われてみればそうだ。それを言われてリストに目を落とす。


「手紙は3通、訪問客は1人。えーと、手紙がセブリン卿にレンダー伯爵、コート男爵」

「うちに尋ねてきたのは、コート男爵よ」

 

 コート男爵といったら、ヘンリーがブーケを贈ったフィーの家だ。

 なんか繋がりを感じてモヤモヤしてしまう。私と同じことをロナードも感じているかもしれない。


「……意外な結果になったなぁ」


 そう言いつつ、面白いなぁとロナードがニヤニヤしているのだが。

 とりあえず、マルタス侯爵家と父の趣味の繋がりに確証になりそうなものは出てこなかったが、この辺りは続けて調査するしかないだろう。




「悪い、遅くなった」


 ばん! と大きくドアが開き、息を切らせて誰かの声がする。その途端、ふわっと爽やかなスズランのような香りがした。


「あら、アレックス、来る予定だったの?」


 すっかり気が緩んでいたのを慌てて姿勢を正して、ちらっと彼を見る。急いできたのだろう、どこか乱れたような髪が色っぽくも見える。今までそんな風に彼を思ったことはなかったのだけれど、自分の視界がどうにもおかしい。


「ああ、出がけにちょっとトラブってて。……はい」

「なに?」

「前にブーケを渡しそびれたから、今度は長く持ってても平気なもんにした。ロナード、渡していいんだろ?」


 ロナードの方を向いて声を掛けているアレックスが、こちらに雑に押し付けてくる。それは彼の見た目と似つかわしくない仔猫の小さなぬいぐるみだった。


「いや、いいけどさぁ……もっとちゃんと渡してあげなよ」


 好きにしろ、とばかりにロナードが手を振るが、渡されたこちらはなんでこれを渡されているのかわからない。

 それでも、なんか好意でもって渡してくれているらしいというのはわかる。


「あ、ありがとう」

「どういたしまして」


 にかっと笑った彼の笑顔が、眩しくて思わず目を反らしてしまった。


「で、トラブルってなんだよ。何かあったのか?」

「トラブルってほどでもないけどな。テレーゼが急にうちに来てて、用事があるからと言っても帰ろうとしないから無理やり振り切ってきた」


 うわぁ、テレーゼ……。


 面倒臭い婚約者を押し付けられていてアレックスって可哀想。思わずロナードとそろって哀れみの視線を向けてしまった。

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