第4話 初恋

「じゃあ、帰るか。リンダ、送っていくよ」


 当たり前のようにそういうアレックスに、リンダもありがとう、と頷いて立ち上がる。

 そんな二人の様子を黙って見ていたロナードは頬をぽりぽり掻いた。


「二人が言わないから僕が言うけどさ……君たちって、将来的に結婚するとか、お互いにそういう気持ちないの?」

「は?」


 声がまた揃った。

 二人がきょとんとした顔をしているのを見て、ロナードの方が目をまたたかせる。


「え? それを本当に考えてなかったの? 言い出しにくいから言わないだけだと思ってた。もし、この婚約破棄騒ぎが成功したら、リンダとアレックスが結婚するっていうのも悪くないんじゃないの?」


 微妙に死亡フラグみたいになっているが。

 当たり前のように提案したロナードに、リンダとアレックスの方が見るからに慌てふためいた。


「ななななな、な、なに、何を言ってんのっ!?」

「そ、そうだよ、お前」

「その反応からしても、全然考えてなかったみたいようだけど。確かに家の事情があるのはわかってるけど、君らが結婚するのって悪くないと思うんだよな。家の格もあってるし、お互いの気心も知れているし。よほど嫌いとかじゃないならいいと思うんだけれど。二人とも親の言いなりに結婚してもいいっていうのなら、特別に好きな人がいるってわけじゃないんだろ? それに君たち二人が上手くいったら、僕は安心だしさ」


 ロナードはやれやれ、と肩を竦めて幼馴染二人を見た。


「まぁ、無責任な友人からの意見だよ。でも、お互いにもし気があるとしても、ちょっとそういう仲になるのは待っててね。君たちの仲が清廉だからこその計画を練れるんだからさ。というわけで、アレックスはリンダを送らないで。うちの者にリンダを送らせるから」


 そういうとロナードはベルを手に取ると揺すって侍女を呼ぶ。そしてリンダを送り届けるよう言いつけた。


「リンダ様、こちらに」

「ええ、ありがとう」


 立ち上がったリンダは軽くお辞儀をして、二人に背中を見せた。

 まだ頬が熱い気がする。

 そう気にしながら、見た目からはわからないように済ました顔で。


 ロナードの家の侍女に連れられて歩きながら、リンダの頭には先ほどのロナードの言葉が何度もこだましていた。



『君たちって、将来的に結婚するとか、そういう気持ちないの?』



 自分の気持ちを見透かされたのかと思った。

 誰にも気づかれていないと思っていた、自分の幼い頃の恋心を知っていたからこその提案なのか、と衝撃に心臓が跳ね上がった気がした。


 子供の頃、自分はアレックスが好きだった。


 でも貴族の娘だから、自分の想う相手と結婚できることはないのも知っていて、誰にも打ち明けるつもりもなかった。


 父は権力欲が強く、上昇志向が強く、娘に対して確かに愛はあるけれど、それとは別に利用することも当たり前だという人だったから。

 そして自分もそれが当たり前だと思っていた。両親が政略結婚そのままだったから。

 かといって、両親の仲が特に悪いというわけではなく、いうなれば同志という二人だったので、結婚相手に求めるのはそういうものでもいいと思っていた。


 だから父が持ってきた婚約に抵抗をするということを考えもしなかったし、自分なりにもヘンリーを好きになろうと思っていた。


 アレックスに対するような気安さや、安心感はなかったとしても、年上であるヘンリーの穏やかさは好ましいものではあったから。

 ゆっくりと時間をかけて、愛を育んでいこうと。

 二人の間に流れる愛がまだなかったとしても、情から育つ愛もあるだろうから、と。


 婚約自体を断るという選択肢があったのを知ったのは、幼馴染のロナードが同性の恋人との仲を宣言し、親に真っ向から対立した時だった。

 同性同士で恋人となったら子供は望めない。

 貴族としてもっとも期待されるのは後継者を作ることだ。

 しかし、子供を作るだけが家門に貢献する手段ではないと言い切り、弟に家督を継がせるよう説得し、自分は恋人と事業を始めてそれを成長させ家門を財政面で支えているロナードには、もう面と向かって誰も文句を言えない状況になっているらしい。


 自分にはロナードのような強さはないと思っていたけれど。

 でもヘンリーに見下されたように言われた事に、頷くことができなかった。


 何かがおかしい、何かが間違っている。

 家のために自分が犠牲になるのはおかしいと、間違っているのは相手の方だと誰かに言ってほしかった。


 そう思って会いに行ったロナードの家で、会いたかったようで会ってはいけなかった相手がやってきた。

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